27.ゴールドラッシュ
雑踏を行き交う人々は、大抵皆笑顔を見せていた。
何かに急かされることもなく、ただ純粋に楽しむ人々の姿がそこにはある。
「ゴールドラッシュね……上手いこと言うもんだ」
かつては寂れた港町、今では完全なリゾート地。観光都市マグナーデンの中央広場、その一角にある洒落たオープンカフェで、注文したコーヒーに手もつけず近藤は呟いた。アサシンらしく黒尽くめだが、ジャージ姿では家着にも見える。
「捉え方次第なんだろう。バージョンアップした、システムに変更があった。そう割り切ってしまえば、むしろいい変化と受け取れる。遊び方だって多様だ」
エネさんは、オレンジジュースの入ったグラスを手に取り、一口つけてから応じた。唯一の魔導着姿は、いかにもトカレストプレーヤーっぽい。
「中村屋ぐらいになるとそう考えるんだなって思ったよ。ありがとうだなんて絶対言わないけど、でもそんな感じ。これむしろ歓迎されてるなって思った」
私はデニムのワンピースにジーンズ、ストローハットを深めに被り、一応顔は隠し気味。注文の品はカプチーノ、もう空だけど。
ジェダを去って一日、今ここに顔を揃えているのは三人。当然、三人では物足りない。人手集めを頼むのに私はかつてのチームメイト、今は道具屋を営む中村屋を頼った。商売をしているだけあって、中村屋は顔が広い。その際彼から、印象的な言葉を受け取っている。
――トカレストは変化した、劇的に。
かつてレアだったものも、今では価値が下がっている。
そして新しいレアアイテムが登場し、同時にイベントも増加している。
難易度は確かに上がった。
だが、変化についていけないほど「僕達は愚鈍ではない」と――
僕ではなく、僕達。彼はそう言っていた。
「俺はメインの事情なんて知らんからなあ」
「まあ僕も、真っ当にやってきたかと言われたら、そうでもない」
さっきから近藤とエネさんが珍しくも会話している。どこか吹っ切れたんだろうか。きっかけはなんとなく分かるんだけど。
「トカレストゲーマーは、俺達が思ってたよりタフだったってことか」
「うん。かなり時間経ったのもあると思うけどね」
「あとはあちらがうまくいきさえすれば、ですね」
三人の視線は、自然とマグナーデン中央広場にある大型ビジョンへと向けられる。そこには、なぜか王都ジェダの映像が映し出されていた。
大型ビジョンとかもはや中世でもなんでもないだろ、と誰か突っ込んでもよさそうなものだが、誰もそんなことはしない。映像のインパクトが勝っているからだろうか。
「あれじゃ魔都だな」
誰ともなく近藤が呟く。
確かに、もう王都の面影などどこにもない。
ジェダの空にはモンスターが飛び交い、城下町を守る城壁の向こうには大型の召喚獣が闊歩している。ルメリ・ヒサル城の周囲も同様だ。今や王都は、モンスターが占拠する怪物の都と化していた。
一日と四時間。
トカレスト内の一週間を現実に換算すると、こうなる。王国バグドロワ乗っ取り計画の期限は、現実で残り四時間に迫っていた。日付が替わって午前二時頃には結果が出る。
我々は等々力さんの視点から映像を確認出来る。だが既に、ジェダの様子は誰でも確認出来る状態になっていた。思惑通りのお祭り騒ぎ、現地に実況勢が出始めたからだ。
「等々力は多才だよな。召喚魔法から精霊魔法まで使えるとかよ」
「それだけじゃないけどね。しかし数が凄い。一体一体の強さもかなりのものだ」
男二人の感想に、
「これじゃテーマパークだよもう。それに、王都の人達どうなんのあれ……」
私も素直な思いを口にする。
私がイメージしていたのはあくまでPvPだ。一対一とまでは言わないが、プレイヤー同士の激突を想定していた。だが、そんなものはどこにも存在しない。あるのは"あの城攻略したら全クリだね!"みたいな雰囲気になってしまった王都、てか魔都。こんな惨状だから、当然チャットや掲示板は荒れている。
[手がつけられないwwww]
[おい、イベントの趣旨がなんなのか誰か教えろ]
[だから"悪魔を殺せ"って出てるだろ!]
[だからどの悪魔だよ!]
[あの可愛い妖精達も実は悪魔なのか……]
[女は悪魔。小悪魔じゃなくて悪魔だと小学生の弟が言ってた]
[とにかく急過ぎてついてけねーよ]
[気がついたら魔物だらけになってた。モンスターハウス状態]
[人類はこうして滅亡した]
[何度でも甦るさ! 借金付きでな!]
[四回死んだよ。もう一回行こうかなあ]
[物好きだね。俺は六回しか死んでないってのに]
[どうしてこうなった]
[最近トカレストのイベント増えたよね。告知しろって話だけどさ]
[ヴァルキリーのせいだって。大体あいつが原因だろ]
[いやゾンビ女じゃね? あいつマジ、萌える]
もう訳が分からないよといった具合の、プレーヤー達の戸惑いが伝わってくる。チャットや掲示板は、お祭り騒ぎでとにかく流れが速い。
こうなった以上、勝負は等々力さんの勝ちだろう。が、イベントの帰結が保証されたわけではない。あと四時間、トカレストの中なら一日経たないと全く分からないんだ。
「あっちは結果待ちだ。それより今回はなかなか収穫があったな。何事もやってみるもんだ」
気を取り直すかのように近藤が割って入り、
「こうして人目のつく場所でもいける。リスクはあるがそれほどでもないってのが分かったのは大きい」
そうして、大きく伸びをしてみせた。




