第七十九話「全力で!」
「……まったく、何を考えているんだ!!」
サンライズ艦内、早足で艦橋に向かいつつ虚空を睨みつける女性が一人。
サンライズ艦長であり、海軍長官のメアリ・ノックス、その人であった。
「艦長! お疲れ様です!」
「ラビーか、ナターシャも」
「どうも」
通路の反対側から歩いて来たのはナターシャとラビーだった。
ナターシャは他国からの客人扱いなのだが、メアリの口調は砕けている。
「……どこに行くんだ?」
「ちょっと甲板まで」
ちらりと懐中時計を確認する。
時間的にはラジオ体操も終わり人など居ない時間だ。
それにメアリは艦橋に向かう途中に何人も甲板に向かう者とすれ違っていた。
「えぇっと……何でもミーシャちゃ……じゃない、総統閣下が捕虜と決闘するとかで……」
「まだそんな事を言ってるのか……」
聞いて、メアリはこめかみをおさえた。
「……あ、あと、副総統も決闘するとか……」
「誰とだ!?」
ラビーがそう言った途端にメアリの雰囲気が変わった。
彼女の目は、さっさと続きを話せ、と言っている。
「そ、総統閣下と……」
「っ!!」
それを聞くやメアリは踵を返し甲板に向かって走り出した。
ラビーとナターシャは慌てて追いかける。
「ど、どうしたんですか!?」
「どうもこうも……」
メアリは甲板に向かう通路の先を睨みつける。
「あいつらはこの船を沈めるつもりか!!?」
******
メアリが怒鳴った頃、甲板では既に決闘が始まろうとしていた。
「サシでの決闘だ。武器は召喚するが、妖怪なんかは召喚しないからな?」
「無論、それが良かろう。興醒めであるからの」
この条件はマシリーにとってかなり有利な条件と言える。
実際、ミーシャが妖怪を召喚すれば、同じく召喚した武器で完全武装した妖怪一個師団以上が敵に回る。
吸血鬼であるマシリー程の実力であっても際限なく(実際には、魔力の続く限り)湧き出す敵兵を延々と相手しなければならないのは骨が折れる。
マシリーを持って『艦内にミーシャに勝る者無し』と言わしめたのはそこだった、個であり群であるのがミーシャだ。
言葉を返せば、マシリーが警戒しているのはそれだけだった。
この時点でマシリーは時空魔法と無属性魔法(通称:魔砲)の存在を彼女は知らない。
それはミーシャが艦内では魔法を使用していないからである。
「……それでは二人とも、用意は良いか?」
なぜか審判に抜擢されたバートンが二人に問いかけた。
「……いつでも」
「準備は万端である……」
バートンの問いに二人は答える。
「……それでは……始めっ!」
バートンの短い合図にマシリーは大きく素早く身を屈め突撃の準備に入った、一秒どころかそれ以下、まさに刹那の動作だった。
しかし、常に視界に捉えていたミーシャの姿が一瞬ブレる。
刹那、背後の気配に気付き横に飛び退いた。
マシリーの髪をかすめ釈迦斬りに一閃が走った。
あと一瞬でも動作が遅れれば勝負が決まっていたところだ。
「っ!?」
マシリーは飛び退いた後、すぐさま腕を振りかぶって突撃する。
そこにはいつの間にらや後ろに回り込んだミーシャが居る。
吸血鬼の腕力を持って繰り出された剛拳はミーシャに届く事なく、鈍い音を立てて『見えない何か』に激突した。
マシリーが慌てて距離を取ろうと体を捻った時、ミーシャは右手に反りをもった片刃の剣(刀)を持ち、左手には何か鉄の塊を持っていた。
確か『ジュウ』とか言う武器だったはずだ。
金属製の弾を『カヤク』とか言う粉薬に火を付けて打ち出す武器。
ミーシャは陸軍に大量に小銃や戦車を提供し、なおかつ指導も熱心に行っていた。
もちろん、マシリーも訓練には付き合っていたのでその事はよく知っている。
パンッ! という乾いた音と共に吐き出された弾丸をさらに体を捻ってかわす。
吸血鬼であるマシリーなら鉛玉の一撃など大した脅威ではないが(そもそも、ミーシャが持っているのは威力の低い事で知られる二十六年式拳銃なのだが)一撃は一撃である。
「ぬっ!!」
マシリーは大きく飛び退き距離を取った。
しかし、ミーシャも黙って見ては居ない。
彼女はいつの間にやら全長が2メートルを超える何かを抱えていた。
まだ、支給していないのでマシリーは知らないが、ミーシャが抱えているのは九七式自動銃、所謂『対戦車ライフル』であった。
弾薬には小規模だが爆発を起こす九八式曳光榴弾を装填している。
ドォン! という、拳銃とは比べものにならない爆音を立てて発射された榴弾は正確な弾道を持ってマシリーに迫る。
「ぬらぁっ!」
マシリーは拳を点に向かって振り抜いた。
吸血鬼の腕力によって繰り出される剛拳によって衝撃波が発生、迫り来る九八式曳光榴弾は衝撃波の壁にぶつかり爆発する。
マシリーは爆発を突っ切りミーシャに突進した。
ミーシャは慌てて九七式自動銃を手放し迎撃する。
マシリーの一撃を回避したミーシャは相手の腕と服を掴み背負い投げる。
甲板に叩きつけられる直前、なんとかミーシャの腕から抜け出たマシリーは衝撃を殺して甲板を転がった。
ミーシャは立ち上がろうとするマシリーに向かい飛び蹴りを放つ。
しかし、紙一重で体制を立て直した マシリーは逆にミーシャの脚を掴み投げ飛ばす。
ミーシャは空中で回転しながら体制を整えて結界の足場に着地した。
「……なんという……」
「誰も召喚だけが取り柄じゃないんだぜ?」
距離が空き睨み合う両者は軽口を叩き合った。
「……ではそろそろ」
「決着つけようか?」
ミーシャに突進するマシリー、新たに召喚した四一式山砲で迎え撃つミーシャ。
次の瞬間、四一式山砲が火を噴いた。
海原に響きわたる轟音と共に吐き出された砲弾は突進してきたマシリーの手前に着弾、視界が奪われる。
しかし、マシリーは構わず直進した、爆煙の先にある物を知らずに。
マシリーは水中に叩き込まれていた。
正確には、ミーシャが海面から魔法で切り取った海水の塊の中に。
空間魔法の結界が解かれた海水は重力に囚われ下に向かって流れ出す。
つまり、吸血鬼の弱点『流水』と清めの『塩』が混ざり合った物を全身に浴びた。
「あびゃあああぁぁぁぁぁ!!??」
まさに天を割る程の絶叫だったそうな……。




