第十三話:佐々木加奈の失態4
オーブは禍々しく、黒々とした物体に変化していた。
そいつに、聖なる力などないことは一目瞭然。
むしろ暗黒の力が宿っている。
「今思えば火力が強すぎたんだ。何も、三つも高火力魔法使うことなかった! ガッデムサノバビッチ!!」
震えが止まらない。使ったことなかったし! なんて言い訳にならない。圧倒的軽率さと愚鈍さが、今になっても襲い掛かってくる。アルパカ燃やすだけでいいのに、辺り一面焼け野原にしてしまった自分のアホさ加減についていけない!
「ああっ、もう!」
顔を両手で覆っても、壁に頭をぶつけても事実は変わらない。こんなのミスで済まされない。末代までの恥だ! どんな馬鹿でもこうなることぐらい想像出来た! でも出来なかった! それ以前に居眠りしてしまった! アルパカにしてやられた!
その全てが私の責任である事実が重すぎて……。こうして、情けなくも勇者廃業を決断したわけだが、話は終わらない。前段がある。
頭は真っ白、オーブは真っ黒。
呆然自失。
煤が舞う荒野で、抜け殻と化した私は――。
「お気の毒な話ね」
その時、扉の向こうから初めて音が聴こえた。
一瞬ハッとしたが、ようやく動いてくれたらしい。やはり聞いていたのだ。規則正しい足音が徐々に近づいてくる。あの娘は、一連の話を聞いてどう思ったろう。気にせずにはいられなかったが、少なくとも、オーブに対する警戒心は薄れたらしい。
ラビーナはオーブを拾い、へたり込む私へと近づいて来たのだ。そして、静かに見下ろした。呆れたものと寂しさが同居した瞳を向けている。
ラビーナは人の姿をしていた。禍々しく堕ちた相貌ではなく、瑞々しい一人の女性として、姿を現した。
これで、やっと話を聞いてもらえる、ようやく話せるというのに、口がまともに開かない。心の修復、久々の再会。もう会えないと思っていた感傷が込み上げる。ラビーナも口を開かず、妙に長い沈黙が降りてきた。これではいけない、ついに話せる、何か言わなければと奮い立たせ口をついたのは、
「お分かりいただけただろうか?」
であり、
「ええ」
「で、どう思う?」
少し考える素振りを見せた彼女から返ってきたのは、
「哀れ」
の一言だった。
哀れときたか。全く以ってその通りだが……心頭滅却すれば非もまた涼し。苦笑で応じると、ラビーナは目の前に腰を下ろした。女の子座りだ。可愛いなあ、という雑念を払い、首を振り答える。
「正直そこまで言ってもらえると、いっそ清々しいよ」
「そう。けれどお互い、本当に哀れね」
親友の複雑な表情、警戒心なく近づいてきた事実。そうか……胸襟を開いて話した結果は、こうなったか。
「私もあなたも本当に、もうどうしようもないのね」
偽らざる彼女の本心が、明かされた瞬間だと私は思った。
関係の修復が見える一方、決して元には戻らない現実が我々にはある。酷く重いものが、大仏の如く鎮座しているのだ。ラビーナは言う。
「ダメなのよ。あなたの言う通り私は諦めていない。でも、ダメなの。所詮与えられた力なんだと、痛感しているわ」
ラビーナの視線は、何かを思い出すよう徐々に上がっていく。
「あらゆる可能性を探ったわ。遺跡や朽ちた神殿、悪魔の伝説や化石まで探した。でも、私には無理だった。ひとつだけ希望があったとしたなら、未知の領域を見つけたことかしら。この世界にあるはずなのに、決して入ることが叶わない空間。私なりに努力も工夫もしたわ。けれど、何をどうしても向こう側には行けないの」
失望と疲弊が、十二分に伝わってくる。だが、未知の領域はトカレストのサブゲームへと繋がっているだろう。ごく一部のザブゲー空間とはいえ、越えられたら一大事だった。もしかしたらという不安は、杞憂に終わっていたらしい。
「それでラビーナ、あなたはこれからどうするつもりなの?」
「以前言ったことがあると思うけど、ひとつしかないわ」
「ガルさんが老いるのを待つ、だね」
深く溜息を吐き、ラビーナは小さく頷いた。
「けど、ガルさんがそれまで待ってくれる保障はない。王国もだ」
そもそも年を取るのかどうかすら怪しい。
「だからもうどうしようもない、なのよ。変なのも追って来ているし」
ここだな、と私は考えた。可能性はある。決して、可能性が潰えたわけではない。だが、先んじたのはラビーナだった。
「それより、あなたは何して来たの? 誤解を解くためあのオーブを見せに来た。それだけではないのでしょう」
親友の力ない視線がこちらを捉えている。視線が交わる中、
「勿論そうだ」
「こんなの貰っても、使い方が分からないわ。意味もなさそう」
オーブを手元で遊ばせながら、諦観に包まれるかのようなラビーナに、
「そんなことはないんだ。状況は一変した。ちなみに一変させたのは、私だ」
「加奈……あなたはまだ、諦めていなかったの」
力ないラビーナに、私は強く強く言葉を発する。
「諦めるどころか、道が拓けた。我々はまだ戦える。勝算もある。"私達"とあなたが手を携えれば、全てを覆す可能性すらある。もう後ろは見ない。我々は勝利する」
懐疑的なラビーナの視線を無視し、続ける。
「我々は決して諦めない。そしてこの最後の勝負にはラビーナ、あなたの協力が不可欠なんだ」




