29.不思議な予感
翌朝、落ち着かない目覚めを迎え、私は不思議とこれからは慌しくなるだろうという予感を抱いていた。
まず、等々力さんの結果は私が眠っている間に出ている。通学の際軽く確認しながら、近藤に連絡を入れる。
「ちょっとだけ見たけど、等々力さん上手くいったんだよね? 誰も何も傷つかずにすんだ?」
挨拶もない問いかけに、眠たげな近藤の声が返ってくる。
「ああ上手くいったらしい。参加したプレーヤーもただ借金背負っただけで、誰も何も傷ついちゃいないよ。参加料支払って終了だ」
プレーヤーよりもキャラクターを心配する私を皮肉っているのだろう。音声だけだが、口角を上げるあいつの顔が浮かぶ。
確かに私の感覚はおかしいかもしれない。ずれてるかもしれないが、発案したのも実行したのもお前だろ……という言葉はとりあえず呑み込む。それから詳細を話し始めた近藤の言葉に、私は耳を傾けた。
王都ジェダが魔都と化してからは、事実上攻略は不可能に近い状態となった。結果、参戦したのは一部の命知らずなプレーヤーと記念参加勢のみとなり、後は見学するような状況が生まれたという。
知ってはいたが、やはり等々力恐るべし。
このような状況を経て、定刻が訪れた。
交渉の担当はハーマスが受け持ち、王族で姿を見せたのはピナルだけだったという。
自らの使命を受け入れたハーマスだが、それでも怯えは隠せなかった。一週間で七十パーセントの重税を課し取り立てる。この無理難題は、同時に曖昧とも言えた。近藤は具体的な金額を提示していない。絞り取れるだけ取る。受け取り方次第では、青天井と感じても仕方ないのだ。
何より、もし等々力さんが納得しなければ……火の粉は自分だけに留まらない、とハーマスは考える。彼の恐怖心やいかばかりか。
そうして差し出された金銭……それはやはり、七日間では無理があったと一目で分かるものだった。一国の、王族の生死に関わるものとしてはあまりに微少。だから彼は、王国内の権利関係と金銀や物品を並べ、拘っていた王族所有の農園まで差し出している。
等々力さんの前には十億emが積まれていた。金銀なども含めれば一応それ以上の価値はある。更に権利関係も含めれば、ルメリ・ヒサル城を有する王国バクドロワに相応しい価値となることも確かだろう。
だが、等々力さんは金銭だけを受け取りこのイベントを終了させている。これには当然理由があった。
近藤は無理難題を押し付けた一方、一週間で終わらせると約束している。ハーマス達が捌ききれなかった権利関係を処理しようとすれば、等々力さんは引き続きバグドロワへ残らねばならない。これでは約束を反故にしたことになり、イベントの性質も変わってしまう。
今回最も重要なのは、イベントの成否だ。成立し継続性の見込みを掴むことが、最大のポイントだった。
ただ等々力さんは、金銀や物品の類も放棄している。私はもちろん、近藤もエネさんもこれには首を捻ったという。だがここにも理由はあった。
「これを受け取ってもすずめの涙。とはいえ連中にとってはでかい、だそうだ」
つまりポイントは、等々力さんの抱える借金の額にある。
一体いくら借金を抱えているのか。疑問に思った近藤はエネさんにこの点を確かめた。大きく溜め息をつき、近藤は呆れた顔で零す。
「そもそも本人は把握する気すらなかったわけだが、正確には教えて貰えなかったらしい。国家予算とまでは言わないが……だとよ」
「国家予算……? どこの?」
「ここ、俺ら」
「は? えっと……それってリアルの話!?」
驚く私に、彼は淡々と肯定した。
ただただ絶句するばかりだ。
経過を聞いても、胸にすとんとくるわけではない。
ただ、今後の展開を聞けば納得も何もないのだなと理解出来た。国家予算規模など関係なく、等々力さんは更に一歩踏み出す。継続性の見通しが立った以上、彼はそれこそ身ぎれいになるまでイベントを起こし続けるだろう。
「等々力は自力でやるそうだ。"やり方は分かったので一人でやってみる"だとさ」
「つまり、アサシンみたいなことが出来るってこと?」
「いや、ちょっと性質は違うだろうが似たようなことは出来ると言いたいんだろう。死にまくってるがスーパーやり込み勢だからな、引き出しがあるんじゃないか」
だとすれば、他にもこの手段が使える人間がいるかもしれないということにならないか? そうなればやはり荒れる……トカレストが犯罪ゲームになって……。だがそんな杞憂を、近藤は問題視しない。
「心配しなくても大丈夫。等々力ほどのプレーヤーはそういないだろ、多分。それに、俺の影響を受けたからこそ出来るようになったと思う。そのはずだ」
気にすんなと言わんばかりだが「多分、思う、はず」では……。トカレストは広いんだ。だが、この問題について考える余裕はなくなった。学校に着くと、中村屋から人手集めについての報告が入ってきたのだ。




