第七十八話「賭け金」
「なん……だと……?」
展開に驚愕しているのはバートンだった。
七歳児相手に一瞬で敗北し、処罰を覚悟していたバートンは副総統と言う少女のいきなりの宣戦布告にどうしたものかと立ちすくんでいた。
「……なんだよ、いきなり」
これにはミーシャも怪訝な顔でマシリーを眺めた。
「まぁ、いい機会ではないか? 我々とて一枚岩とは言い難い。今だミーシャを認めぬ兵も多いのだ」
確かに、昔のペペルの様にぽっと出のミーシャに不快感や不満を抱えている者はまだ居る。
マシリーが集め、育てた軍隊だ、何も不思議ではない。
「故に、今ここで拳を交え、優劣を決めておかねばならん。双頭の首を持つと首が腐るか、体が裂けるか、ろくなことに成らぬのでな」
ミーシャも同感だ。
まぁ、ペットに双頭どころか八つの首を持つ八岐大蛇が居るのだが……。
ちなみに、オロチは現在、ミーシャの部屋で部屋飼いされている。
何故かオロチは八岐大蛇とグリーンスネークが融合してしまった様で召喚中に魔力を消費することが無くなったうえ、最近は頭と尻尾が一本ずつ増え四首四尾の姿になっている。
「それに、もう取り止めはできんしな?」
マシリーはニヤニヤと一枚の木の板を取り出した。
ミーシャと一緒にバートンも木の板、いや”札”を見つめる。
札には……。
***賭札***
『第一回大和帝国頂上決戦 ミーシャVSマシリー』
この者は『マシリー・ノイルン』勝利に『十貫文』を賭けるものなり。
***実行委員会会長『ヴィーナ・パーム』***
「か、賭札ぁ!?」
ミーシャの叫びが響いた。
決闘を受理したミーシャですら知らない事だった。
「じ、十貫文!?」
そして、金額を見て再度絶叫。
ここ大和で十貫文もあれば数年は遊んで暮らせるレベルの大金だ。
ふと、ミーシャは周りを見渡してみた。
先ほどまでラジオ体操の参加者数人が残っていた甲板には、何処から聞きつけたのかギャラリーがわんさか集まって来ていた。
そして、大半の者が木の板を片手に持っている。
「さぁ、張った張った! 世紀の頂上決戦だよ! 本命はマシリー! ミーシャは大穴だ!」
見れば、いつの間にやら机を準備し、声を張り上げて札を売るヴィーナの姿や。
「基本戦闘力はマシリー圧倒だ。しかし、ミーシャも負けてない。常識を覆すほどの技と、召喚能力を使い翻弄するだろう。しかも、なにやら恐ろしい力を隠しているらしいぞ? さぁ、もっと詳しく聞きたい奴は情報料一文だ!」
なにやら、予想屋まがいのヤツまで現れる始末だ。
「……勝手にしてくれ……」
ミーシャは力無くうなだれる。
そして、ある事に気づき顔をあげた。
「……ちょっと待て。これって勝ってもこっちにメリットが無いぞ?」
その考えももっともだ。
マシリーは勝てば大和帝国の全権を手に入れる、そこにはミーシャの召喚したサンライズ以下の現代兵器も含まれる。
対してミーシャは防衛するだけ。
まぁ、内部争いが下火にはなるだろうが。
マシリーはその事に気づき、顎に手を当てて考える。
「……んー。では、これでどうかな?」
すると、マシリーは片目に人差し指を当てて目を開いた、所謂『あっかんべー』というやつだ。
「片目をやろう」
「……何?」
ミーシャは言葉の意味が解らず眉をひそめる。
まさか、マシリーが目をくり出すわけではあるまい。
「我が魔王城から持ち出した宝物の中にな、あったのだ。先先代の魔王の魔眼が」
ミーシャは少しの間考え込むと、静かに頷いた。
失った片目を取り戻せるなら、しかもそれが魔王の魔眼とあればかなりのメリットだ。
……しかし、どんな魔眼か聞かなかったのは失敗だった。




