第三十五話:覚悟
水場があるのに湿気はなかった。
苔のない岩場、足元に石筍が乱立し、天井のそれよりも多い。
空間は意外と広く、ライトアップされたかのよう視界は青く瞬いている。
地底湖のある洞窟は、一種神秘的な光景を見せていた。
ただ、情景としてそれはありえない。
地底湖を挟んだ向こう側で、ベヒーモスを喰らったマンティコアが謎のドラゴンと死闘を繰り広げている。
ヴァルキリーの正装、スキルの確認、ついでにメットも被っておこう。羽付きメットは邪魔だけど万が一あるもんね。ここなら槍よりも剣。ダイアソードは高価で結構丈夫。お金のかかるヴァルキリーにしてみたら、一品物に近いんだ。でも出し惜しみする理由はもうないよね。
剣を一振り、水面が揺れる。青く照らされた洞窟の内部も揺れていた。戦意有りと示すが、反応なし。戦いは続く。
ヴァルキリーを無視か……。
トカレストにおいてモンスター同士が争うことはまずない。そう設定されていない限り起こらない。モンスターと争うのはプレイヤーの役割で、縄張り争いすら存在しないんだ。
呆れた光景だった。ああいうのが出てくるといつもこうだ。冥府ってのは一体どうなってんだ。とりあえず殺し合う。それがこいつらの本能で本性なのか。
私が言うのもなんだけど仲良くすべきでしょ?
誰かの戦死を願ったり、以前の世界に戻ることを祈るべきじゃないんだ。たとえそれが私のせいだとしても、恨み言並べるより楽しもう。
争いからは何も生まれない、手に手を取るべきなんだ。
でないと私に勝てないぞ。
消化されかけのベヒーモス、半殺しにしたマンティコア、ドラゴンはアンピプテラという名前らしい。結構強かったので、いい運動になった。
「ふふん」
と鼻歌まじりでラビーナに献上、まだまだ集めないと。
エネさんとピナルは怪訝な顔でこちらを見ていた。
ラビーナは一つ溜め息を吐き、少し笑顔浮かべいつもの作業を始めた。
「残念な具合だよね、こんなじゃレアボス達と比べられないよ」
「けど、もう三体ですよ?」
エネさんが少し驚いた顔を向けてくる。ピナルもうんうんと頷き、激しく同意していた。ほんっと仲いいなあ、羨ましくなる。
「そうですね。でもいいんだーなんかせいせいした」
水面瞬く地底湖に、私の姿が揺れて映る。
異端の最強ヴァルキリーがそこにいる。
かく言う私がそうなんだ。
だからこそ、私にしか出来ないことがある。
『中村屋はホントに顔が広いな。月の羽も足りそうだし、ありがたい話だ』
「まあね、近藤ちょっと話がある」
『ああ、俺もだ』
ラビーナの護衛を二人に任せ、少し奥へと向かう。
『どうした、明るいな』
「まねーだってみんなの顔色窺わなくいいんだもん」
素直な心情を述べると、近藤はチャットで笑った。
『ハハッ、確かに。しかし連中さすがだな、もう結構狩ってるぞ。消える前に回収出来たら最高なんだが、目立つしな』
そりゃそうだ。今までみたいにひっそりこっそりという訳にはいかない。効率悪くて残念だけど、連絡を取らなくていいので気持ちは楽だ。
「んで、話って何?」
『ああ、甲斐田のお陰で注目が等々力イベントに集まってる』
いい傾向か。けど、冥府の化け物と本来ラスダンでしか遭遇出来ないモンスターが、五百もばら撒かれた。それは私の責任なんだよな。
『ただいずれ被害は出るだろうな。世界中に飛んでったんだ。その時もし死者が出たら勝負どころになる。絶対譲れないが、裏切者が出るしれん』
まあね……でもその時私は、
「近藤、私覚悟決めたよ」
『ん? 寝ずにやる気か? それなら反対』
「違う。私は私にしか出来ないことをしようと思う」
ひと時沈黙が生まれ、
『ガルバルディか。説得は俺がやるって。今は何もしてないし、兵舎の掃除してるだけだ』
「そうだね。でも外じゃもう日も暮れる。明日早めに勝負をかける」
『そうか……』
「そう」
私達はやらかした。時間の制約がある中出来ることは確実に狭まっていく。
「大丈夫、最強ヴァルキリーの真価見せてやっから」
返事はなく、地底湖の周囲にはモンスターの呻き声だけが響いていた。
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