九十三話「会議は踊る」
ここで一つ、ちょくちょく出てくる『特別訓練』について説明しておこう。
正確には『超ド短期指揮官教官育成特別訓練 〜地獄の一ヶ月 ポックリもあるよ♡〜 編』である。命名に悪意が感じられるが気にしてはいけない。
発案者のミーシャ曰く。
「祖父から受けた訓練に、米海兵隊の新兵訓練を加え、グリーン・ベレーとコマンドーテイストを添えて、ちょっとマイルドにした感じ」との事。
ちなみに、祖父から受けた訓練は十倍どころか百倍は厳しかったらしい。
して発案、実行された訓練の参加者は実に五十名。
詳しい訓練内容は過激極まる為に、説明出来ないのは惜しいが、割愛させていただく。
して、五十名居た志願者は着々と脱落して行き、一ヶ月後。
脱落:三十四名
再起不能:十一名
合格:五名
以上の結果となった。
再起不能の者は心的外傷後ストレス障害、いわゆるPTSDに陥り治療が必要になった。
うち一名は重度PTSDの為に復帰は不可能と判断、除隊となった。
しかし、五名の合格者も大幅な性格の壊変が起こる。
その五名とは。
『気狂いバード』ことリー・R・バードマン軍曹。
『波乗りビリー』ことビリー・キルゴス中佐。
『激怒のランボーン』ことジェームズ・ランボーン中尉。
『沈黙のランバック』ことケイシーン・ランバック上等兵曹。
そして、『死神サニー』ことサニー・ユンカース中尉である。
して、そのサニー中尉はと言うと。
「おぉい! 俺ァ、一般市民の重傷者を運んでやるって言ったはずだ! 何で”敵さんの大将”が居るんだ!?」
ペイブロウから叫んでいるキルゴス中佐の後ろには、重傷のサンジェンス伯爵、その人が横たわっていた。
「とにかく急患だ! 行ってくれ!」
「どうなっても知らんぞ!?」
サニーはキルゴスを急がせた。
時間は少し戻る。
一般市民が立て籠もっていた建物、冒険者ギルド本部に辿り着いた小隊は迫り来る反乱軍を振り切れないと判断、モロッシアのトラップと機関銃で防衛線を構築、怪我人輸送のペイブロウに重火器を積んで来るように要請したりと迫り来る軍勢に徹底抗戦の構えを見せていた。
しかし、サニー達の前に現れたのは”白旗を挙げて”迫り来る軍勢だった。
「た、助けてくれぇ〜! オラ達の貴族様が死んじまうだぁ!」
「「「「「……は?」」」」」
かなりキツイ訛りの兵士が白旗を振りながら近づいて来る。
その後ろには見窄らしい装備の兵士達、数人に担ぎ上げられた金色の鎧。
「……どうします?」
「どうもこうも無いだろう。閣下の言葉を忘れたか? 『下り首は恥』だぞ? それと被害は最小限に、だ」
バードマンの言葉にサニーも困惑しつつではあったが指示を出す。
「受け入れよう。ただし、武装解除させてからだ。ガストン伍長は立て籠もっていた冒険者達と右へ、ジョン上等兵はドイチェ達と左へ。残りは私と正面だ、私が声をかける」
「了解(イエス、サー)」
自分の指示を受け速やかに行動を開始する部下を横目にサニーはガラクタを積み上げて作った遮蔽物から身を乗り出す。
「止まれっ!! それ以上近づけば攻撃する! 先頭のお前! 旗を下ろし、剣を横に投げ捨て、両手を頭の後ろで組んでうつ伏せになれ、ゆっくりだ。他の者は怪我人を下ろしてそのままゆっくりと十歩下がれ! 両手は頭の後ろで組んでだ!」
「わ、わかっただ」
サニーの言葉に先頭の訛り兵士はゆっくりと白旗を下ろし、腰に差した剣を投げ捨て、うつ伏せになる。
後ろの数人もサンジェンスをその場に下ろし、ゆっくりと後ずさる。
「……よぉし。私と、医療のできる兵士がそちらに向かう! 不審な動きはするなよ。動けば、そのうつ伏せ
の男と金色の鎧の男を射殺する!」
サニーの言葉に兵士たちはざわめく。
しかし、サニーは構わず歩みを進め、衛生兵のリーフがサンジェンスに駆け寄る。
「どうだ?」
「……初歩的な回復魔法は掛けられている。しかし、危険な状態」
「わかった。ラッピー上等! サンライズに緊急でオペを打電しろ!」
「了解! それと、そろそろヘリが到着します!」
「この御仁は相当運がいいらしい。ジョン上等! 発煙筒だ!」
「アイサー!」
こうして、場面は冒頭に戻り、反乱軍の陸と海の元凶は拘束された。
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28時間後
ナナル王国王都城内会議室
石造りの部屋に金色の淵の赤絨毯が敷かれ、丸型のテーブルが置かれている部屋。
上座に当たる席は豪華に飾られたこれまた赤と金の大きなイス、言わずもがな国王のイスだ。
そして、テーブルを囲むあわせて十のイス、半分の席が空席だ。
そこでは高級貴族達が議論を交わしていた。
「リビングの死罪は確実だ、余罪も大量に出ている」
「ならば、誰が、かの領地を統括する? もはや国内に相応しい人物は残っておらん」
「サンジェンス領とミギー領もだ、領地取り上げは避けられん」
「しかし、サンジェンスの処刑は領民からの反発がある。ヤツは統治はしっかりしておった。今回はミギーとリビングに担がれた形だ」
「そのミギーの身柄拘束は出来たのか?」
「手配はしたが……手遅れだろう。もはや国外だ」
集まった貴族達は今回の処理に追われていた。
主力艦隊の壊滅で出陣した貴族が軒並み戦死した為の人員不足。
ガゼル帝国側のスパイである、ミギー元伯爵の取り逃がし。
自領民から圧倒的支持を受けるサンジェンス伯爵の処分。
リビングの抱え込んだ私設艦隊と私財の押収。
「それに、もっとも重要な問題もある」
一人の貴族が声を挙げた時だった。
会議室の扉が開き、一人の女性が入って来る。
ナターシャだった。
ナターシャは上座の”国王の席”に腰を下ろす、その表情は暗く、目は泣き腫らした事が伺えた。
それを見た貴族達は起立しナターシャを迎え入れ、ナターシャが腰を下ろすと着席した。
「……ナターシャ様、国王陛下につきましては非情に残念に……」
「今は故人を悔やんでいる余裕はありません、報告を……」
ナターシャの涙の訳。
ナナル王国国王の死去であった。
反乱軍が王都に迫る二日前、病に蝕まれていた国王はついに息を引き取った。
ナターシャに言葉を遮られた貴族は特に気にする様子も無く報告を開始する。
「では、まずリビング元伯爵ですが死罪は免れません。サンジェンス元伯爵ですが死罪にすれば領民が反発、反乱に発展し治安部隊を送らねばならなくなる可能性が非常に高い。ミギー元伯爵は逃亡、国内には既に居ない様です。それと、家老のゴンザエモン殿がジャンヌ様を斬りつけたと兵が目撃しています、反逆罪に問われる可能性があります」
「……そう、ですか……」
「ナターシャ様、その、大和とかいう異形の集団は?」
「あちらからは友好的な関係をと、条約の締結を望んでいます。こちらに、その書類が、私も中を確認していませんが……」
「……もし、受け入れられない内容なら?」
「私たちに抗う術はないでしょう」
ナターシャの言葉に全員が息を飲んだ。
「し、しかし、話によれば、代わりにあの灰色の船を我が国に……」
「あれは風では動かんと聞く、『セキユ』なる燃える水が必要だ。それも奴らから手に入れねば。それに、大筒も実弾を撃ち出すではないか、弾も奴ら頼みだ」
「我々で調べ尽くして造ればいい」
「あれは我々の基礎とはまた違った基礎で造られている、アーティファクトを創る方が簡単な程に高度な知識と技術だ」
貴族達の議論を尻目に、ナターシャは封筒を取り出し机に置いた。
貴族達もそれに気が付き、議論をやめる。
紙で出来た茶封筒から真っ白な上質の紙が取り出される、それだけで羊皮紙が主な記録媒体である彼らには衝撃だった。
「……まず、一枚目……こちらに対する要求ですね」
『一つ、ナナル王国は大和帝国の建国を支援する。
一つ、ナナル王国は大和帝国に対しガダナガナル諸島を贈与する。
一つ、我が帝国軍のナナル王国国内の進軍を許可する、その場合は正式に行軍許可を打診する』
「思ったより少ないな」
「バカを言うな! 国土の譲渡や他国軍の移動など言語道断ではないか!」
「しかも、建国支援と言ってもどこまでが支援なのか……」
「しかし、ガダナガナル諸島など何の価値もない土地だ。あそこは最近発見された島だし、定期的な台風の通り道だぞ?」
「静かに……次は、彼方からの提供内容ですね」
『一つ、ナナル王国の内的外的敵を撃退する為に大和帝国はその武力をもってナナル王国の安全を保証する。
一つ、ナナル王国に対して、暁型駆逐艦『響』、陽炎型駆逐艦『雪風』、九七式中戦車十台を貸与する、なお貸与期間は指定しない。貸与した兵器の燃料、弾薬は無償提供する。
一つ、ナナル王国国内の大陸鉄道の建設を大和帝国主導で行う』
貴族達はざわめいた、二隻の軍艦と十台の戦車。兵器自体は貸与とはいえ、燃料、弾薬は無償提供。破格の条件。
ただし、大陸鉄道については誰も気にしていなかった。
『テツドウ』の意味がわからなかったのだから……。
とりあえず新大陸訪問編は終了です。
閑話を挟んだら、学園編に突入!




