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トカレストストーリー  作者: 文字塚
第六章:前夜
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37.夜明けの刻

 めっちゃ恥ずかしい。

 記憶を消したい。

 ちょっとじゃなくかなり期待した自分を殺したい。

 いや違う、


「ほぼ確信していた自分が浅はか過ぎて……もうやだ!!」


 部屋の中、立ち直るのに干支が一周するぐらいはかかるだろう……というダメージを背負った私に出来るのは、


「あいつ殺して海外に逃げる!」


 と、出来もしない叫び声を上げることぐらい。

 いい近所迷惑だが、自分に耐えられない。


「でもでもそれは、あいつが思わせぶりなことを――!」


 ベッドにうずくまり、先程のやり取りを思い出す。

 そうすると、顔が火照り、冷や汗までかく有様。

 ああ、ああああああああもう恥ずかしい!

 なんだよ期待させやがって期待させやがって!

 しかもなんだ、あの人を見下したような顔つきは!

 あの目あの顔あの言い草。

 法が許すなら鉛弾ぶち込んでやるとこだ!

 いや法が許さなくても神が許す!

 ロウヒなら分かってくれる!

 むしろ背中を押してくれるだろう!

 否! 銃弾など生温い、爆破だ、あんな奴爆散すればいい!


 ……落ち着け私、いくらなんでもトカレスト脳過ぎる。

 だがどうしても許せん許せない……思い出すと心がぐちゃぐちゃに……!!

 そしてまた大声を上げそうになった時、ふと気づいた。

 待て、確か近藤は最後……、


「チャンスって言ってなかったか? 惜しいことしたって……」


 あれ? じゃあ、やっぱその気はあったのか?

 身体を起こし、天井を見上げ今一度思い起こす。

 そうだよ、やっぱりあいつまだ私のこと……。

 一瞬にやついてしまったが待て待て、あれはただ落とせる女って意味かもしれない。私だって今までの人生で色々と見てきたし、経験してきた。何より、昼ドラと漫画で勉強した。

 男って生き物も、女って生き物もそれなりに理解しているつもりだ。トカレストの中でだって、恋愛話に触れることはある。リアルケースに繋がることだってある。うまくいくかはともかく。

 じゃああれはどっちの意味なんだ?

 それに、近藤だって時間を経て変わってるだろう。

 っていうか今、近藤に彼女はいるのか?

 そういや最近、そんな話してない。

 出会った頃は年齢イコール彼女いない歴だったはずだけど。

 でももし、彼女がいてあれをやったというのなら……しかもこいつは落とせると見ていたというのなら……。


「戦争だ――ラスボス殺す前にあいつを殺す」


 まずは真偽を確かめ……いや、本人に確かめるとまたからかわれる可能性があるし、嘘つくかもしれない。エネさんだ、彼に訊けば分かるだろう。場合によっては……覚えてろよ近藤め!! 私の心を弄んだ罰がどれだけ重いか思い知らせてやる!!



 気がつくと、時計の針は零時に近づいていた。

 私は一体何をしているのだろう。

 最速だと明日には本格復帰を果たし、一気に計画が進む可能性だってあるというのに。近藤は出来るだけ早くと言っていた。あいつのことだ、即断即決で何かいい案をひねり出すかもしれない。それなのに、私は「近藤殺す」「近藤はやっぱり私に惚れてるはずだ」などと思考をループさせている。

 私は言いたい、それは重要なことなのかと。

 まあ……重要ってかむかついてんだが。

 とにかく今はそれを忘れて明日に備えないと。

 てかもう明日になってしまうよ。

 急展開からの大失敗。正直ダメージは大きい。なんだ、この無駄な疲労感は。ああもう、とまたベッドにうずくまろうとした時だ、携帯が鳴ったのは。

 ほぼ間違いなく、トカレスト経由のメッセージが転送されてきたんだろう。また鳴ったと思ったら、更に鳴り続けている。うるさいなあと思いつつむくりと起き上がり、へいへいと机に置いてあった携帯を手に取る。

 それからぼーっと携帯を眺めていたが、内容を確かめるとすぐにパソコンを立ち上げた。メッセージのいくつかは中村屋からだった。更に希望者が出たという。その中に、懐かしい顔触れがあった。更なるメッセージは件の人物からである。


[お久しぶりです。僕らも参加したいんですが、大丈夫ですか?]


