第十一話:一人目の英雄2
その場に残った者は八十名ほどいた。残りは借金を返す方法を探しに、そして残念ながらショックのあまりログアウトしてしまった人もいる。未だに落ち込み、苛立つ者も当然いた。それでもやはり、最後を見届けたい、見守りたいという気持ちが多くのものをその場に留まらせた。
だが――思いもかけない出来事が彼らを襲う。
「映像が、流れない。連絡はまあ無理としても、なんでだ?」
「どっか不具合でも起きたのかな?」
「いや、特に何もないんだけど」
「もしかしてあいつ、見せないつもりか?」
「まさか。多分だけどラスダンはさっきの試練の場と同じで連絡も取れないし、もしかしたら観戦出来ない仕様なのかも」
「あくまでただ一人のための、ラストステージってか。くそが」
「マジかよ、バグじゃねーだろーな?」
「こんな土壇場でそれはないっしょ……」
「あーショック、もしそうならショックだわ……」
しばらく待っていた彼らも、一向に表示されない観戦モードに諦めの気持ちが生まれ始める。
「ありえん!」
「ないわーさすがにないわー」
「いや、まさか即死したとか、ないよな?」
「ええ! もう死んだっていうこと!?」
「なんか実力的に言って凄いありそう……」
「それはない、戦闘中。ちゃんとボードに出てる。彼は今、戦っているんだよ。このクソゲーと」
「その通り。でも最後の一言は余計だ」
むしろ最後の一言が真理なのだが、とモニターの前の私は思う。
それでも、ただ待つことしか出来ないとなると彼らは暇を持て余す格好となる。せっかく最後の戦いを観戦しようとしていのに、応援しようとしていたのに、この仕打ちだ。そうした重い空気を変えたのは、次の提案からだった。
「あー…なあ、こんなこと言うのもなんだが、ただ待つだけならいっそよ、宴会でもしねえ?」
唐突な提案に皆その意味を把握しかねている。だが微妙な間が出来た後、その意味するところを悟り皆の表情がパッと明るくなった。
「お、賛成ーいいね。酒の調達ってなると、ちょっと戻らないといけないけどそれはスペルかアイテムでいける」
「でも最後の戦い、見れないんだね」
「まあ、彼の戦闘データを後で貸してもらってみんなで観よう。問題ないだろ?」
渋々といった感は多少あったが、それでも皆宴会の準備へと入る。じっと待つだけではつまらないし、何より、きっとこの面子がこうして揃うのはこの機会が最後だろう……。
準備が整うと、宴会は盛大に行われた。リーダー格の「みんなお疲れ様! 彼の健闘を祈りつつ、パーッといこう! 乾杯っ!」その音頭で、飲めや食えや、はては踊れやの大騒ぎだ。
そうして二時間が過ぎた。ボードを確認しても、ナイトはまだ戦闘中とある。だから宴会も、続く。チームのお別れ会として。
――しかしただ一人だけ、全く別の行動を取っていた者がいた。
あのシンガーソングライターである。彼女はリーダーの一人に声をかけた。
「ちょいいいかな」
「ん? 何してんだ飲めよバンドマン! つかよく見りゃ超美人じゃねーか! よく作ったなそれ! はは!」
「バンドマンじゃないし。それより、私光の勇者になろうと思うんだけど、いいよね?」
え? という空気が、瞬時に出来上がる。そしてそれは、彼女の傍にいた者達から順に、波紋のように徐々に全体へと広がっていった。
「限定一名様じゃなかったっけ?」
「そうだけど、中入れるんだよね。行って来ていい?」
「入れる? マジで? いやでも、そこに転職証があるとは限らないぜ?」
「いいよ別に、なかったらなかったで、別に暇してるんだし」
さらりとしたその言い草に、みんなの体温が少し下がる。どうも彼女は空気を読まないタイプらしい。薄々分かっていたことだが。その場の空気などお構いなしに、彼女は続ける。
「だって私はチャレンジ出来るんだもの。二十人ぐらいは、一応資格あるんでしょ。私立候補する。ていうか、いいよね、やりたい人いなかったし」
唐突な話だがこうして宴会は一時中断となり、残っていた三人の参謀役とリーダー格の四人による会議が再開された。これで何度目だろうか。
「ああ、みんなは続けて。僕らだけで話すから。用があったら声かけるよ」
周囲を気にして、一人の参謀がそう告げた。それなら、という感じで、少し戸惑いつつ盛り上がらない宴会が再開される。
「なんで話し合う必要あんの? 私が行くって言ってるのに」
