表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トカレストストーリー  作者: 文字塚
第六章:前夜
155/225

31.夜明けに向かって

 希望者が去り、二人きりになると沈黙が降りてきた。

 近藤はチャットで何やら連絡しているようだが、恐らく相手はエネさんだろう。打ち終えてもやはり黙ったままで、立ち尽くしている。事態を把握するため、そして次の一手のために何が必要かを考えているのだろうか。

 私にあるのは焦燥感。状況の変化が激しすぎる。早めに行動に移るとなれば、ブランク対策にだって不安が残る。ほんの数日貰えればベストとは言わないが、勘ぐらいは取り戻せると思うんだけど。

 隣を見れば、近藤ですら今にも溜め息をつきそうな顔になっていた。


 冷たい風が通り過ぎ、暗闇に黒い木の葉が舞っている。

 さっきの話だと、まだラビーナは仕留められても捕縛されてもいない。だが、監視の網に引っかかったか行動パターンを掴まれている可能性は高い。救いがあるとすれば……。


「そういえば、ガルさんの名前出てこなかったな」


 静寂を破ったのは近藤のそんな呟きだった。そう、まだラビーナを追い詰めるには至ってない。ガルさんの名前が出てこないのが証拠だ。ただ、私にはどうにも引っかかる点があったのだが、巧く言葉に出来なかった。


 私は話したいこと、確かめたいことが山ほどあった。時間との戦いになることは当初から覚悟していた。だがもう行動に移るとなれば、ゆっくり話す機会は今ぐらいしかないように思う。

 ふと視線を向けると、近藤と目が合った。顔には「そろそろお開きにするか」と書いてある。それは困る。私は何を話せばいいのかも分からず、とにかくと口を開く。


「そういえばもうじき連休あるよね」

「そう、だな……。勝負所はそこになるかな」


 とりあえず会話は成立。近く三連休がある。学生の我々は確定として、他のメンバーはどうなるだろう。近藤に尋ねると「いる奴でやるしかない」と、先ほどの話と同じ回答が返ってきた。

 メンバーの話をしていて私は一つ思い出した。これはスムーズに話せそうだ。


「そう、言い忘れてたことがあった」

「何?」

「エリナとマーカスなんだけど、エリナとは連絡が取れたよ。まだ続けてた」

「そりゃいい話だ。間に合いそうか?」

「ごめん難しいかも。エリナはあくまでマーカス次第なんだ。マーカスと一緒に遊ぶことが条件だから、間に合わないかも」


 少しだけ残念そうな顔をする近藤に、事情を説明しようとしたがその必要はなかった。


「確かマーカスは試合控えてるよな。彼は生粋のゲーマーじゃないし、こればかりは仕方ない」


 よく知ってる。知っているだけに、高く評価しているのだろう。


「ハッキネンとは連絡が取れなかった。もうやめたのかも」


 再び「仕方がない」という返答がきた後、今度は近藤が話しかけてきた。


「しかし中村屋ってのは本当に顔が広いな。昨日の今日だぜ? しかもあの面子だぞ? 一体何者なんだ」

「そりゃあ……ただの元チームメイトだよ」


 苦笑しながら答えたが、同感である。だが背景は分からないわけでもない。要するに、私はマークされるだけの存在ということだ。中村屋の顔の広さ、それに近藤の言うところの私のネームバリュー。この二つが合わさった結果なのだろう。


 風の向きが変わった。少し湿り気を感じるところ、夜明けには雨が降るのかもしれない。

 近藤は樹にもたれかかり「そうか、お互い様だなこりゃ……」とよく分からないことを呟いている。トカレストの中の方が時間は長い。まだこちらに残る事にしたらしい。

 話す時間がありそうだと判断した私は、ずっと気になっていたことを尋ねることにした。それを言葉にするには少しだけ勇気が必要で、表情は硬かったかもしれないが、この暗闇では悟られないだろう。


「あのさ、一つ訊いてもいい?」


 我ながら妙だと思う声色に、近藤は怪訝な顔を向けてくる。


「……つまらんこと以外ならなんでもどうぞ」

「うん、なんでさ……トカレストに戻ってきたの?」


 ずっと気になっていた。リタイアした近藤が復帰したこともそう。それに、復帰したのに私に接触してこなかったこともそう。気がつくと私は、上目遣いで彼を見つめていた。

 ああ……と零した近藤は、頭を掻きながらいかにも照れくさそうにしている。


「戻ったのは基本気分転換。ほんの少しだけ、もしかしたら追いつけるかもしれないと思ってたりもした」

「どうして何も言ってこなかったの?」

「遠すぎたからだよ。こっちがやり込める状況になかったのはなんとなく分かるだろ? それに、今更過去の男に絡まれても迷惑な話じゃないか?」


 自嘲気味な近藤に、一瞬言葉に詰まってしまう。確かに私もなんとなくは理解していた。だからこそ、こちらからも接触しようとしなかったのだ。でも迷惑だなんて……いや、あの時あのタイミングなら、ひたすら前に進んでいた私は邪険に扱っていたかもしれない。

 所詮、ドロップアウトしたプレーヤーじゃないか、なんて。

 それが今じゃ、近藤なしでは何も出来ないような状況になっている。過去の男なんて言い方は当てつけのつもりか? 自然と顔が赤くなるのを誤魔化すように、私はさらに質問を投げかける。


「分かったそれでいいよ。じゃあなんで真っ先に王国に戻ったのさ?」

「そりゃだって、ガルさんにホワイトナイトの転職証を返すために決まってるじゃないか。観てないのか?」

「ううん、観たけど別にわざわざ返しに行く必要ないじゃない。それで変なイベントに巻き込まれたわけだし……」


 そう言うと、近藤はまた自嘲気味表情を浮かべ「それは結果論」と言ってから、真顔になった。


「ホワイトナイトはスタイルに合わない。俺はスピード重視、手数で勝負。知ってるよな」

「もちろん」

「それが理由」

「もったいないと思わなかったの? 転職証売るかどうか散々一緒に悩んだじゃない」


 少々語気を強めると「いや、俺は悩んでない」とさっくり返された。おかしい、一緒に悩んでたのは私の記憶違いか!?


「まあ正直、なんとなく筋を通したかっただけなんだ。こっちは一応卓球選手だぜ? トカレストで言うならヒットアンドウェイの近接スピード型。ひたすら足使うアウトボクサーみたいなもんだ。

 持ってても使いようがないなら、経緯から言って返すべきかなあなんて、ほんとそんな感じだって」


 彼はそう言って、つまらない質問だったなと小馬鹿にするよう付け加えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