第九十話「彼らの理想と救出と」
「全員装備の確認は良いな?」
サニー以下、小隊員、冒険者の集まりは脇道に集まっていた。
「よし! 『撤退』!」
「「「『クソ食らえ!!』」」」
小隊員達は周囲を警戒しながら脇道を進む。
「……なんだ今の?」
ドイチェ達冒険者6人もそれに続く。
ギルドランク上級の、間違いなく手練れの彼らも、柄にもなくおっかなびっくりといった様子だった。
「気合い入れる掛け声さ」
するとドイチェの呟きを聞いていたらしい一人の兵士が声をかけてきた。
その兵士はカーキ色の軍服(冒険者から見れば奇妙な格好に見えるだろう)と頭には丸い鉄ヘルメット(これも冒険者達には鍋を被っているように見えた)、顔は布が巻かれ鼻から下が見えない。
「たしか『撤退クソ食らえ』か?」
「あぁ、とある国の戦士の言葉らしい。そいつは援軍として戦場に着いた時に撤退を指示されてこう言ったんだ。『撤退だって? クソ食らえだ! 今来たばかりじゃないか!』ってね」
「そいつは……あ~、勇敢だな。ところで、その、彼は……大丈夫なのか?」
ドイチェはさっき裏拳をもらった兵士を指してそう言った。
「あぁ、ジョン・ペシ上等兵か? 大丈夫だよ、みんなあの程度のシゴきには慣れてる。アイツ、今日は荒れてるからな」
「何かあったのか?」
「半年前の撤退戦で兄貴を亡くしてる。その時の隊長があのサニー中尉でな。彼女以外は全員死んだよ、だから『死神サニー』なんて呼ばれてる」
「『気狂いバード』ってのは?」
「バードマン軍曹の事か? アレは『特別訓練』から帰って来てから性格が変わったんだ、訓練に出る前はおどおどしてて俺の後ろで震えてる様なヤツだったんだが……」
兵士は少し懐かしむ様に間を置いた後、思い出した後話を続ける。
「おっと、紹介がまだだったな。ポーキー・オーク伍長だ。人に分かりやすく言うとオークってヤツだ」
ポーキーが顔を晒すとそこには豚鼻の男の顔があった。
「っ!?」
それを見たドイチェは咄嗟に身構える。
「まぁ、待て。野良の奴らとは違う、取って食ったりしねぇよ。アレを見ろ、あの四角い箱背負ってるヤツだ」
ポーキーは少し先を、警戒しながら進む兵士を指す。
ノースリーブの軍服からは鳥の羽のような腕が出ている。
「通信兵のラッピー上等兵。わかると思うが、ハーピーだ。彼女の前で野良ハーピーを侮辱するのはやめとけ、頭をもがれるぞ?」
次に身長二メートルを超える大男を指差すポーキー。
「あっちはガストン伍長。オーガだ。ガストン伍長は野良オーガを嫌ってる、野蛮だってね。俺も野良オークは嫌いさ」
次に後ろをついて来る兵士を指差す、ヘルメットにツタが絡まっている。
「衛生兵のリーフ伍長。彼女はアルラウネ。応急処置担当だ、足がトロいから気を付けてやってくれ」
最後に最後尾の兵士を指差す。
「んで最後尾のあいつがジョン上等兵。種族は魔人族ってとこか……サニー中尉も魔人族だ」
ポーキーはドイチェの方を向き直した。
「魔族(俺たち)にも理想がある、総統閣下の理想の通過点でしか無いが、理想がある。だから閣下に従うし、人間だって助ける。それに……」
そこで言葉を区切り。
「帝国軍は誰一人として見捨てないからな!」
オークとは思えない清々しい笑みを浮かべた。
「おい! 今あっちに何か落ちたぞ!」
冒険者のワイが声をあげる。
すると先頭のサニーは片手を上げて『止まれ』の指示を出した。
「この脇道から何か見えたのか?」
一行がいる場所は入り組んだ脇道だ、建物が邪魔で空はよく見えない。
「こいつは奇術使いでね。正しくは”気”術らしい。索敵ならピカイチさ。ワイ、詳しくわかるか?」
ドイチェはそう説明し、ワイに分析させる。
「待ってくれ、これは……人だ……二人か? 生命の気を感じる……まだ生きてるが、一人は気が弱まってる……っ! 十人くらいの気が向かってる! ここから右手に行った先の建物だ!」
「中尉、ルートを外れます」
分析を聞いてバードマンが声を掛けた。
全員の視線がサニーに集まる。
「……わかった、ルートを変更する! ポーキー伍長、ガストン伍長、私と来い! 正面から入る! バードマン軍曹、ジョン上等兵、ワイの索敵を使って敵を無力化しつつ建物の裏に回れ、ルート確保だ!」
「中尉……」
「我々は大和陸軍だぞ? 我々は、私は誰も見捨てない! ……もう二度と!!」
******
「……くぅっ!!」
背中からの激痛に叩き起こされた、ナターシャはゆっくりと起きあがり、周囲を確認する。
見ればシーツの山に突っ込んだようだった。
落下の衝撃を和らげようと、落下地点の建物の屋根を魔法で吹き飛ばしたのだ、ちょうどその場所はリネン室だったらしい。
運良く宿か何かのリネン室に突っ込んだマジックソプターは一つ下の階まで貫通し突き刺さっていた。
「じ、ジャンヌ……」
いくらリネン室のシーツや布団の山に突っ込んだといっても、かなりの高さから落ちたのだ、衝撃は相当なものだったようで身体中が痛い。
しかし、ナターシャは妹の姿を探し崩れた布団の山から這い出した。
「ジャンヌ!」
下の階を確認すると、ジャンヌは見つかった。
左脚が瓦礫に挟まれていた。
布団と一緒に落ちたおかげで生きているようだが早く引っ張り出さないと危険だ。
ナターシャはふらつく体に鞭打って立ち上がり、シーツを結んで縄にして下の階に降りた。
「ジャンヌ! しっかり!」
近づくと急いで回復魔法をかける。
しかし、顔色が若干良くなった程度で目を覚ます気配も、それ以上回復する兆しもなかった。
ガシャンっ!
「っ!?」
ナターシャが瓦礫をどかそうと手を掛けた時だった。
何かが壊れる音、続いて次々にドアが壊れる音や重たい物が倒れる音が響いた。
何人かの人間が踏み込んで来る足音も聞こえる。
ナターシャは急いでジャンヌを引きずり出すと物陰に押し込んで息を殺す。
「くそっ! クソッ! くそったれぇっ!!」
ナターシャが物陰に隠れたちょうどそのタイミングでドアが蹴破られ、悪態をつきながら誰かが入って来た。
「落ち着け」
「これが落ち着いていられるかっ!? たった一匹の怪鳥と一発の攻撃で味方はパニクって散り散りバラバラだ! しかも! 怪鳥の次は訳のわからない化け物共の軍隊と来た! 勝ち馬に乗った筈がこの様だぞ!!?」
「……」
「くそっ! 上手く行けば今頃は酒池肉林の祝勝会くらい出来てた! 俺は今頃捕まえた女と”ヨロシク”やってたさ!!」
「……とりあえず今はここに隠れておけ、またヤツらが来るかもしれん。他のヤツが見回りをしてる、俺も行くから頭冷やしてろ」
「……ちっ!」
言うと誰かが出て行った。
部屋に残る気配は一人。
「……くぅっ!」
「誰だっ!!」
「っ!?」
最悪のタイミングだった。
ジャンヌが意識を戻した際に痛みで呻いたのだ。
意識を戻したと言っても、まだしっかりと戻った訳では無い、ただ痛みを感じて声が出てしまっただけ。
ナターシャは慌てて護身用の短剣を構える、屋根を破壊した事で魔力は残っていない。
しかし、ナターシャは気付いていなかった。
女性物の服と髪が、隠れきっていなかった事を。
「……なるほど……出てきなお嬢ちゃん、悪い様にはしねぇよぉ?」
「っ!」
(何故っ!?)
何故、女だとわかるのか?
足音は少しずつ向かってくる。
「出ておいでぇ、いい子だから」
(神様っ!)
ナターシャは短剣を握って震える。
「みぃつけたぁ」
「ひぃっ!」
障害物からヌッと顔を出したのは下品な笑顔を張り付けた反乱兵だった。
「……オイ」
「あぁん?」
反乱兵は背中から掛かった声に振り返る。
しかし、その顔が二度とナターシャを見ることはなかった。
ゴシャッ!!
次の瞬間には首から上が消えていたのだから。




