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トカレストストーリー  作者: 文字塚
第六章:前夜
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15.策謀3

 静まり返る大広間で、一人近藤だけが肩を落としていた。


「俺は手荒なまねはしたくないんだが……」


 ここまでは手荒ではないと? と思わず言いたくなったが我慢だ。


「そんな無茶な要求だってしてない……」


 それはない、と心の中でだけ突っ込むんだ。

 もう声を出したくて仕方ない。間に入って調停役をしたいがそもそも私は必要とされていない。だが、我慢にも限界がある。さっさとすませると言ったのは近藤じゃないか……。

 もう少しだけ、もう少しだけ見てそれでも話が進まなければ割って入ろう。そう心に決め様子を見ていると、おもむろに近藤が溜め息をつき俯いた。


「そう」


 小さな呟きだ。近藤の奴諦めたか? ならもう待たずに我々も参加していい、文句もないだろう。とっさにそう考えたが、


「時間をやる、三分やろう。その間に決断しろ。これが最後のチャンスだ」


 そう言って、彼は蔑む視線を王族達に向ける。

 そして一つ間を作ると、出口へ向かい歩いていった。

 部外者なしで話し合え。なるほど、そうなりますか……。


「父上!」

「殿下!」


 近藤がいなくなった途端、彼らは慌しくなった。「あ、そうそう」とか言ってあいつが戻ってきたらまた固まるのかな、と考えるのは少し意地悪だろうか。

 まだ幼い十歳前後の男の子が一人、同様の年頃の女の子が二人。ダンボールへと駆け寄り、王子を助けようとしている。モガモガともがいていた王子だが、猿ぐつわのようになっていたテープが剥がれると「早く取れ! 早くしろ!」と激しい口調で命令している。

 玉座近くに高齢のご婦人が一人、妙齢な女性が一人、そして十代半ばぐらいの少女がいる。皆王族らしく着飾っているが、この状況ではなんともちぐはぐだ。


「許さん! あの男許さん! 早く剥がせ!」


 身体が少しずつ自由になってきたのか、王子は怒りを露にしている。年の頃は四十といったところか。王子っぽくはないが、王様の年齢から言えば妥当なんだろう。その年でダンボール詰めにされるとは……しかもみんなの前で。


「叔母様、あの男は一体なんなのです?」


 妙齢な女性が、くぐもった声で遠慮がちに尋ねた。緊張もあるだろうが、王子に配慮しているようにも思える。


「分からないのよ。いきなり彼ら二人を連れて来て……いえ引きずって。わたくしにも、あれがなんなのかなんて分からない」

「兵は何をしているのです? 外に大勢いましょうに?」


 当然の疑問に、


「その通りだ!」


 と、なんとか上半身だけは自由になった王子が叫び入った。


「外には守兵がいる! 馬鹿め!」


 完全に動けるようになると彼は立ち上がり、すぐさま転がっていた剣を拾い上げる。そして再び、勇ましく言い放った。


「守兵が仕留めればそれでよし、恩賞をくれてやろう。奴がここに逃げ帰ってくれば私がトドメを刺してやる!」


 恥辱と怒りが頂点に達しているのだろう。ダンボール王子はそう意気込むが、女性陣は対照的な反応を見せていた。


「お姉さま、どうして兵達は助けに来なかったの?」


 艶やかなブラウンの髪を持つ少女が、妙齢な女性へと尋ねる。どうやら姉妹らしい。


「分からないわ……それより、あれは陛下の護衛を一瞬で動けなくした。そう、彼らはどうなったの?」


 その声に、広間奥で固まっていた侍女達が反応した。恐る恐るだが、倒れた兵に近づき容態を確認している。そして、とても分かりやすい仕草で事実を伝える。


「まさか死んで、……いるの?」


 少女だけが最悪を想定してしまい、侍女に確かめると、


「き、気を失っているだけです。死んではいません」

「なら叩き起こせ! 不甲斐ない! それでも近衛騎士か!」


 王子が割って入り、また激しい口調で命令した。不甲斐ないのはあなたも大概なのだが……。しかし、何をしたところで騎士達が目覚めることはなかった。


「どういうこと? あれは一体何をしたの?」


 少女の顔が悲痛に歪む。


「役立たずが! 構わん、私一人で相手をしてやる! 生きていたらの話だがな!」


 そうは言うものの、王子は歯を食いしばり、身体は小刻みに震えている。やはり、恐ろしいのだろう。理屈が、訳が分からないのだから。ダンボールも含めて。


「叔母様、奴は一体何がしたいのです? 要求とはなんです?」


 妙齢な女性の長い黒髪は、少し濡れているように見えた。緊張から汗をかいているのだろう。そして彼女は最初からこの場にいたわけではない、少女にしてもそうだ。兵達と共に後からこの場に遅れてやってきた。最初からこの場にいたのは王様に叔母様と呼ばれている女性、そして責任者の二人だ。


