第七十二話「窮鼠猫を噛む」
「うぉわっ!?」
船体に響いた衝撃にミーシャはよろけた。
ナターシャはそっとミーシャを支える。
「大丈夫ですか?」
「あぁ、ありがとう」
ミーシャは慌てて体制を直した。
「攻撃を受けたぞ! 大丈夫なのか!?」
「戦艦がそう簡単に沈むか!!」
被弾に狼狽えるティ・トークを一喝してミーシャは指示を飛ばした。
「被害報告!」
「右舷甲板上に被弾! 損害軽微なれど詳細不明!」
「龍驤よりペペル機、一機のみ発艦を確認! 敵残存機に向かって行きます!」
「あの龍驤から発艦したのか!? ……ペペル、思ったより”出来る子”だったか……残りは!?」
「発艦に手間取っています!」
「敵艦隊近付きつつあり! 先頭のグランドタートル三頭を視認! 一頭の背中にグリフォンらしき物が見えます!」
ミーシャは双眼鏡で一頭のグランドタートルを確認する。
「甲羅を改造して空母にしてるのか……アレをどうにかしないと第二次攻撃隊が飛んでくるぞ!」
「扶桑、伊勢の主砲が旋回中!」
「メアリ、やるつもりだな……弾幕絶やすな! 扶桑と伊勢に敵を向かわせるなよ!」
「ペペル機、敵と交戦を開始します!」
「対空銃座に『間違っても味方に当てるな』と伝えろ!」
こうして異世界の空で『戦闘機対グリフォン』のドッグファイトが始まった。
******
「た、隊長! と、鳥の化け物が!」
「なんだコイツ! は、早い!」
残ったグリフォン隊はいきなり飛び込んできた九六式戦闘機に驚き、かき乱されていた。
この時、ペペルの駆る九六式戦闘機一機対バートン以下グリフォン隊二十騎の戦力差であった。
しかし、圧倒的な速度差とグリフォンに比べかなり大きな機体、飛行時の爆音、ジョーンズ隊の全滅もありグリフォン隊の士気はかなり低下していた。
「う、後ろに食い付かれた! た、助けてくれーっ!!」
「すぐに援護する!」
バートンは急ぎ向かうが、虚しくも機銃掃射に見舞われたグリフォンはバラバラになって落ちて行く。
「この鳥の化け物!」
「馬鹿! 下から狙われてるぞ!」
ペペルに気を取られた者はサンライズの対空砲の餌食になる。
あまりに一方的であり、もはや戦闘とは呼べなかった。
「あの薄っぺらいヤツ!」
バートンは発艦準備中の龍驤を見つけた。
一機でも恐ろしい鳥の化け物があと三機飛び立とうとしているのだ。
この時点で既にグリフォン隊は十騎を切っていた。
戦力五割の損失は部隊の壊滅を意味する。
「隊長! このままでは!」
「デビッド! お前は残りの騎と撤退しろ!」
「!? 隊長は!」
「愛馬がやられた、ロビンソンまで持ちそうに無い」
バートンの乗るグリフォンは流れ弾によって出血していた、その量は少なくない。
「わしも帝国の騎士! せめて一矢報いてくれようぞ!」
「私もお供します!」
「馬鹿者! コイツの情報を持ち帰るのが、貴様の使命だ! ……頼んだぞ!」
「……了解!」
そう言うとデビッドは離れ、魔法の光弾を打ち上げた、光弾の意味は『撤退せよ』である。
それを確認したバートンは海面すれすれを飛行し一直線に龍驤を目指した。
「……今までに経験した事のないこの飛行! しかし、わしはやらねばならん!」
バートンは全魔力を愛騎に注ぎ龍驤を目指す。
魔法爆弾を抱えて体当たりをするつもりだった。
海面では対空砲や機銃が着弾し水柱が上がる。
龍驤まで後わずか、バートンは死を覚悟した。
しかし、愛騎のグリフォンはバートンの死を良しとしないかの様に身をよじりバートンを振り落とす。
「な!? 貴様何を!!」
バートンも必死に食らいつくが、努力は実らず海面に落とされてしまった、グリフォンは最後に咆哮をあげると爆弾を抱え龍驤に突っ込んでいく。
瞬間、龍驤は爆炎に包まれた。
船体は衝撃で大きく傾く。
魔法爆弾は魔物を加工して作られる物で、火気では引火しないが一定以上の魔力を感知して起動し数秒後に爆発する。
そして、魔力を込めただけ威力が上がるのだ。
この大爆発はグリフォンが最後の力で全魔力を爆発に注いだためだった。
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「龍驤被弾! 中破、炎上中! 左舷に大きく傾斜しています!」
「しまった!」
ミーシャは炎上中の龍驤を見て唸り、空母に改造されたグランドタートルを睨みつける。
「発艦待ちの機が衝撃で海に落ちました! パイロットは無事です!」
さすが魔族、相変わらずのタフさである。
「衝撃で技術部の兵器が落ちました!」
見ると甲板上で数人に取り押さえられている女性が見えた。
「あたしの息子たちがああぁぁぁ!!」
技術大尉のオリヴィア・マイであった。
「……アレは無視でいい」
「……イエス、サー」
「三番砲塔修理完了!」
「一番砲塔揚弾装置修理完了!」
「扶桑、伊勢、発射体制に入ります!」
「敵艦隊更に接近! 敵魔法攻撃の射程圏内まであと十分!」
次々に入る反撃準備の報にミーシャは指示を飛ばす。
「主砲徹甲弾装填! 全砲門、二一○(フタヒャクヒトマル)に照準、2-1-0だ! 取り舵!」
「取り舵、了解!」
この取り舵でサンライズは敵艦隊に向けて側面を見せる事になり、扶桑、伊勢も敵艦隊を側面で迎え撃つので丁字戦法を取る形となった。
これで大和帝国艦隊は全火力をガゼル帝国艦隊に浴びせる事が出来る。
「目にもの見せてやる、R&Rだ、かますぜ!」
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戦艦『扶桑』指揮所。
「メアリ中将! サンライズが砲撃準備に入りました!」
「ミーシャならあの馬鹿でかい亀を狙うだろうな、……砲撃までは!?」
「あと三十秒!」
その報告にメアリはグランドタートルを見据えニヤリと笑った。
「痛いのをぶっ喰らわせてやれ!」
「照準完了! Mother……」
「撃てぇ!!!(Fire!!!)」
そして、サンライズの45口径51cm(20インチ)連装砲三基六門、扶桑の四一式45口径35.6cm(14インチ)連装砲六基十二門、伊勢の四一式45口径35.6cm(14インチ)連装砲四基八門、計二十六門もの砲撃がガゼル帝国艦隊に降り注ぐ事になった。




