閑話「東の国」
イース王国南部の端
小さな小屋の中。
ロウソクの明かりと月の明かりが照らす一角。
木箱に向かい手紙を綴る少女が一人。
『拝啓、主様。
如何お過ごしでしょうか?
私は無事、国境を越えました。
今は『レジスタンス』と名乗る人達と行動しています、リーダーは主様のお師匠のご友人だそうです。
私はリーダーのエネス・ラファス・ゲベラさんに勉強を教えてもらっています。
皆、ゲベラさんの口癖から、チェ・ゲベラと呼んでいます。
お師匠様は相変わらずです、近隣の少女を追い掛けては止められています、男が多いレジスタンスではたまに発狂しそうになっています。
ゴットンも相変わらず筋肉が暑苦しいです、今の集団を見たらただの山賊にしか見えないでしょう。
最近、あのアルフォンスと連絡が取れました、父との衝突でこの辺り一帯の領地を与えられたそうです、レジスタンスの存在は秘匿されています。
また、お会い出来るのを待ってます。
ニャルより』
書き終えた文を何度も何度も見返し、ニャルはその羊皮紙を丸めて竹の筒に入れ、八咫烏にくくり付けた。
(行って)
開けた窓から夜空に向かい飛び立った八咫烏をダークエルフの少女はずっと見送っていた。
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イース王国フィリス村
最近、ジュリーさんが暗い。
この間、雑務のヘンリーさんと結婚したばかりなのに。
私はジュリーさんに『ミーシャは何処に行ったの?』と聞いた、最初は『お師匠様の所です』と答えてくれたのに、最初は何も言ってくれない悲しそうな顔をするだけだ。
キースは旦那様との修行が忙しいみたい、私もミーシャに言われたみたいに魔法の特訓をしている。
先日、キノコのお爺さん、確かガーデルマンさんから手紙が届いた。
内容は私を魔法科にキースを騎士科に推薦するとの内容だった、学費は旦那様とも相談済みだったみたいだ。
キースは、「学校に行けばミーシャに会えるかも! ゲンコツの一つでも落とさないと気が済まないよ!」と言っていた。
多分、ゲンコツを落とせば回し蹴りが帰って来るだろうけれど。
どちらにせよ入学までまだ一年以上も期間がある。
私もミーシャに会ったら、頭から氷水くらい掛けたいし。
今は入学の為の勉強を頑張ろう。
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イース王国???
何度見た光景だろうか。
王都が焼かれ、人が死に、異形が溢れる光景。
東の果てから際限なく湧き出す魔物達。
私は城の壁に背を預けただただ景色を眺める。
一刻も早く逃げなければ。
しかし、私の身体は動かない。
すると一体の魔物が私の前に躍り出た。
視点が会わない、魔物だとはわかるがギラギラと光る目しか認識できない。
魔物は私目掛けて飛びかかる。
私の身体は動かない。
私は死を覚悟した。
しかし、魔物は目の前で静止していた。
魔物は徐々に左側と右側に身体が割れる。
その魔物の向こうには、燃え盛る王都を背にした、黒髪と黒目の少女が立っていた。
その少女は手にした片刃の剣を振り上げ、そして……。
「……うわぁっ!?」
私はベッドから飛び起きた。
ここ最近ずっと同じ夢を見る。
寝汗で気持ち悪い身体を動かしてベッド脇の水差しからコップに水を注ぎ、一気に飲み干した。
なぜ、あんな夢を見る。
あれは終わった事だ、八年も前に。
確かに苦渋の決断だった、妻は最初は何も産んだ子に謝っていた。
「お父様、どうなさいました?」
可愛らしい声が聞こえてくる。
私と同じ銀の瞳に妻の金の髪、我が愛しい娘。
今日はさみしいと言い出したので一緒に寝ていたのだった、起こしてしまったようだ。
「……なんでもない。ほら、寝なさい」
私は頭を撫でてやろうと腕を伸ばした。
「……」
しかし、伸ばした腕は止まり、娘は不思議そうにしている。
一瞬、あの夢の少女が脳裏をよぎった。
私は何とか腕を動かして頭を撫でて娘を寝かせる。
私の中で、まだ心残りが有るのだろう。
彼女は私を許してはくれないだろうが。




