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トカレストストーリー  作者: 文字塚
第六章:前夜
137/225

13.策謀

 トカレストの空は白んでいた。

 太陽はまだ薄っすら見えるほどだけど、一日の始まりを確かに告げている。

 私は近藤と共に、二週間ぶりにトカレストへとログインしていた。


 最後にセーブした地点、鬱蒼とした森の木々から零れる、ささやかな木漏れ日を浴び、我々は南へと下る。目的地は魔王の宮殿近く、王国から岩山を越えて最初にたどり着く港町だ。ここは互いに一度足を踏み入れたことがある場所なので、移動系スペルやアイテムで事は足りる。そしてスペルでの移動はリスクが小さい。

 だけれど、移動スペルの微かな光が消え去り視界が明確になった時、我が目を疑う光景が飛び込んできた。懐かしくも寂れた港町を目指していたはずなのに、たどり着いた場所はどう見てもリゾート地なのだ。それもまた、特別と言っていいほどのスペシャルリゾート。

 街並みも港も異様なほど整備され、海岸にはヨットに漁船、派手なリゾート船舶がところ狭しと浮かんでいる。視線を少し逸らせば真っ白な砂浜、挙句街の中央にはシンボルのような巨大ホテルまで建っていた。

 そして、とにかく人が多い。住民のモブキャラに限らずプレーヤーも多い。レストランやショッピングモール、遊興施設や歓楽街まで見えるのだから当然と言えばそうなのだが、なんだこれ……も、もしかして、これも私のせい……?

 あまりの光景を眺めただただ唖然としていたが、すぐ近藤に袖を掴まれ街角の路地へと連れて行かれた。そうして彼は囁くように言う。


「人が多いな。目立つのは困る」


 一変した街並み、いや本当にここが目的地なのか意に介さず、近藤は人の多さを警戒している。それでもやはり、ステータスボードを開いてここが目的地かどうかは確認していたが。


「いやあの、そういうことじゃなくて……」

「場所はあってる。とにかく港まで行くぞ。姿を消してさっさと移動だ」


 私の戸惑いはガン無視。

 近藤は陰影・雲隠れを発動させると二人の気配と姿を消してみせた。そして港へと向かい歩き出す。気持ちの切り替えは出来なかったが、私も後ろをついて歩く。

 王国には近いが人が少なく初心者プレーヤーしかいない地点、さして警戒することもない。俺らの敵は初心者ではない云々。当の近藤がそう言ったのにまるで話が違うじゃないか。


「ねえ、これ何? リサーチ不足とは言わないけどさ……これじゃここに来た意味なくない?」


 久しぶりのトカレストでいきなりこんなものを目にするとは。自分のせいなのか……そんな思いが頭の片隅を占める。あまりの変化に戸惑いつつも、近藤に続き大通りを歩く。近藤が返事をしないので再度声をかけると、


「どうでもいいんだよ。ここがどうとかは俺らには関係ない。サイバーパンクな街になってようが知ったこっちゃないだろ」


 物凄く突き放された。近藤だって少しは驚いているだろうに、なんという言い草だ! とはいえまあ確かに関係ないっちゃあそうですが……でもほんと、どうしてこうなったのだ?

 港についた我々は、次の目的地へと向かう船舶を探す。その間にも船は続々と出入りし、荷が下ろされ同時に多くの人々が乗降している。私はどこか気もそぞろだったが、目的の船を見つけると近藤はさり気なく雲隠れだけを解き、船員ではなく船に乗り込もうとする乗客らしき男性のモブキャラに話しかけた。


「行くぞ。荷物持て」


 何を話したのかと思えば、モブキャラに荷物持ちで雇ってもらう交渉か。なんでヴァルキリーたる私がモブの荷物持ちなど……というかなんでゲームの中で荷物持ちなんぞ……とおもいっきり顔に出してみたが当然誰も相手にはしてくれない、見えないのだから。


 船賃を払うこともなく、港町の変化の原因を知ることもなく、我々は懐かしいはずの超序盤フィールドから離れていく。

 視線を遠くに向けると、堂々とそびえ立つ初心者拒絶用の岩山が見えた。あの向こうにはガルさんとラビーナの王国があり、我々プレーヤーはそこから旅を始めるのだ。だがそんな感慨も何もなく、地味な客船は港から大海へと進んでいく。


「あの町長、そんな有能な人だったっけ……」


 そう呟いてみたものの、恫喝した町長の顔はどうしても思い出せなかった。


 王国のある大陸からひたすら西へと船は進む。眼前に広がる青い海、周囲はただ青く、海も空も無限かのごとく広がっている。それ以外には何もない、本当の大海原だ。

 我々の目的地は別の大陸である。こうなるとどうしたって海の上を移動することになる。私一人なら飛んで行く、なんて方法もあるが実は効率が悪い。船や列車、場所によっては動力が魔法の飛行船もあるらしいが、これを使うと時間が短縮出来る。それぞれに乗車乗船料と移動時間が設定されているのだ。今回は2000km以上の移動なので、実際なら四日程はかかるだろう。しかし、トカレスト内の船に乗ればそれが一時間ですむ。トカレストの中で一時間。

