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頭を下げさせてしまいました……

 翌朝。


 日が昇り、空気がひんやりと爽やかな草原の朝の光の中、バルトさんが外で食事の用意を始めたわたし達のところへやってきて頭を下げた。


「昨日はありがとうございました。おかげでイオナの熱も下がりました。助けてもらった上に申し訳ないのですが、話をさせていただいてもいいでしょうか」


 わたし達は顔を見合わせ、そして早川さんが柔らかな笑みで言う。


「もちろん、構いませんよ。今、こちらに朝食の用意をしているので、よければその後にしましょう。皆さんもお腹空いてるでしょう?」







 今日の朝食はホットケーキだ。

 バターとハチミツが添えられていて、まだまだほかほかだ。

 おかずはソーセージとベーコン、目玉焼きにサラダが盛りだくさんで、さらにフルーツとヨーグルトもついている。

 スープはオニオンスープ。


 トレーラーハウスと倉庫の間に木製の長いテーブルとベンチを出して並べていく。


 何も大変な事はない。なにしろわたし達には羽田様がいらっしゃる。


 羽田さんは料理が好きらしく、時間があれば仕込みをしていろいろ作りたいところのようだが、今はこうしてメニューを決めて出すだけで我慢している。


 もしも羽田さんがいなければ、食事の用意はわたし達女性陣で行う事になっていただろう。


 それが嫌なわけではないが、大人数分の食事を毎日3食支度し続けるのは大変だ。

 慣れるまではきっと余裕などなかったに違いない。







 食事を終えてテーブルの上の食器を片付けて終わると、早川さんがバルトさんに声をかけた。

 

 他の3人はイオナさんの朝食を受け取って倉庫へ向かっている。


「バルトさん、それでは先ほどのお話を聞かせていただけますか?」


 バルトさんは緊張しているのか厳しい表情で、重々しくうなずく。

 そして座ったまま、再び頭を下げた。


「ご馳走になりました。昨日の食事も今朝の食事も本当に美味しいものばかりでした、ありがとうございます」


「いえいえ、食事についてはあちらの羽田さんがいつも準備してくれるので、お礼なら後ほど羽田さんにお願いしますね」


「わかりました」


 言いながら、バルトさんは羽田さんに向けて目礼する。

 羽田さんはそれを受けて照れ臭そうに笑った。


「それで、これほどまでにお世話になっていて、図々しいとは承知しているのですが……」


「そんな事はありませんよ、なんでしょう?」


「これだけの設備があれば必要ないでしょうが、どうか私達を傭兵として雇ってはもらえないでしょうか! ずっとでなくてもいいんです、せめてイオナの怪我が治るまで、どうかお願いします! この通りです!」


 バルトさんは立ち上がって深く頭を下げた。


 早川さんも立ち上がると、穏やかにバルトさんの肩に手を置く。


「バルトさん、頭を上げてください。そんな事をする必要はありませんよ、頭を上げて、座ってください」


 そしてバルトさんがベンチに腰を下ろすと、わたし達全員を集めた。

 

「皆さん、このまま進めて構いませんか?」


 確認されて、全員がうなずく。

 むしろこちらかお願いしたいと考えていたのだ。

 為人(ひととなり)を見定めてから、という予定が狂ってしまったが、多分問題ないだろう。


 わたし達は早川さんと灰谷さんを除いて正社員ではなかった。

 崎田さんは今こそ農家だが、何社も就職試験を受けて圧迫面接を受けてそれでも仕事が決まらずに、親の怪我で実家に戻るまで何年もアルバイトで生活していた。


 早川さんも正社員とはいえ小さな会社の中間管理職。

 土木の事も建設の事も何も知らない後継ぎが社長になってからは、腹に据えかねる事はたくさんあったそうだ。

 それを同僚のため、部下のためと間に入って体を壊すまで仲裁して仕事をした。

 あげく、ガンで入院する事になったという。

 工事現場の監督さんなのにやけに痩せていて筋肉がないなあ、と思っていたら病気で痩せていたらしい。


 灰谷さんはバスの運転手だ。

 長時間拘束される、人の命を預かる大変な仕事だと聞いたことがあるが、わたしがいつも思うのはトイレどうしてるんだろう、だ。

 ぎゅうぎゅう詰めの車内でイライラしている乗客に当たられたり怒鳴られたりしている運転手さんを何度も見たが、それだってサンドバックにされる一方でどこからも助けはない。

 みんな必死で頑張っているからしょうがないと言えばそれまでだが、当たられるほうはたまったものではないのに。


 他もみんな、派遣にパートにアルバイト。



 それは、社会の底辺で生きているという事だ。



 辛い思いをしながら、生活するのがやっとのお給料で、それでも笑って身近な誰かのために、怒る事なく、罪を犯して泣かせたり迷惑をかけたりしないために、打たれるがままに生きている。



 そうすると、だんだん分かってくるのだ。

 会った瞬間、声を聞いた瞬間、近寄ってこられた瞬間に、あまり関わらないほうがいい相手が。


 それは単にイライラしているだけかもしれないし、精神的に限界がきていて誰かに当たり散らす寸前で耐えているだけかもしれない。だが本当におかしい人間というものが中にはいる。

 それを隠す能力のある本当の犯罪者までは見抜けなくとも、ある程度までは本能で危険を察知できる。


 大勢の人間との接触を(いや)(おう)でもせざるを得ない。

 そんなわたし達だからこそ、分かるのだ。


 彼は、バルトさん達は大丈夫だ、と。



 そんな彼に頭を下げさせてしまった。



 苦いものを感じながらわたし達はバルトさんの前に並んだ。












 


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