 大丈夫も何も大歓迎だ。慌てて返信すると、すぐさま返事がきた。


[お元気そうで何よりです。早速ですがお手伝い出来ることがありそうなので、その件について至急お伝えしたいのですが今大丈夫ですか?]


 元気かどうかは甚だ疑問だが、急いでいるようなのでやり取りを続ける。その内、彼の言っていることがはっきりと理解出来た。それに気づいた時、私は強い衝撃を受けることになる――。


 そうか、その手があったか!

 むしろ、どうして思いつかなかった!?

 即断即決、私は迷うことなく彼の提案を受け入れる。


[分かりました。では明日。またお会い出来るのが楽しみです]


 やり取りを終えると興奮と懐かしさ、そして心強い気持ちが込み上げてきた。

 まだ続けてたんだ……しかも気づいてくれた。


 安堵感のようなものから力が抜けそうになったがそれどころじゃない。事は急を要する。だが、全て知らせるわけにはいかない。件の彼らや近藤、エネさんはともかく、他はまだ人となりを把握出来ていない。

 だが勝負の時は決まった。

 明日、いやもう今日か。


 中村屋への感謝、懐かしい彼らへの気持ち、驚くような参加者。

 そして殺すべき近藤。

 場合によっては飼育してやるが……。


 ここまで長かった。思い起こせば――最初は近藤から始まり、見知らぬプレーヤーに助けられ、近藤の離脱後は右往左往。ちょっとだけお世話になった人達、あれは上手くいかなかった。それから間宮をはじめとする旅団へと参加。

 そう言えば、あれはハッキネンが誘ってくれたんだった。

 ハッキネンは今どうしているんだろう。連絡は取れなかったけど、ちゃんと生活出来ているだろうか。まだサムライに憧れてるのかな。

 マーカスとはほんの少しの付き合いだったけど、あんなに印象に残る人はいない。だって、もしかしたら世界一強い格闘家になるかもしれないんだから。

 エリナはほんと滅茶苦茶だった。でも可愛かった。体調は大丈夫かな。あの子はいつだって、平気だよって言うけれど。わがままは言えないけど、間に合って欲しいな。またマーカスと一緒に無茶やるあの子が見たいんだ。

 振り返れば、私は出会いに恵まれている。

 みんな一癖も二癖もあるけれど、人のこと言えないよね。

 なんだか、思い出がキラキラと輝いて見える。

 どうしてだろう……あんなに辛かったのに。


 そうだ、私は一人じゃない、仲間がいる。

 最後の最後はソロプレイ、私だけが歩く道。

 この事実が私を、いや、我々を縛りつけ先入観を植え付ける。

 全てのプレーヤーがそうだとは言わない。

 だけど私は、特に私は孤独だった。

 そう思い込んでいた。

 でも違う。

 私は一人なんかじゃない、大切な仲間がいる。

 愛すべきゲーマー達がいる。

 こんな滅茶苦茶なゲームをやり込むなんて……一体私達どんだけだよ。

 そう思うと、我ながら可笑しくなってしまうが。

 でもそれは、嬉しくも楽しい"おかしさ"というものだ。

 そこにはずっと、熱があった。

 今だってある、保ち続けているんだ。


 現状、全てがベストとは言えないかもしれない。

 それでも、準備も状況も条件も出揃った。

 時計の針は零時を過ぎている。

 窓の外は暗く、世界を黒く染めていた。

 それでも夜明けの時はくる。

 トカレストへの本格復帰。

 トカレストと真剣勝負するための朝が、もうすぐそこまで迫っているんだ。

六章最終話になります。

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