プロローグ
窓の外、遠く東の空が朝焼けに染まり始めている。
そんな時間まで、レイリアは結局眠ることができなかった。
彼女の隣では、宗教画に描かれた完璧な造形の神に似た美しい青年が穏やかな寝息を立てている。
ふわり。
わずかに開けておいた窓の隙間から入り込んだ夏風が、絹糸のような柔らかい色合いの金髪を揺らす。同時に、金の髪に縁どられた艶やかな頬が朝焼けを反射してきらりと瞬いた。
そのあまりの美しさに、レイリアの唇からうっとりと吐息が漏れる。
レイリアの髪は漆黒で、瞳の色はエメラルド。
そんな彼女とは対照的に彼の髪は金、そして今は瞼の奥に隠れている瞳はラピスラズリ。
金とラピスラズリ。
この二つの輝きは、彼女にとってこの世で最も美しい色だ。
「……エドアルド様?」
囁くように名を呼ぶと、その肩がわずかに動いて彼の裸体があらわになる。
レイリアは、慌てて彼の肩にシーツをかけ直した。
その拍子に視界に入ったのは、美しい素肌に残る爪の痕。
昨夜の出来事が一気に脳裏によみがえって、レイリアは思わずシーツに顔を埋めた。
(忘れなければ)
これは、一夜の過ちだから。
彼もそう言うだろう。間違いだった、忘れてくれ、なかったことにしよう、と。
(この人は、私を愛していない)
心の中でつぶやくと、張り裂けそうなほど胸が痛んだ。
二人は婚約者だけれど、それは王家と公爵家の間で結ばれた契約、つまり政略結婚であり、そもそもそこに愛はない。
けれど、レイリアは違う。彼女は彼を──エドアルド王子を心から愛している。幼い頃からずっと、彼の花嫁になることを夢見てきた。
それがかなわぬ夢だと諦めたのは、ほんの数年前のことだ。
エドアルド王子がレイリアに笑顔を向けてくれたことは一度もなく、優しく名を呼んでくれたこともない。社交界に出ても、ただ義務的にエスコートしてくれるだけ。
それは、レイリア自身がそう仕向けた結果でもあるのだが。
けれども、彼に嫌われているというその事実が、どうしようもなく悲しくて堪らない。
痛む胸を抑えて、レイリアはシーツの隙間からもう一度彼の寝顔を盗み見た。
(……きっと、最初で最後ね)
こんな風に穏やかに眠る姿を見つめることができるのは。
レイリアはしばらくの間、美しい寝顔を眺めてから、彼を起こさないようにそっとベッドから抜け出した。
いつまでも夢に浸っていることはできない。
彼女には、果たさなければならない役目があるのだから。
彼女はまだ知らない。
この日の出来事が、二人の運命を大きく変えることになると──。
本日より新連載開始します!
明日からは1日2話、朝(7:10頃)と昼(12:10頃)に投稿予定です!
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