「いや……行くのは構わないんだ。けどやるならやるで、可能性の高い人間を優先したい」
「なんで?」
「どう考えてもダメって難易度でも、君はそれでいいのかい?」
「うーん、いいかな別に。ていうか、多分いけるでしょ。ここまで来れたんだし、一回も死んでないし」
彼女には、あまりチームの一員であるとかそういう協調性みたいなものが、ないらしい。はっきり言われ、皆多少呆れつつも傷ついている。
「まあ、彼が帰ってからでも遅くないとは思うんだが……」
「別に行ってもいいよねそれじゃ。時間短縮出来るし」
確かに無駄な時間は省ける。一人のプレーヤーが同意しつつ応じた。
「構わないぜ。だけどな"多分いけるでしょ"じゃ困るんだよ。自信があるなら尚更だ。確実に、とまではいかないが少しでも条件をよくしたい」
「どういう意味?」
「資格のある面子の中で可能性のある奴、んでやる気のある奴をまず集める。で、ナイトの彼から情報をもらって、それから決める」
「そうだね。彼の情報次第では、まだ分からないところがある、なんて事態も充分ありえる。とすると、強いカードは取っておきたい。君がそうだとは、思えないが」
「何それ失礼」
「君のことを知らないからね」
彼女はむっとして、ギターを取り出し「ふんっ、聴けば分かるよ」と言い放ったが全力で制止された。止めに入った者を振り払い、彼女は美声ではなく怒声を響かせた。
「な、ん、で、邪魔するの!」
「私の歌を聴け! って、つもりかもしれんが……」
「意味がないことをしないでおくれ。それより、ステータスを拝見したいね。その方が早いっしょ?」
チッと舌打ちしつつ、それでも彼女は素直にステータスボードを表示させる。
「これでいいわけ?」
会議に集まった人間を中心に、それを見ようとちょっとした輪が出来る。彼らは始め懐疑的な目でそれを見ていたが、徐々に空気が変わっていった。
「これは……これは本当、なのか?」
「何、おたくら数字読めないの?」
「いや、なんでこんな、精神力と魔法耐性が異様に高いんだ……?」
「回避力も半端ない……歌手だろこいつ?」
こいつ呼ばわりに、シンガーソンライターは口の滑った男の胸倉を掴んでいるが、そんな揉め事も他所に周囲はざわめきに包まれていた。
MNDとRESはカンストに近く、AVDも900台前半はある。当時の状況を考えれば異様な高さを誇ると言っていいだろう。意外な伏兵、ここに来て切り札が一枚見つかった、それもかなり特異な能力の持ち主だ。大穴馬券が、来るのか? そんなざわめきが起こる。
ざわめきの中、当然一体どうすればこんな風に育てられるのかと質問が相次いだ。
彼女の説明によると、自分は踊り子、巫女、ミュージシャン、ディーバ、そしてシンガーソングライターと職を重ねてきたらしい。全て援護系のジョブであり、そうそうお目にかかれるものではない。踊り子や巫女はともかく、そもそもシンガーソングライターなんてジョブがあることを知る者の方が少なかった。
「どこのグループに所属してた?」
「あんた」
即答、それはあまりにも素早い切り替えしだった。歌姫は訊ねた本人を指差している。
「おい」「こら」「把握してないのか?」
周囲に攻め立てられ、リーダー格の彼は慌てて弁明する。
「いやちょっと待ってくれ、ほんと記憶にないんだ……」
「信じらんない。ちょー支援してたのに」
「あの、具体的には何を?」
「歌ったり、踊ったり、演奏したり、祈ったり。それ以外に何すればいいわけ?」
呆れ顔の彼女の前にあるのは、呆けたような顔ばかり。だがその言葉に、リーダー格の彼が心当たりがあるのか口を開いた。
「あ、もしかして……あの歌、君?」
「どの歌? 曲名言ってくんないとわかんない」
「いや、歌だけじゃなくて演奏もしてたんだよね?」
「そう言ってんじゃん」
「あんだよ、心当たりあんのかよ」
そう指摘された彼は曖昧に頷いた後、
「確かに歌も音楽も耳にしてた、いやでも……ずっと、ゲームのBGMだとばかり……」
これにはあーという納得とも溜め息ともつかないざわめきが広がり、彼女は「あたし結構働いてたんだけどね」と、毒づいていた。
[ちなみに、そんな気の利いたゲームではないことも、この時初めて発見されたわけです]
当然、そんな説明なくとも知ってた、とは後発組だから言えることである。