 実際的に言えば近藤は飛べないし、私が飛んでるところを目撃されたら結構な確率で絡まれるだろうから、色んな意味でこれが最善。あくまで合理的かつ効率的にということである。近藤は船賃までケチってやがったけれど。


 一時間後、西側の大陸の入り口、我々からすればそういった見方になる港町へと着いた。やはりと言うべきか、雰囲気が違う。中世ヨーロッパから西アジアと東ヨーロッパの境目、そんな世界に迷い込んだかのようだ。

 私はあまり大きな移動をしたことがないので、この光景はとても刺激的だった。けれど、残念ながら愉しんでいる暇はない。ここから更に1000km程度内陸へ移動しなければならないのだ。

 そしてこの港町には、我々の道案内をしてくれる人物が待機している。

 私がモブキャラに預かった荷物を渡している間、近藤はメッセージのやり取りをしていた。その後近藤だけが雲隠れを解き、自らの存在を晒すと、件の人物がいかにも面倒だという顔つきで近づいてきた。


「向こうはもう来てるんだよな」

「……そう言ってたよ」


 近藤が首を傾けそう問いかけると、廃人ことエネさんは視線も合わせずに応じた。以前見た印象と変わらない、中学生のような雰囲気のままだ。しかし、お前とは話したくないという空気を全力でまとっている。一体二人の間に何があったのだろう……。


 ――王国バグドロワ、王都ジェダに建つルメリ・ヒサル城。

 立派な名を持つエリア、その城門が見える建物の陰に三人はいた。

 王都までの移動は一瞬のこと。エネさんの持つ特殊なアイテム、「月の羽」によって三人は移動した。このアイテムは、パーティー内の人物が一人でも行ったことがある場所なら移動可能という優れものだ。ただし、所有者以外の地図が埋まることはない。本来は一度でも足を踏み入れれば地図は埋まるのだが、このアイテムはあくまで「ただ移動する」ことにしか使えない代物らしい。そういえば、中村屋の店先で見たような気もしないでもないけれど、記憶は判然としなかった。きっと私にはいらなかったからだろう。


「連絡取れ、城門前に行ったら即行動する。打ち合わせの必要はないよな」


 近藤の確認に返答することもなく、エネさんは淡々とボードを叩き始めた。その後近藤の視線はこちらを向いたが、私は小首を傾げて応じる。そちらの関係はそちらの問題だし、私に問題はない。

 エネさんはボードを見つめ、近藤は城門を値踏みするように観察している。

 その間、私はこの城下町の風景を眺めていた。

 街並みはやはりと言うべきか、完全にヨーロッパを離れていた。

 王都は広大な草原に囲まれ、その向こうには砂丘が広がっているのだそうだ。

 ヒサル城は内陸の平野に建つ平城で、大きく頑強なものに見えた。所々に円柱形の塔があり、石造りの城壁は分厚く威圧感を醸し出している。おまけに城下町を囲む城壁があるので、攻めようと思えば二重の囲いを突破しなければこの城は落とせない。まあ、我々はただの旅人としてとっとと城下に入ってしまったのだが。


「トルコ、なのかなあ」


 住人達も今までとデザインが違う。だが、アジア圏でないことは確かだ。


「ぱっと見はそれっぽいが、実際のところは分からんな。まあ、どーでもいいが」


 近藤はちらりと視線を寄越したが、すぐに戻した。私の素朴な呟きに反応はしたが、大して興味はないらしい。

 だが私にはやはり新鮮だ。とても新鮮である。ずっとストーリーだけを追ってきた者として、とにかく刺激的なんだ。なんだか海外旅行に来ているみたいだし、冒険の旅に出たかのようでもある。なるほど、メインストーリーのクリアに見向きもしない冒険者が出てくるはずだと納得も出来る。製作の奴ら、結構細かいところまでしっかりと作りこんでるじゃないか。

 加えて、ログインすること自体二週間ぶり。まともなログインという意味で言えば、更にその一ヶ月前になるのだからどうしても気持ちが落ち着かない。どこかそわそわしてしまうのも仕方がないというものだろう。なんだか情けないな。けど、嬉しいというかなんというか……ああ、帰ってきたよ、私。

 しかし、そんな感慨は長く続かなかった。


「準備出来てるらしい」

「そうか。ならさっさと終わらせるぞ」


 そうして男二人は歩き出す。

 国を、この王国を乗っ取るために。

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