第八十五話 「王都防衛戦③」
「これは……一体……」
城を囲む城壁、その通路から北広場を眺める少女がひとり呟いた。
白銀の軽装鎧に身を包み、これまた銀の髪を短く切り揃えた少女、歳は十二、三歳くらいだろう。
少女の目線の先にはもうもうと煙を上げる広場があった。
「……お姉様!」
少女が小さくつぶやき、城内に駆け込みかけたその時。
「姫様! ジャンヌ姫様!」
突然掛けられた声に足を止め、振り返った。
そこには異国の鎧、たしか『カッチュウ』という防御を着た小柄な老人が走ってくるのが見えた。
今は兜を被っているが、たしか頭は白髪で真っ白、『マゲ』とかいう奇妙な髪型で大きな鼻に長い髭を生やした顔中傷だらけの老人だ。
「……ゴン爺!」
「ジャンヌ様! こちらは危険でごさいます! 早く城内へ!」
「……私は姉様の所へ向かう! 爺は城を!」
「まさか『アレ』を!? なりません! なりませんぞ!! 危険が過ぎます!! どうかこの老骨の言葉を聞いてくだされ!」
「城から見たのだ! 姉様は帰って来ている!!」
「なりません! えぇい!! 土遁『土壁』!!」
ゴン爺が手を合わせ印を組むとジャンヌの後ろに大きな壁が出現した、ジャンヌが城壁から降りるには壁の向こうかゴン爺の向こうの階段を降りねばならない。
「どうしてもと言われるならば! この爺の屍を踏み越えてゆきなされ!!」
ゴン爺は両手を広げて行く手を阻む。
「ゴン爺! どけ! 命令だ!!」
「その命は聞けませぬ! たとえ、姫様の命でも聞けはしませぬ! 罰を受けるは覚悟の上! しからば、我が道、武士道に従い! この腹、掻っ捌いて見せましょうぞ!!」
「……爺!」
「御無礼を……御免っ!!」
ゴン爺は腰の刀を抜くと逆刃に持ち上段からジャンヌに斬りかかる。
ジャンヌは咄嗟にこれを回避するがかすった鎧がヒビ割れた。
ジャンヌが衝撃で体制を崩した時。
ドオォン!
という、雷のような轟音が幾度となく大気を震わせた。
突然の音に一瞬ゴン爺が体を硬直させる。
ジャンヌはその隙を突いてゴン爺の脇をするりとすり抜けた。
「お待ちなさい……ぐぉ!?」
「……すまんゴン爺」
ジャンヌが印を結ぶ、すると踵を返し追いかけようとしたゴン爺が何かに躓き倒れこんでしまった。
「これは『草結び』!? まさか、儂が教えた忍法で出し抜かれるとは……!!」
そこには城壁の石の亀裂から不自然に生え先を結んだちょうどいい長さの草の輪っかが出来上がっていた、ゴン爺はこれに足を取られてしまったのだ。
ゴン爺が起き上がった時にはジャンヌはもはや追いつけない場所に居た。
「ひ、姫様ぁぁぁ!!」
爺の叫びは届かない……。
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「ガッハッハッハッ! 転移は成功したか! ガッハッハッハッ!」
「あったりまえや!!」
ヴァルヴェルトの呟きにすかさずヴィーナが声を上げる。
転移場所は防衛陣地と対地砲撃でボロボロになった反乱軍陣地の間の空き地だった。
上空偵察で二つ向こうの大きな通りが最前線になっているのはわかっている。
もともとは大きな倉庫があったであろうその空き地には陸軍戦車部隊を初めとした全戦力が綺麗に収まっていた。
「第六、第七小隊展開! 周囲の安全確保!!」
「第一部隊は戦列を整えよ! 第一戦車隊前進! 目標地点アルファに向う! 歩兵は戦車と装甲車を盾にしつつ前進、付近の路地裏や建物に隠れた敵兵を排除しろ!」
「第二部隊! 目標達地点ベータに向う! ナナル兵と接触しティ・トーク殿と後方の陣地に向う! 兵を刺激する行動は控えろ!」
「通信兵! サンライズに状況開始を打電せよ!」
「おら! さっさと並べ! 急げ急げ急げ!!」
「戦車長から各車両へ、主砲による障害物の除去を許可する! いつでも撃てるように装填しておけ!」
「敵は近接格闘を主とする剣士だ! 肉薄される前に的確に排除しろ! 魔術師の遠距離攻撃にも気を配れ!!」
次々に指示が飛び、皆が一斉に動き出す。
しかし、港の反乱軍は艦砲射撃の時点で壊滅状態であり、士気も統率も無い状態であった。
「あ~、ほならウチは帰んで? 龍驤放ったらかしにはできへんし」
「うむ、協力感謝するぞ」
ヴィーナは瓦礫を踏み潰し進軍する戦車隊を一瞬見ると、龍驤へと転移していった。
「……本当になんなんだこいつらは……」
そんな彼らを見てティ・トークがそう呟いた。
「第二部隊準備整いました!」
第二部隊の中隊長がヴァルヴェルトに報告に来た。
「うむ、では行こうか提督」
「あ、ああ」
二人が移動しようとした時。
「失礼します! 第七小隊隊長サニー・ユンカース中尉であります! 路地裏にて不審人物を発見、投降して来たので拘束しました!」
一人の兵士が報告にやって来た。
陸軍には珍しく女性であるその小隊長は、魔族らしく肌は水色っぽく、ヘルメットでわかりにくいが紫色の髪をショートカットにしている。
眼光は鋭く目つきは悪い、左頬に大きな傷跡が一つ走っているが、なかなかの美人であった。
「何者だ?」
「それが、発言が支離滅裂で要領を得ず……分かることは装備が防衛軍、反乱軍共に異なる事から傭兵かそれに類する者かと」
「ふぅむ……良い、連れて来てみよ! ガッハッハッハッ!」
「はっ!」
サニーは踵を返して来た道を戻って行く。
すると直ぐにそれらしい男が両脇を抱えられて連れてこられた。
男は傭兵らしく、使い込まれくたびれた皮系の防具を着込んでいる。
彼はベソをかき、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながらヴァルヴェルトの前に連行……というより運搬されてきた。
「うわぁん! ごめんなさい! ごめんなさい! 俺は食べても美味しくないです! 故郷にはお腹を空かせた兄弟が待ってるんです! 美味しい料理作って上げるから! パァッスタが良い!? ピァッツァも作れるからぁ!? だから食べないでェ~!!」
いかにも弱者アピールする男は、何故こんな所に居るのかというほど頼りない感じだ。
今も、自分は美味しくない、だの、まだ童貞で死にたくない、だの、なんでも喋るから勘弁してください、だのとベラベラベラベラ喋っている。
「あ~……とりあえずお前は反乱軍なのか?」
見かねたティ・トークが声を掛ける。
「ち、違うよぉ! 俺、ヘターリオ・ヴェネチーノ、アクシス傭兵団のコックとトラップ解除担当なんだぁ! 団長のドイチェ・ウォールは普段は強面でおっかないけどいい奴で、ワイ・デルプラは怒りっぽいけどいい奴で、親戚のセボルガ君も居るし、モロッシア・ボーは良く団長をからかって遊んでるし、副団長のシーランド・ミクロネーションは情報通で盗み聴きが特技なんだぁ!!」
次から次へと喋るヘターリオに頭痛を覚えながらも、彼の存在でコンタクトが出来そうだと思うティ・トークだった。




