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トカレストストーリー  作者: 文字塚
第五章:六英雄の物語
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第十話:一人目の英雄

 もう、随分と古い話になるが、まだ近藤と組んでいた頃にあいつは言った「このゲーム借金のある奴はクリア出来ない」と。そして、近藤との別れが近づいた時私は言った「最近少数パーティーとソロのプレーヤーが増えている」と。

 これらは一人目の英雄とその仲間が見つけ出し広めた情報だ。

 しかし、これだけで英雄と呼ばれているわけではない。英雄の肩書きは、ここからの展開によってもたらされたものだ――。


[これが全ての始まりでした。ここからの展開を、一体誰が予想出来たでしょう。少なくとも"今"を知る者ならばこれが真実であるとは、とても思えない。

 それはともかく、ここから彼らの苦悩が始まります。これから、どうすれば良いのか……]


 人工音声の解説が再開された。モニターには、絶望感漂う空気が全力で流れている。失望、徒労、意味不明……言いたいことは山ほどあるだろう。だが、それはもう言葉に出来るレベルではない。

 うな垂れ、瘴気漂う大陸の空を見上げ立ち尽くす者。

 座り込んだまま、動けない者。

 未だに、メッセージを前に動けない者。

 運営に苦情を連投する者……。

 そんな中、リーダー格の一人が、こじ開けるように口を開く。


「なあ……なあ……とにかく、もう一度、やり直しだ……」

「……何が」


 辛うじて応じた者の言葉にも、力がない。深い虚無感が、精神世界の死を連想させる。今更、何をやり直すというのだ、と……。


「だから……ナイト君は、チャレンジ出来るわけだから、せめてそれだけでも、見守ろう」

「……そう」


 この時一番辛かったのは、一体誰だろうか。もう先に進めないと、そう理解した者だろうか。それとも、ただ一人だけその資格を得た彼だろうか。ナイトの表情を見てみるが、彼は周囲ただ見つめていた。しかし、時折視線を落とす仕草を見せることから、やはり彼も困惑しているのだろうと私は感じた。そんな重い空気の中、


「そうだな、うん。行って来な、君は、行けばいい」


 座り込んでいたラストシーカーが立ち上がり、一人孤立するナイトにそう語りかけた。ナイトの彼は、チーム最強の男を前に複雑な表情浮かべ、答える。


「はあ、けど勝てる気なんてこれっぽっちもしないですし、そもそも何が待っているのか」

「それは今までと変わらない。それより一つ、頼みがある」


 その真摯な声色に、他のメンバーも二人のやり取りに耳を傾け始めた。


「結果どうなるかは分からないけど、とにかくうちの面子がここまで来た、たどりついたことを刻み込んできて欲しい」

「大して、お役に立てていないと思うんですけど」

「そういう言い方はやめてくれ。仲間だろ」

「……すいません」


 こういった関係は、今のトカレストにはもうないかもしれない。最終的にはソロを強いられる。最後の最後に問われるのは、個の力だ。先発組の彼らと私達では、きっと違うトカレストの風景が見えていることだろう。

 俯き加減のナイトに、エースの役割を果たし続けてきた彼は、静かに言葉を紡いだ。


「大事なことは二度とこの悲劇を繰り返さないことだと思う。だから、ラストダンジョンがどうなっているのか、ラスボスが何者なのかどんな敵なのか、確かめて来て欲しい。今それが出来るのは、君だけなんだ」


 ラストシーカーの彼は、いち早く立ち直っていた。その目の奥からは、強い決意が読み取れる。そして彼は、チームの一員としての視点と、プレイヤーとしての視点でこの状況を俯瞰した。この事実はあまりに大きい。これを知らなければ今彼らが置かれているような、悲惨な最期が待っている。同時に、ひとつのチームとして、最期の戦いになることも、間違いのない事実だった。もう、自分達が一緒に旅をすることはない……。


「その通りだ。こういう形は考えていなかったけれど、僕らが戦うことに変わりはない。僕らの、代表だ」


 リーダー格の一人が、呼応した。この二人の発言に、落ち込み、怒り狂うプレイヤー達が、どれだけ救われたことだろう。


「行って来い!」


 一人のプレーヤーが自らを鼓舞し、ナイトの前に立ち肩を叩いた。彼は続ける。


「お前に任せる。最後の最後まで、見届ける」

「うん、それに一つ間違いない事実があると思うんだ。ナイト君、君は間違いなく、最初のラストステージ到達者であり、挑戦者だ」


 この言葉に対し「確かに」という呟きがあちこちに広がった。そうなのだ、誰かが先にたどり着いていれば、その情報が広がっていてもおかしくはない。それがないからこうなっているわけで、喜んでいいのか分からない微妙な事実ではあるが、多少の慰めにはなる。


 それは――不可思議な空気だった。そこにあるのは、ただゲームを一緒に遊んでいたという、そういう者達の輪ではなかった。もっと複雑でいて、純粋な輪がそこには出来ていた。


「勝ってくれ、任せる!」「奇跡、待ってるよ」「俺の代わりよろしく頼む」「僕らの分まで、頑張って」「私の怒り、君に託すよ」「頼む、ぶっ殺してきてくれ!」「よく知らないけど、自信持っていいと思う」「そうだ、お前は一度も死んでない! あのくそ長い道のりをだ! そしてこれからも、お前が死ぬことはない!」


 感情の爆発した、激励と声援、願いがナイトの彼に次々とぶつけられる。これには、ナイトの彼も意気に感じた、心打たれるものがあっただろう。だが、彼はそれを顔には出さない。それが加工されてのものなのかどうかは分からない。だがしばし目を瞑った後、彼は皆に向け口を開いた。


「正直、どこまで出来るか分かりません」

「当たり前だ、最初の到達者なんだからな、俺達は!」

「出来る限り粘りたいと思います。みんなの代表なんて柄じゃないんですけど、最後まで諦めず頑張ってきます。みんな、ありがとう」


 そうして、ナイトの彼には多くの思いと貴重なアイテム類が託された。そして、ラストシーカーが声を張り上げる。


「よっしゃ! んじゃ、後よろしく。俺行くわ!」

「最後まで見守るんじゃなかったのか?」

「何言ってんだ! 借金返す方法見つけてくるんだよ。俺は諦めない、諦める理由もない! みんな観戦データ、後で見せてくれよな!」


 残る者と、旅立つ者。この貴重なチームは、本質的にはここで正式に解散を迎えたのかもしれない。それでも、ナイトが戦地へと赴く事実は動かない。


「皆さんありがとう。では、狩って(・・・)来ます」


 観戦モードを開放し、彼はラストダンジョンへと足を踏み入れた。彼を見守る背中には、様々な思いが込められた瞳が、色とりどりに光を放っていた――まるで深夜の車道に流れるヘッドライトのように、煌く瞳に、私には見えた。

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