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トカレストストーリー  作者: 文字塚
第五章:六英雄の物語
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第二十一話:「繰り返される混沌の場景」

 魔法使い同士の激突は大抵な派手なエフェクトに包まれる。さながら年に一度の花火大会のようものだ。この際重要なのはその演出に気を取られることなく状況を把握し、次の行動に移ることにある。魔導師系は脆い。一瞬のミスが命取りとなる。

 その点から見れば咄嗟の判断を求められないラビーナは優位にあるかに、見える。

 しかし防御魔法に差がある点は不利な要素だろうか。

 既にセイレーンが繰り出したギンザーの表裏には異なる魔法が宿り攻防に備えている。しかも全てオートで動くため相手の攻撃魔法の種類を的確に見極め相殺し、さらに攻撃へ移る際には無人ヘリの如く舞い狂う。


 火蓋が切られるや否や、差は明確に出た。


 セイレーンが一歩も動かず対応する中、ラビーナはよく言えば変幻自在、悪く言えば慌てふためき逃げ回っているだけだった。

 乱打したラビーナの攻撃魔法が防御網を掻い潜りいよいよ近づいたかと思うと、セイレーンは言語魔法の「コラスター」を奏でそれを消失させる。ただ一人でも戦える存在、攻防一体をものにしているセイレーンとラビーナの力の差は明白だった――。


 ど派手な花火大会が終わり、ラビーナがその差とガス欠を悟ったことでセイレーンはようやくその歩を前に進めた。


「よくもまあこれだけ連発するな……豊富で多彩、確かに並の術士なら火力負けしそうだ」


 セイレーンはある程度の距離まで歩みを進めると、それ以上は近づこうとはしなかった。まだ警戒しているのだろう。


「多分これが最後になるから正しく答えてくれ、なんのためにこんなことをしてんだ。もし、お前を仕留めることで俺らに利があるのならそうするが、ないのなら正直どうでもいい。見逃すわけじゃないぜ。出直して来いって意味だ」


 見下ろすセイレーンに、しかしラビーナは返事もせず、肩を上下させただ下を向いている。油断ならない姿勢とも言えるが、セイレーンは目を細め全く違う視点から切り出した。


「目的に関してはどうしても答えたくない、か……。それはともかく、なんでお前肩で息してんの? 言っちゃなんだがお前半分死んでるだろ。人間やめましたと顔に書いてある。それでも疲れるもんなのか?」


 その煽るような言葉に意地か根性か、ラビーナは動きを止め、死んだ瞳でセイレーンを見据えた。その反応にうんざりした顔を浮かべたセイレーンはさらに続ける。


「もう一つ、ずっと確認しようと努力してんだが出来ない。お宅の名前が把握出来ない。言っても理解出来ないかもしれんが、普通は見れば名前だけは分かるはずなんだよ」


 視点が一人称、セイレーンの視点に切り替わりラビーナを捉えるが確かにそこには何も表示されていなかった。そして視点はまた元に戻り、二人を捉える。


「プレイヤーじゃないのは分かるが敵とも断言出来ない。とすると意味が分からない。こう見えて俺ら今結構追い詰められててね……もう辞めるか否か、そこまで考えさせられてんだ。まあ、あいつがやってくれればそれで解決だが……。だから出来ればでいい、何か知ってんのなら教えてくれよ。それで終わりにしようや」


 勝ちを確信してか、セイレーンの彼は余裕たっぷりにそう告げた。

 だが、その口調には少しの憂いが含まれているようにも感じられる。

 場は、この言葉を境に沈黙が圧し掛かり、二人は口を開かなくなった。

 やはり余裕の為せる業か、セイレーンは視線を横にし遠くを眺めている。

 ラビーナもまたただセイレーンだけを見据えることはせず、また問いに答えることもない。

 しかし、プライドの高いラビーナが露骨に「見逃してやる」と言われてそれで納得するはずはない。

 私の知るラビーナは、プライドのために自ら命を絶った。

 あの化け物と戦うために……。

 そうして茫漠とした時間が流れふとした瞬間、殺気とも邪気ともつかぬものが周囲に満ち始めた。


「お前……まだやるつもりなのか」


 呟きを遮るように、ラビーナは最後の力を振り絞るかのように立ち上がった。

 呆れ首を振るセイレーンを前にラビーナは初めて生きた目を見せていた。

 切り札を、使うのだと――。


 ネクロマンサーがネクロマンサー足る所以。

 ラビーナの持つ最凶にして最後のカード

 それは、今トカレストを覆う全ての歪みに酷似するものだ。




 ――映像と視点が変わり上空のヴァルタンが地上を見下ろしていた。雷雲の中をなんとか切り抜けた彼がようやく見た地上の風景は、彼にはとても理解不能なものだっただろう。また視点が変わり、ヴァルタンの視点からヴァルタン自身を捉える視点へと移ると、驚愕の表情が全面に映し出されていた。


