第二十三話:聖剣士との別れ
「そんなことだから!」
荒野に私の怒声が響く。もう頭きた、ガルさんといえど許せん!
「逆に言えば、どうでもいいんだから仮面夫婦は可能なんだよなあ。やっぱマリーアントワネットは出来たんだ」
「近藤、貴様!」
「すんだことだ。君の疑問は何かな?」
すんでねーすんでねーすんでねーよ! 超ガルさん最低人間! が、憤激する私なぞお構いなく近藤が尋ねる。
「姫君とガルさんはいくつ違うんです? これは些細なことで本題じゃない」
「二十ほど離れている。あの子はまだ十五だ」
え、ガルさん四十代にしか見えないんですけど……戦続きで老けた?
「他に結婚を考えたことは?」
ああ、私もそれは気になる。そういう存在がいたから姫はむかついて……なんか頭が冷めてきた。それを見て近藤が苦笑している。こいつ、計算して聞いたのか? もしそうだとしたら、掌で踊らされてるだけじゃないか。また腹が立ってきた。感情のジェットコースター状態だ。
「海賊から陸に下りて殺しあう日々。結婚など考えてどうする。親の顔も知らない。幸福など求めていない」
ガルさんは諦観するかのように、そう答えた。やっぱそうか……それはそれで、辛いじゃん……。一方の近藤は前置きをすませ、本題を切り出した。
「ありがとう。では最後、魔王の存在を知っていたんですか?」
これは大切なことだ。でも私にはどうでもいいことだ。一人の少女が不幸になった。二人が殺るか殺られるかの関係になった今、魔王とかすんごいどーでもいい。だがガルさんは明快に答えた。
「知らん。見かけたら即殺してる」
おっかねー。
「そこだ、姫はどこで魔王の存在を知った? ガルさんでも知らないことを、何故姫は知っていた」
「一つだけいえるのは、後ろの宮殿だが、建築様式が相当古い。かつて覇王と呼ばれたものがいた時代のものだろう。それに、こいつ……」
骸と化した巨獣。スモーキードラゴン。これはなんだ?
「かつてこの世界を竜が支配していた時代があると聞く。ただ伝説の話だ。事実、こんなものを目にするのは初めてだよ」
世界知る男が知らないのなら、それは何を意味するのか。近藤が推測を口にする。
「覇王の時代、さらに遡ってあるかもしれない竜の時代。なるほど、魔王も元は人間である可能性が高い」
「私もそう思う。どちらにせよ――始末する」
死ぬな、魔王は。覇王だかなんだか知らないが、チートさん敵に回して逃れられるわけない。私はそう確信した。骸から、嫌な匂いが漂ってくる。いずれ魔王も、こうなるだろう。
別れの時がきた。悲しい、ガルさんがいてくれれば私何もしなくていいんじゃ。
[ゲームになんねえだろ]
チャットを見て思う、ああ確かに。もっともだ。
「私は姫に、いや奴に命を狙われているらしいが、君のいう魔王、魔の存在を追えばいずれはあいまみえるだろう。魔とやらは手に入れるには危険だろうから、全て消し去るよ」
今思った。もしかして、ラスボスは魔に囚われたガルさんってことになるんじゃ……。近藤を小突いて確認するが、知らないようだ。
「色々と世話になったな。この事は……」
「誰にも言わない。何に誓えばいいのか分からないけど、誓って口は割らない」
私も近藤に倣って頷く。
「ありがとう。君達は聡明で、勇壮だ。彼らを黄泉へ送ってくれて感謝している」
「騎士は手強かった。お陰で死に掛けた」
ガルさんが苦笑している。近藤は若い騎士が残した言葉もガルさんに伝えた。「申し訳ない、まだ戦える……」未来のある奴だった……期待していたんだ。ガルさんはそう零した。
「礼と言っても何も出来ないんだが、君を騎士団に迎えたい。これを受け取ってくれ。気が向いたら団を訪ねろ」
そういって一枚の転職証を近藤に手渡した。ホワイトナイト? 近藤がチート団に誘われた! で、わ、私は? 激しくアピールする。
「騎士団に女性はいないんだ」
「どんな性差別ですか……」
「男の仕事だ。だが君なら使いこなせるかもしれない」
そう言ってヴァルキリーの転職証を手渡された。近藤が目を丸くしている。ん? どした近藤君。
「さっさと終わらせて国に帰りたいものだ。しかし、事実上……いや、もうすんだ」
「王朝の命運ここに尽きた」
転職証をじっと見ながら呟いた近藤のさり気ない一言に、ガルさんが今までにない苦渋を浮かべた。よく分からないとアピールすると、近藤は俯き加減のまま付け加えた。
「王が神か、神が王か。今回のケースは前者だろうな。つまり、次期女王、神が魔王の下僕になっちゃった」
あ、ああぁぁぁぁぁ……そうだ、王家の血を継ぐのは一人だけ。なのにリッチに! 魔王の下僕に! オワタ! 思わず頭を抱えてしまう。洒落になってないぞ……だが狼狽しているの私だけだった。
「奇跡でも起きて姫を元に戻せない限り、終わりですね。元に戻す鍵はなんですかねー」
近藤のそれは明らかに軽口だった。とても深刻で取り返しのつかないことなのに、何故そうなのだ。不思議に思う私に、近藤は顎で「おら」と何かけしかけるような素振りをした。うん? どゆことだ? 少し考える時間を得たことで、理解した。言葉のままか……こいつまた、けどこれには乗らざるをえない!
「奇跡か。陛下は健在だ。奇跡を求めることもない。陛下も騎士団も皆悲しむだろうが、すべて仕方ない……」
「奇跡起こせガルさん!」
全てを遮り、腹から叫ぶ。
「ガルさんなら奇跡起こせる! 存在自体がチートなんだ! なんだって出来る! 元に戻して、王位継がせて、結婚はともかく仲直りしてこい! もうどうでもいいなんて言わせない!」
ガルさんは近藤と目を合わせ、二人して苦笑いを浮かべた。
「可能性を模索せよ、か。美人に言われちゃ仕方ない、考えておくよ。この先に町がある、小さな町だ。ゆっくり休め。健闘を祈る。またな、若いの!」
ガルさん! 考えてくれるんだ! つかマジガルさん私好きですなーストライクですか! やめて下さいよ! 照れる!
――さらばだ若き戦士よ! テレポート!
そういってガルさんは消え、旅立った。魔王を切り刻み、姫を取り戻す旅へ。よかった、本当によかった!
「テレポート使えるとか、チート過ぎんだろあのおっさん」
近藤だけが、まだ苦笑いを浮かべていた。




