第七十四話「死を運ぶ魚」
「潜航したグランドタートルがこちらに向かっています!!」
「……まさか特攻? 回避運動!」
「……っな!? グランドタートルの速力が上がっています! は、速い!!」
「火事場の馬鹿力か……」
ミーシャは海面に見える影を睨んだ。
その影、グランドタートルはサンライズに向かって突っ込んで来る。
回避は困難であった。
「……深度……速度……角度……」
ミーシャがブツブツと呟いているのを聞き取ったナターシャが訝しむ。
「……っ!! ヤバイ! 第三艦橋員退避! 急げ! 総員対衝撃防御!!」
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<第三艦橋員は直ちに退避せよ! 繰り返す! 第三艦橋員は直ちに退避せよ!>
その警報に第三艦橋は蜂の巣を突ついた騒ぎになった。
「室長! 退避です! 早く!」
「私で最後! ハッチ閉めて!」
第三艦橋に繋がるハッチから這い出したラビーは叫ぶ。
「とにかく上に急いで! なんでもいいから上に!!」
ラビー達が駆け出そうとした時、衝撃がサンライズを襲う。
突き上げる様な衝撃にラビー達は通路を転げ回った。
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指揮所にいるミーシャも衝撃で計器に頭をぶつけ床に突っ伏していた。
額には血が伝っている。
「ミーシャちゃん大丈夫ですか!?」
「……いたたた……乙女の柔肌に傷付けやがって……あぁ、大丈夫」
駆け寄ろうとするナターシャを手で制してミーシャはフラつきつつも立ち上がった。
「状況報告! みんな無事か!?」
「指揮所内問題無し!」
「機関室浸水! 浸水量は軽微!」
「プロペラシャフトに損害! 速力低下!」
「艦内各所で小規模火災発生! 消化班出動!」
「……だ、第三艦橋大破! 脱落したもよう……」
報告員が青ざめた顔で言った一言は指揮所を静まらせるのに十分だった。
「……だ、第三……艦橋員は……?」
ミーシャがゆっくりと問いかけた時。
<(ザザザ……)……ぅぐ……こ、こちら……(ザザ……)第三艦……橋、連絡、(ザ……)、通路……第……艦、(ザザザ……)橋……聞こえ……(ザザザ……)か!? こち、ら第三、艦橋連絡、通路、第一艦橋、聞こえるか!?>
ノイズ混じりだった内線は次第にはっきりと聞き取れるようになる。
「……っ!? こちら第一艦橋指揮所! 聞こえるぞ!」
「連絡通路からの内線です!」
<こちら第三艦橋連絡通路! 第三艦橋員は負傷者多数! されど死者はおらず!>
その報に指揮所は安堵のため息で溢れた。
「気を抜くんじゃない! 救助隊を編成しろ!」
またもミーシャの喝が飛ぶ。
「グランドタートルが回頭しました! 再度突入して来ます!」
「迎撃! 魚雷発射管は!?」
「発射装置に魚雷がありません!! 航海中に使用したあと装填してません!」
「予備弾は!?」
「弾薬庫に一発! しかし、輸送手段無し! 弾薬庫から発射管まで150mはあります!!」
「誰でもいい! 魚雷を運ぶ! 手伝え!」
「そんな! 約3トンの塊ですよ!?」
「……聞こえるぞ? 我輩を呼ぶ声が! 筋肉を叫ぶ声が! ガッハッハッハッハッ!!!」
その時、指揮所の扉を狭そうにくぐり、入ってくる巨体がひとつ。
『筋骨のヴァルヴェルト』である。
「ヴァルヴェルト!? ……てか、艦内に入れたんだな……」
「通路が狭いのが気に食わぬのでな、普段は甲板におるが一大事とあれば、このヴァルヴェルト好き嫌いは言わぬわ! ガッハッハッハッハッ!」
機材と人で狭い指揮所が更に狭くなる。
しかも、ヴァルヴェルトの入室で室温が2度くらい、何故か湿度が5%くらい上がった錯覚に陥った。
「指揮官が指揮所を離れる訳にもいくまい! 我輩に任せてどーんと構えているが良いぞ!」
そう言い残しヴァルヴェルトは部屋を出て行った。
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「くそっ! サンライズが!」
ペペルの駆る九六式戦闘機は上空の警戒をしつつサンライズを確認した。
グリフォン戦を想定していた為に九六式戦闘機には7.7mm機銃しか搭載していない。
今、ペペルにはグランドタートルを攻撃する術が無かった。
「!?」
その時、ペペル機の上を何が飛んだ。
グリフォンかとペペルは警戒する。
「……フロート持ち? 零式水偵じゃないみたいだが……」
ペペルの目に入って来たのは一機の航空機だった。
その機はゆっくりと高度を落とし、ペペル機と並ぶ、そのコックピットには……。
「……トムズ!?」
ペペルの親友であり、航空機隊のトムズ・ワーカスであった。
彼も人事異動で配属が伊勢に変わり、階級は大尉になっている。
<こちら伊勢所属、水上戦闘機”晴嵐”! ……ペペル! 一人でいい格好しようたってそうはいかないぞ! あのデカ物は任せろ!>
無線機から聞こえた親友の声にペペルは安堵した。
ペペルは伊勢の飛行甲板を確認する。
出現準備中の彗星5機、瑞雲10機はほとんど発艦に失敗、パイロット達は波間を漂っていた。
それもそのはず、昨日今日パイロットに抜擢された挙句、陸軍から空軍に転属して一時間足らずで出撃なのだ、彼らは発艦前に少しだけ発着艦と操縦法を口頭で教えられただけであった。
空軍司令のヴィーナから言わせれば、『どうせ、訓練で落ちるんやから、実戦で気合い入れて飛ばんかい!』であるが……。
ペペルの他、航海中に訓練をしたメンバーは龍驤で発艦中に海に落とされたか伊勢の墜落多発事故に巻き込まれたか。
今、飛行している訓練済みパイロットはペペルとトムズだけである。
「……お! 発艦に成功した奴がいるのか!?」
<俺の後に上がった奴らだ。機体は晴嵐で魚雷も抱えてる。あいつら見所あるぜ?>
見るとトムズ機に続く様に、少し危なっかしいが、二機の晴嵐が飛んでいた。
航空戦艦『伊勢』には、『瑞雲』と『彗星』の二機種が配備されているが、技術部に渡す為に晴嵐を初めとした多様な機体が積まれている。
大日本帝国が開発した初のジェット機『ジェット戦闘機”橘花”』『特殊戦闘兵器”桜花”』各一機。
訓練機として、『戦闘機”紫電二一型(改)”』『四式戦闘機”疾風”』『水上戦闘機”強風”』各三機。
そして『水上攻撃機”晴嵐”』が五機、ちなみに残りの二機は発艦に失敗して海の底である。
他にも試験配属の予定はあり、『二式飛行艇(晴空も含む)』『十八試陸上攻撃機”連山”』などが予定書に書かれていた。
陸上に飛行場が完成すればもっと増えるだろう。
<よぉし! てめぇら! ついて来い!>
<了解!!>
トムズ以下三機は魚雷の投下体制に入った。
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一方、サンライズでは。
「ぬおおおぉぉぉぉうぅ!!!」
全力で駆ける筋肉が居た。
ヴァルヴェルトである。
その猛る筋肉は約3トンの魚雷を脇腹に抱え走る。
弾薬庫から水上魚雷発射管まで直線距離で150mを咆哮と汗を撒き散らしながら走っていた。
「閣下! 此方です!」
兵員が発射管の装填口を開いて待っていた。
「ぬらぁっ!!」
ヴァルヴェルトは勢い良く魚雷を発射管にねじ込んだ。
このヴァルヴェルトの疾走は、後に魚雷発射管に見たてたゴールに魚雷に見たてたボールを叩き込むスポーツ『ヴァルフト(ヴァルヴェルトフットボール)』としてヒットし、ヴァルヴェルトは始祖として『全大和ヴァルフト協会名誉会長』に就任するのだが、それは別の話。
無論、発射管に魚雷をねじ込んだヴァルヴェルトはミーシャに「起爆したらどうすんだ!」としこたま怒られるのだが。
「装填完了! 圧搾空気充填! 照準!」
『晴嵐隊! 投下コース良し!』
「発射!!」
『投下!!』
こうして、サンライズから一発、晴嵐から三発の計四発の魚雷がセンタープライズに向けて放たれた。
雷跡は真っ直ぐにセンタープライズに向かい爆発。
”二本の水柱”が上がりセンタープライズは弾け飛んだ。
巨大な亀は大海に沈んでいく。
あとの二本は何処か?
晴嵐の新人が放った二本は目標を外れ直進、たまたま射線上で暴れていたグランドタートル級二番艦ガスプに命中、止めを刺していた。
この時点で海上に生き残ったガゼル帝国艦艇はガスプから逃げ回っていた五隻のみであった。
しかし、魚雷が発射される前、センタープライズが回頭した時に”それ”は起きていた。