「なんだ、これは……」


 戸惑いから彼はすぐに行動には移れずにいた。


「六英雄の物語に目を通しておけ」


 そう言われて私は何度見たかも分からないこの映像を眺めているが、近藤はこれを見せたかったのだろうか。

 しかしこのラビーナと私や近藤の知るラビーナは違う。このラビーナは魔王の宮殿で自ら命を絶ちリッチ化したラビーナではなく、恐らくガルさんに捕縛されたラビーナだろう。この五人はガルバルディを奮起させることに成功し、その上でラビーナにとどめを刺さず宮殿をクリアしたものだと思われる。

 だが、結果としては何も変わっていないのだ。追い詰められたラビーナが取る手段は一つ、不完全な腐霊術(・・・・・・・)による奇々怪々なるものの召喚である。

 近藤はそこに、トカレストの混乱を解く鍵を見出しているのか? だとしても、それはラビーナはどこまでもラビーナであることを証明している過ぎにない。ならば関係の悪化した私にとって、一体何を意味するのだ?

 もしかしたらという思いから考えてはみたものの、咄嗟に答えが出るわけもなく、なんの閃きも降りてはこない。ここではないのだろうか? それとも、私の観察不足なのか……。



 ――場は混沌を極めていた。あらゆる怪物、魔物、魔獣の類が唐突に、そして大挙して出現する。しかし身構えるべきは「敵」が増えたということではない。彼らは全く不完全な存在であり、そして微塵も統制が取れていないのだ。


 だからこそ起こる、召喚されたもの同士の怪態なる争いが。

 それは誰にも止められず、そして全てに襲い掛かる。

 セイレーンやヴァルタンだけではない、召喚した当のラビーナにすら奴らは襲い掛かるのだ!


 混沌が一瞬にして場を支配すると同時に、もうラビーナはそこにはいなかった。

 あの子は既に、自らが召しだした奇怪なる失敗作に食い散らかされていたのだから――。


 六英雄が所属したパーティーの二人、セイレーンとヴァルタンは今、狂乱と狂宴の真っ只中に存在していた。しかも、その理由が分からない。さらに予定外の事態は続いた。大陸の入り口に、呑気な声が響く。


「結構いけるかもしれないなあと、そう思うんだ」

「お前火力あるもんなあ。俺はノーチャンスだよ、回復役だもん」

「私も自信ない。ってかこんなことしてる場合なのかなあ。あの娘助けに行きたいんだけど」


 先に死の大陸へとたどり着いた面々、その中で資格を持った黒魔法師とプリースト、そしてディーバと昔仲が良かったというショートボブの女性プレーヤーの三人が、このカオスへと近づいてきていたのだ。当然、彼らは今この大陸で起きている異変に気付く。


「ちょい待ち、何あれ戦闘ですか?」

「すげえ断末魔……もしかして仲間が襲われてる?」

「嘘! 助けに行かないと!」


 慌てた三人は混沌目掛け駆け出した。そして近づくにつれ、その異様さを肌で感じはしただろうが、その全てを把握出来るほど彼らは洗練されていなかった……。


「こ、これはなんかやばげだけど僕の魔法で粉微塵にしてやるさ! 今までの僕とは違うんだよ! 今までの僕とは違うんだよ!」

「二回言うとはその意気だ! 全力で回復してやっから、さっさと助けてさっさと逃げよう! なんかマジやばそうな気がしないでもないし今ここで危ない橋渡る必要もないからな!」

「うん! 私も、全力で応援するよ!」


 基本、一人しか戦う気はないようだ。


 そう意気込む三人を待ち受けていたのは、完全に場違いかつ桁違いの惨状であり、そして異次元の存在同士の争いであった。


 空からは無数の翼が矢と化し天の裁きが如く地上に降り注いでいた。

 地上では化け物共が醜く争い、腐敗した空気は肺を腐らせるほどに充満し肉片が四方に飛び散る。

 ヴァルタンは隙あらば空対地の攻撃を放ち、同時に空中戦を繰り広げている。

 セイレーンは膨大なギンザーを周囲に配置し、さらに精霊魔法を唱え一塊の軍団を形成していた。

 精強なる者はこのカオスを呑み込まんと、死力を尽くしていたのだ。

・ギンザー、「財宝」を意味する。

・コラスター、「賛歌」などを意味する。共に教典の名前。

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