17.策謀5-システム制限
大広間に漂うなんともありえない空気は、今変化の時を迎えていた。
居並ぶ彼らが、誰だかはっきりと分かったのだ。もちろん近藤がピナルを脅した結果ではあるが、それに応えたのは財務責任者のハーマスだった。このままでは危険と判断したのだろう。
「……最後がミクローシュ様。殿下の第一子です」
「そう、わーった」
だが説明を受けても、近藤はどこかつまらなさそうだった。大体誰と交渉すればよいのか分かっただろうに。
「まあ……そこは分かったが、で、お前らは結局何を話し合ってたんだ?」
えっーと――近藤やべえよ何あいつ、何がしたいんだよ分かんねえ――なんてことを話していたのが現実だが、さてハーマスさんはどう答えるだろう。つか、そろそろ立ってるの疲れたから座りたい。
「いや、それは……」
「どうやって……」
ハーマスの戸惑いに、小さな呟きが重なった。見ればフェルハが一歩前に出ている。
「要求は、大まかには把握しています。ただ……一つ聞かせて、どうやってここまで来たのです」
落ち着いたものだ、この女性はかなり冷静になっている。そしてその問いかけは、本質的な問題を孕んでいた。それはこちらとあちら、どちらにも共通する。近藤は値踏みするように彼女を見て、それからゆっくりと答えた。
「城門からだよ」
「……では、城下には?」
「城下? ああ、こいつを見せた。すんなり通してくれたね」
応じた近藤の手には、いつの間にかホワイトナイトの転職証が握られていた。だが、城下の門番にそんなものは見せていない。
「というか、城下に入るのはそう難しくないだろう。行き来するのはかなり自由なはずだ」
やや訝しげに、近藤は付け足す。だが訝しいのは近藤の発言だ。どうして嘘をつく?
「そうね。あなたを見て、怪しいと判断するのは難しそう」
変貌した……そう評してもいいほど、彼女の振る舞いに揺らぎがない。何がそうさせているのだろう。責任感か、それとも諦めたのか? 気がつくと私は座り込み、顎に手を当て彼らを観察していた。
「ところで、アンタ誰だっけ? 申し訳ない、人が多すぎて覚えきれないんだ」
腕組みをした近藤が、流れをぶった切るような発言をした。こいつこそ人の話聞いてないじゃないか。
「……陛下の娘です。フェルハ、と覚えてくれればいいわ」
「そうだった。で、あなた責任取れるのかね? 話が進むなら応じよう。出来ないなら、悪いがすっこんでてくれないかな」
その言葉で、微妙な間が出来た。全てにおいて責任の取れる者、そう問われ「はいそうです」と言える者は残念ながら彼女ではない。実際、虚ろな目をした王様がすぐ傍にいるのだ。少し視線を落としたフェルハだったが、深呼吸するよう顔を上げると、真っ直ぐ前を見て、口を開く。
「城門からと言ったわね。でも――」
「すっこんでろと言ったろ」
しかしその問いは、酷く冷めた言葉によって遮られた。近藤の表情も冷徹に、視線は鋭利なものへと変貌している。一見冷静だが、近藤の奴沸点が低くなってないか? 話がうまく進まないことに苛立っているのか? だが、そんな疑念と疑問はすぐに解けた。
「お前だお前。小娘、お前に言ってんだ」
意外にも、近藤の視線はフェルハではなく、ピナルに向けられていた――。
気が、つかなかった。
不覚にも、私は彼女の小さな変化を見落としていた。
「撃ったところでお前は死なない。が、身内のそっ首がどうなるかまでは保証出来かねる」
少女ピナル、虚ろな王の末子。王子の子がこの国を治める時代がくれば、この子は良き相談役、或いは大きな責任を果たす役割を持つだろう。万が一の時を迎えれば、最高責任者になるかもしれない。王族である以上、それは避けられない。
そんな彼女が強く握り締めていた小さな手には、微かなオーラが宿っていた。間違いなく魔法の類。信じられない、この子魔法が使えるのか! 近藤はとっくに気づいていた……私が、トカレストをとことんやり込んだ私が見落としていたというのに……。
この子はずっと、魔力を作り込む準備をしていたんだ。だからあんなに追い詰められた顔をしていた。なんで気づかない!?
「ピナル……よして」
「……どうして」
フェルハの制止に、ピナルは静かに、それでいて揺るぎない不満を露にした。
「城門から入ったのは事実だ。別に番兵が無能だったわけじゃない。仕事をさぼってたわけでもない。ただ気づかないよう、こちらが工夫しただけだ」
「貴様――!」
二人のやり取りを、ピナルの決意を無視する近藤の口振りに、少女の怒りはより一層高まる。
「刺激しないで。お願い……」
「撃ちたきゃ撃てばいい、どうせ何も起こらない。もし何か起こったらそりゃ事故だ」
偶然に頼って得られるものがあるというのなら、やってみせろ。完全な挑発だが、残念ながら事実だ。挑発者は更に続ける。
「警備兵が来ないのもそうしたからだ。どうやったかまでは言えないが、増援も来ない。"来てもここには入れない"ようにしてある。誰が見たってきれいな詰みだ。
そちらに残されているのは、要求を聞いた上で調整することぐらいだろう。まだ俺の知らないこと、この二人から聞いてないこともありそうだ。俺としてもそこは押さえておきたい」
言い聞かせるよう、近藤はただじっとフェルハだけを見ていた。とりあえずの交渉相手はフェルハ、そう見立てたと言外に言っているのだ。そこに少女の決意など存在しない……こうまで煽られれば、
「許せない……!」
ピナルでなくても、私でも切れる。
肥大したオーラが、少女の身体を包む。膨大なオーラは殺意に彩られ、空気の震えは底なしの魔力を予感させた。こんな知らないエリアに、こんなキャラクターが隠れているなんて!
「お願いだからよしなさい!」
「つまり、第三継承権を持つ次男坊は、今国境沿いの警備を任されているからここにいない。それでいいんだよな」
冷静だったフェルハに揺らぎが見られる。だが、髪を濡らすほどではない……。そして近藤は、ピナルをとことん無視している。
「どうして挑発するの!」
「それはそちらの問題だろう。俺に言うなよ」
「愚民が!!」
光り輝くブラウンの髪、電流のようなオーラが少女の身体を走っている。そして周囲には、奇妙な模様が浮かび上がっていた。大量のそれは、象形文字に見えた。言語魔法……!
「ピナルなぜ、なぜ言うことが聞けないの。今は……」
「……今のうちに、逃げて」
撃つ! フェルハ達を逃がすためにも、この子は撃つ!
ピナルは静かに深呼吸を、私はエネさんに[止めに入らなくていいんですか?]とチャットで尋ねたが、返事が来る前に事は起こってしまった。
「滅せ、化け物」
ピナルはもう、魔法を撃って――。
「やめとけって言われてんだろ……」
撃つ覚悟を、決めていたはずだ。あれだけの魔力、さすがの近藤でもまともに食らえばただではすまない。
「まあ……撃ってもいいが、その直撃を食らうのは誰でもない、お前の父親だぞ……」
アサシンは、ピナルの背後からそう囁いていた。




