第八十話「後始末と魔眼とブチ切れミーシャと」
「……甲板で大砲をぶっ放すヤツがあるかあぁっ!!」
その日、サンライズの甲板に雷が落ちた。
甲板にはミーシャの他に賭博をした者が全員正座させられている。
「……銃器を使えばハンデになると思ったんですぅ、派手に暴れたかったんですぅ、あとあんなにクリティカル決まるとは思わなかったんですぅ、ゴニョゴニョ……」
「あぁん!?」
「サー! 何でも無いであります! サー!」
甲板に正座してゴニョゴニョ言っていたミーシャはメアリの威嚇で縮み上がっている。
ちなみにマシリーは医務室に救急搬送された。
『痛い! 痒い! 熱い! 冷たい!?』とか叫んでいたが、ナナル王国に近くにつれて気温が下がり、現在、体感温度は十度を切っている、そこでずぶ濡れは寒いだろう。
「……それで!? 賭けを始めてバカ騒ぎにした馬鹿はどいつだ!?」
「……それならヴィーナ中将……」
参加者達は主催者であるヴィーナを探す。
「あ、あれ? 居ない!?」
「に、逃げやがった……」
しかし、ヴィーナは見つからない。
すると一人の士官が駆け寄ってきた。
「艦長! 龍驤より無線が入っています!」
「……つなげ」
「はっ!」
<こちら、龍驤や。なんや甲板で爆発があったみたいやけど、何事や?>
(((もう龍驤に逃げ帰ってやがる……)))
龍驤からの無線はヴィーナその人であった。
「……ただのバカ騒ぎだ、心配ない。ところで、今回賭け事を取り仕切ってたらしいな?」
<なに言うてんねん、うちずーっと龍驤におってんで? 証拠も無しにやめてーな>
「おい! 賭け札に名前があっただろ!」
「あっ! インクが滲んで名前が潰れてる!? インクに細工したな!?」
<ふははは! 証拠不十分や! ほなな〜>
そして通信は切れた様だった。
(((汚い、さすが猫娘汚い)))
「まぁ、これに懲りて賭け事なんぞ辞めるんだな」
メアリの声に甲板の者たちは一斉に項垂れる。
「……と言うかお前達……」
メアリはそんな彼らをザッと見渡した、そこには機関室勤務だったり、甲板見張り員だったり、普通はこんな所で暇を潰している場合ではない者もちらほら居る。
「とっとと持ち場に戻らんかあぁっ!!」
本日、二回目の雷が落ちた。
******
「あ〜、死ぬかと思った……」
あの後、砲弾で傷付いた甲板の修理や罰として便所掃除を終わらせたミーシャは医務室に来ていた。
目の前にはいつものドレスから体操服に着替えたマシリーがベッドに腰掛け盛大なため息を吐いていた。
「あ〜、その、なんだ……悪かった」
「決闘だからの、むしろ手加減されたほうが傷付いたわ」
「……気付いたか?」
「隠しておった能力を使えば簡単に決着がついたろう。派手に暴れて誤魔化したかったのだろうが、まるわかりであったわ」
マシリーに言われ所在無くミーシャは頭を掻いた。
「まぁ、負けは負け。約束は守るでの」
そう言ってマシリーは瓶を一本取り出した。
インスタントコーヒーの瓶にそっくりのそれには黄色がかった液体が満たされ『何か』が浮かんでいた。
「……なに? これ?」
「眼である」
ミーシャはそれを指差し凝視する。
「……眼って、これ、百歩譲っても『一つ目悪魔のホルマリン漬け』だろ……」
ミーシャが凝視するそれには、真っ赤な瞳が浮かんでいた。
まだ瞳だけならいい、それから触手さえ伸びていなければ良かったのに。
あと、触手がウネウネしてなければ……。
「……どうすんの? これ」
「……えい!」
マシリーは素早く瓶を開け目玉を掴むとミーシャの空の方の目に押し当てた。
「ぎゃああああああああぁぁぁぁぁ!!!!!??」
途端、ミーシャの中に向かい流れ込む触手。
最初は気持ち悪い為に叫んでいたミーシャだが、だんだん様子が変わっていく。
「あああああ”あ”あ”あ”あ”あ”あぁぁぁぁ!!!」
チクリとした痛みが頭に響く、それはだんだんチリチリと痛み、ズキズキになり、左目と脳みそを火で炙られるかのような激痛に変わる。
やがて痛みは人間の許容範囲を越えてミーシャは気絶する、しかし、直ぐに痛みで意識は叩き起こされる。
延々と続く気絶と覚醒。
その度に脳裏に流れ込む、情報。
おそらく、この瞳が見てきたであろう光景が次々に流し込まれる。
それは視覚情報だけでなく、聴覚、嗅覚、そして眼を持つ者の体の感覚。
この瞳が見た何百年か何千年かもわからない膨大な情報が一瞬で体を襲った。
フラッシュバックが圧倒的早さで切り替わる。
やがて痛みはピークを過ぎ、だんだん弱まっていく。
フラッシュバックの様な現象はだんだん速度を落とす。
ミーシャの意識もゆっくりと闇に堕ちて行った。
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「……うわぁっ!?」
長い悪夢から跳ね起きるミーシャ。
身体は汗でビショビショ、肩で息をし、汗だけでは無く別の物で上下ぐちゃぐちゃである。
いつの間にかマシリーが使っていたベッドに寝かされた様だ。
「ミーシャ! 大丈夫か!?」
見ればいつ来たのか、メアリが心配そうにこちらを見ていた、隣にはデコに大きなタンコブを作ったマシリーが座っている、おそらくメアリに頭突きされたのだろう。
「き、気が付いたの、大丈b、くぁwせdrftgyふじこlp!?」
ミーシャはマシリーを視認すると目にも止まらぬ速さでベッドを降りて距離を詰めアッパーカット、身体が浮かんだ所を追い討ちの正拳突き、体がくの字に曲がったところで後頭部を掴んで顔面から叩きつけ、すかさず背中に乗って変形キャメルクラッチ、極楽固めを発動した。
あまりの事にマシリーはよく分からない奇声を発している。
「い、いけない! ミーシャ! それ以上はいけない!!」
メアリが慌てて止めに入るも、現在パワーズ・ロック(八の字固め)に移行している。
「ミーシャ! 落ち着け! ほら! そろそろ折れそうだから!!」
「ぎゃああああぁぁぁぁ!!」
メアリはなんとかミーシャを引き剥がすと、とりあえず体を綺麗にする為に浴場へと引きずって行った。




