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トカレストストーリー  作者: 文字塚
第六章:前夜
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17.策謀5-システム制限

 大広間に漂うなんともありえない空気は、今変化の時を迎えていた。

 居並ぶ彼らが、誰だかはっきりと分かったのだ。もちろん近藤がピナルを脅した結果ではあるが、それに応えたのは財務責任者のハーマスだった。このままでは危険と判断したのだろう。


「……最後がミクローシュ様。殿下の第一子です」

「そう、わーった」


 だが説明を受けても、近藤はどこかつまらなさそうだった。大体誰と交渉すればよいのか分かっただろうに。


「まあ……そこは分かったが、で、お前らは結局何を話し合ってたんだ?」


 えっーと――近藤やべえよ何あいつ、何がしたいんだよ分かんねえ――なんてことを話していたのが現実だが、さてハーマスさんはどう答えるだろう。つか、そろそろ立ってるの疲れたから座りたい。


「いや、それは……」

「どうやって……」


 ハーマスの戸惑いに、小さな呟きが重なった。見ればフェルハが一歩前に出ている。


「要求は、大まかには把握しています。ただ……一つ聞かせて、どうやってここまで来たのです」


 落ち着いたものだ、この女性はかなり冷静になっている。そしてその問いかけは、本質的な問題を孕んでいた。それはこちらとあちら、どちらにも共通する。近藤は値踏みするように彼女を見て、それからゆっくりと答えた。


「城門からだよ」

「……では、城下には?」

「城下? ああ、こいつを見せた。すんなり通してくれたね」


 応じた近藤の手には、いつの間にかホワイトナイトの転職証が握られていた。だが、城下の門番にそんなものは見せていない。


「というか、城下に入るのはそう難しくないだろう。行き来するのはかなり自由なはずだ」


 やや訝しげに、近藤は付け足す。だが訝しいのは近藤の発言だ。どうして嘘をつく?


「そうね。あなたを見て、怪しいと判断するのは難しそう」


 変貌した……そう評してもいいほど、彼女の振る舞いに揺らぎがない。何がそうさせているのだろう。責任感か、それとも諦めたのか? 気がつくと私は座り込み、顎に手を当て彼らを観察していた。


「ところで、アンタ誰だっけ? 申し訳ない、人が多すぎて覚えきれないんだ」


 腕組みをした近藤が、流れをぶった切るような発言をした。こいつこそ人の話聞いてないじゃないか。


「……陛下の娘です。フェルハ、と覚えてくれればいいわ」

「そうだった。で、あなた責任取れるのかね? 話が進むなら応じよう。出来ないなら、悪いがすっこんでてくれないかな」


 その言葉で、微妙な間が出来た。全てにおいて責任の取れる者、そう問われ「はいそうです」と言える者は残念ながら彼女ではない。実際、虚ろな目をした王様がすぐ傍にいるのだ。少し視線を落としたフェルハだったが、深呼吸するよう顔を上げると、真っ直ぐ前を見て、口を開く。


「城門からと言ったわね。でも――」

「すっこんでろと言ったろ」


 しかしその問いは、酷く冷めた言葉によって遮られた。近藤の表情も冷徹に、視線は鋭利なものへと変貌している。一見冷静だが、近藤の奴沸点が低くなってないか? 話がうまく進まないことに苛立っているのか? だが、そんな疑念と疑問はすぐに解けた。


「お前だお前。小娘、お前に言ってんだ」


 意外にも、近藤の視線はフェルハではなく、ピナルに向けられていた――。

 気が、つかなかった。

 不覚にも、私は彼女の小さな変化を見落としていた。


「撃ったところでお前は死なない。が、身内のそっ首がどうなるかまでは保証出来かねる」


 少女ピナル、虚ろな王の末子。王子の子がこの国を治める時代がくれば、この子は良き相談役、或いは大きな責任を果たす役割を持つだろう。万が一の時を迎えれば、最高責任者になるかもしれない。王族である以上、それは避けられない。

 そんな彼女が強く握り締めていた小さな手には、微かなオーラが宿っていた。間違いなく魔法の類。信じられない、この子魔法が使えるのか! 近藤はとっくに気づいていた……私が、トカレストをとことんやり込んだ私が見落としていたというのに……。

 この子はずっと、魔力を作り込む準備をしていたんだ。だからあんなに追い詰められた顔をしていた。なんで気づかない!?


「ピナル……よして」

「……どうして」


 フェルハの制止に、ピナルは静かに、それでいて揺るぎない不満を露にした。


「城門から入ったのは事実だ。別に番兵が無能だったわけじゃない。仕事をさぼってたわけでもない。ただ気づかないよう、こちらが工夫しただけだ」

「貴様――!」


 二人のやり取りを、ピナルの決意を無視する近藤の口振りに、少女の怒りはより一層高まる。


「刺激しないで。お願い……」

「撃ちたきゃ撃てばいい、どうせ何も起こらない。もし何か起こったらそりゃ事故だ」


 偶然に頼って得られるものがあるというのなら、やってみせろ。完全な挑発だが、残念ながら事実だ。挑発者は更に続ける。


「警備兵が来ないのもそうしたからだ。どうやったかまでは言えないが、増援も来ない。"来てもここには入れない"ようにしてある。誰が見たってきれいな詰みだ。

 そちらに残されているのは、要求を聞いた上で調整することぐらいだろう。まだ俺の知らないこと、この二人から聞いてないこともありそうだ。俺としてもそこは押さえておきたい」


 言い聞かせるよう、近藤はただじっとフェルハだけを見ていた。とりあえずの交渉相手はフェルハ、そう見立てたと言外に言っているのだ。そこに少女の決意など存在しない……こうまで煽られれば、


「許せない……!」


 ピナルでなくても、私でも切れる。


 肥大したオーラが、少女の身体を包む。膨大なオーラは殺意に彩られ、空気の震えは底なしの魔力を予感させた。こんな知らないエリアに、こんなキャラクターが隠れているなんて!


「お願いだからよしなさい!」

「つまり、第三継承権を持つ次男坊は、今国境沿いの警備を任されているからここにいない。それでいいんだよな」


 冷静だったフェルハに揺らぎが見られる。だが、髪を濡らすほどではない……。そして近藤は、ピナルをとことん無視している。


「どうして挑発するの!」

「それはそちらの問題だろう。俺に言うなよ」

「愚民が!!」


 光り輝くブラウンの髪、電流のようなオーラが少女の身体を走っている。そして周囲には、奇妙な模様が浮かび上がっていた。大量のそれは、象形文字に見えた。言語魔法……!


「ピナルなぜ、なぜ言うことが聞けないの。今は……」

「……今のうちに、逃げて」


 撃つ! フェルハ達を逃がすためにも、この子は撃つ!

 ピナルは静かに深呼吸を、私はエネさんに[止めに入らなくていいんですか?]とチャットで尋ねたが、返事が来る前に事は起こってしまった。


「滅せ、化け物」


 ピナルはもう、魔法を撃って――。


「やめとけって言われてんだろ……」


 撃つ覚悟を、決めていたはずだ。あれだけの魔力、さすがの近藤でもまともに食らえばただではすまない。


「まあ……撃ってもいいが、その直撃を食らうのは誰でもない、お前の父親だぞ……」


 アサシンは、ピナルの背後からそう囁いていた。

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