「……よく、分からないのだけれど……権限を接収すると、そんなことを言っていたわ。ハーマス、もう一度詳しく説明して」


 ハーマスと呼ばれた財務責任者は、喋るのも辛そうな状態だったが、それでも平伏の姿勢を取った。


「恐れながら奴は……奴は租税権を接収すると、そう申しておりました……」

「なんだと!」


 近藤の要求は複数に渡るが、最も重要なのは租税権、つまり課税と徴税の権限を寄越せというものだった。王国内の金の流れを近藤が管理する、そう言い換えてもいいだろう。


「何を考えているのだ! 何がしたいのだ!」


 ダンボール王子の雄叫びが、大広間に響き渡る。


「王族を、王国をなんと心得る! 何様のつもりだ!」

「そんなことを……つまり、目的は金銭ということ?」

「フェルハ! 奴は王権を侵すと言っているのだ! 金銭などという生易しいものではない! クーデターなのだよこれは! ……とすれば、敵は一人ではないのか!?」


 そう狼狽するダンボールマンに、妙齢な女性は諭すような目を向けた。


「兄さん、少し落ち着いて。クーデターならば私達が無事なのはおかしいわ」


 女性の名はフェルハというらしい。で、あの少女と王子も兄妹になるのか。随分と年が離れている。ああそうか、お嫁さんが一人とは限らないか……時代が時代だものね。私は不満から小さく舌打ちしたが、誰も気づかなかった。エネさんだけが、そっとたしなめるように私を見たので、ペコリと頭を下げておく。すいません。


「どうする……いや、外はどうなっているのだ?」


 視線を戻すと、王子が興奮と混乱で、大量の汗をかいていた。怒りが冷め、状況を理解してきたのだろう。実際外はどうなっているのか。多分どうもなってないとは思うけれど。


「ハーマス、彼は反逆者なの?」

「ピナル様……」


 少女の名はピナルというらしい。ハーマスは応じることに躊躇い、ピナルではなくフェルハを見ている。


「構わないわ。分からないことが多いの。それとも叔母様に、言わせるつもり?」


 確かに。近藤の無茶苦茶な要求を叔母様、というぐらいだから王様の妹なんだろうけど、その人に言わせるのはどうかと思う。ハーマスは腫れ上がった顔を歪ませ、


「反逆者、と言えばそうかもしれません。しかし、全ての要求は金銭に関する権限に集中しており、国権や国そのものには一切興味を示しておりません。今のところは、ですが……」


 躊躇いがちながらも、正確に伝えた。


「どういうこと?」


 フェルハ、ピナル共に困惑の色が隠せない。反逆者ならば理解も容易い。だが、あいつの目的はそこにはない。私から言わせれば、近藤は反逆者でも侵略者でもないのだ。


「そんなことはどうでもいい! 奴は敵だ! お前達は脱出しろ! 例の道は使えるはずだ! くそ、外はどうなっているんだ!」


 王子は覚悟を決めたらしい。ここは自分一人で迎え撃つ。それに、この城にはいざという時のための脱出ルートも用意されているようだ。だが、その声に反応したのは幼い子供達と侍女ばかりで、王族の女性達はその場を動こうとはしない。そしてフェルハが今一度ハーマスに問いかける。


「ハーマス、もっと詳しく説明して。一体何が目的なの? 彼は交渉と言っていた。何を交渉するというの?」

「わ、分からないのです。ただ権限を接収し、そして――」


 だが、苦渋に満ちたハーマスの返答は最後まで至らなかった。


「おいこら三分過ぎてんだろカス共が! 舐めてんのか!」


 そいつは、物音一つ立てずに戻ってきた。

 そして怒声と共に、威圧感を伴う視線を王族に向けている。

 だが三分と決めたのは近藤で、遅れたのはどう考えてもこいつだ。

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