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第六十八話「鮮血のサンライズ」

「……だりぃ……」


ナナル王国の海軍提督との会談の翌日。

高級将校の個室で目を覚ましたミーシャは鋼鉄製の天井を睨みつけた。

戦列艦『グリム』を牽引しながらナナル王国王都に向かうサンライズ。

たしか、昨日は救助活動やらグリムの牽引作業やらで特使の歓迎も行えず就寝したんだったな。


「いつもよりだいぶ早いぞ……」


だるい、体が重い、頭がぼーっとする、おいおい、この忙しい時に風邪かよ。

俺は重い体に活を入れ、上半身を起こした。

すると俺は下半身の異常に気付く。

なんかベタベタするし湿っぽい。


「勘弁してくれよ……中身はもうすぐ三十路だぞ……」


もしかして、やっちゃったか?

そう思いつつ、俺は布団をめくった。


「…………な、なんじゃこりゃーーーーっ!!!」


その絶叫は広い艦内に響き渡ったという。



******




ナナル王国第一王女、ナターシャ・ナナルは割り当てられた個室で目を覚ました。

ティ・トークの部下として乗艦したナターシャは位で言うなら下級士官がいいところ。

しかし、個室が用意されたのには驚いた。


始めて乗る異国の軍艦は落ちつかない。

寝起きの頭でそんな事を考えていると、鉄製の扉がノックされた。


「……おはようございます。朝食が出来ました。おきてますか?」


ナターシャは素早く着替え、髪を整える。

今のナターシャはただの秘書。

自分でそう確認しドアの外に声を掛ける。


「はい。今、出ます」


ナターシャは鉄の扉を開く。

そこにはウサギ耳の女性が立っていた。


「おはようございます。私がラビィナ・ワイズマンです。朝食は食堂になりますのでどうぞ」


ラビィナと名乗った女性は歩き出す。

ナターシャも慌ててそれを追った。


「……あの、ナターシャです。よろしくお願いします」

「あ、そこの配管、気を付けてくださいね」

「へ? (ゴンっ!) あいたぁっ!?」


ナターシャは不自然に通路に飛び出した配管に頭をぶつけ、あまりの痛さにしゃがみ込んだ。


「だ、大丈夫ですか?」


「だ、だいじょうぶれす……」


涙声で返答し、うずくまるナターシャにラビーは手を差し出す。

相手は鉄製のパイプだ、ナターシャのおでこには大きなたんこぶが出来ていた。


「私もよくぶつけるんですよ、アレ」


ナターシャを助け起こしたラビーは歩き出す、が。


「この船いろいろと(ガンッ!)あだぁっ!? (バターンッ!)へぶっ!!」


これまた、脛に当たる高さで通路を横断する配管を思いっきり蹴り飛ばし、足を取られて顔面から着地するラビー。

鼻の頭を抑えて悶絶しているラビーにナターシャは肩を貸す。


「大丈夫ですか?」

「らいじょうぶじゃらいれす。(大丈夫じゃないです)」


ナターシャは呆気にとられてラビーを眺めて居たが。


「……っぷ! ……くくく! あっはっはっは! ……す、すいませ、くくく!」


ナターシャは耐え切れず腹を抱えて笑ってしまう。

ラビーも初めは何が面白いのかと怪訝な顔で見ていたが、次第に可笑しくなってきた。


「……あ、あは、あははは、あっはっはっは!」

「あっはっはっは!」


しまいには二人揃って大笑い、通りかかる他の船員が何事かとびっくりしているがお構いなしだ。


「……はぁはぁ、す、すいません。はぁはぁ」

「……はぁはぁ。……はぁ〜、いえ、こ、こちらこそ」


しこたま笑いきった二人は息を整えながら立ち上がる。

ラビーは配管を蹴り飛ばした足が痛いのかよろけていた。

ナターシャはラビーに肩を貸し立ち上がる。


「いや、イメージと違ったもので」


「こちらこそ、大事なお客様って聞いてたから、もっと気難しい人かと」


二人には奇妙な友情の様なものが芽生えていた。


「これからよろしくお願いしますね、ラビィナ・ワイズマン伍長」

「ラビーでいいですよ、あと『特別伍長』です」

「では、私もナターシャでいいですよ。敬語もいいです。……脚、大丈夫ですか?」

「……あ〜、医務室に寄ってもいい? ナターシャのおでこも見てもらった方がいいかも」


二人が医務室に向かって歩き出した時、通路の向こうから恐ろしい速度でやって来る人物が。

ラビーはそれに気付き、慌てて敬礼した。


「マシリー副総統!? お、おはようございます!!」


(また、少女? ていうか飛んでる!?)


ナターシャが驚いていると、マシリーはラビー達の手前で急停止した。


「おぉ! ラビーか! お客人も!」


一瞬悩むそぶりを見せたマシリーは頭を振ると。


「ええい! 緊急事態じゃ! 来い!!」


マシリーはラビーとナターシャの腕を掴み、目的地に、まさに飛んで行った。




ラビー達が連れて来られたのは……。


「ここ、ミーシャちゃん……じゃない、総統閣下の私室じゃないですか?」


「良いから早く! 緊急事態なんじゃ!」


マシリーに室内に押し込まれたラビー達の目に入ったのは。


ベッドに座った真っ青なミーシャだった。

心なしか目は沈み、頬はこけている……気がする。

ナターシャはこれが昨日の人物なのかと我が目を疑った。


「ラビー! どうにかせい!」

「どうにかって!? ど、どうしたのミーシャちゃん!?」


ラビーが慌ててミーシャに駆け寄る、脚がまだ痛そうだ。

ミーシャはラビーを虚ろな目でみると呟いた。


「朝起きたら下半身が真っ赤だった。何を言ってるかわからねーと思うが、俺も何を言ってるかわからねー。おねしょとか、切れ痔とか、そんなチャチなもんじゃ断じてねえ、もっと恐ろしいものの片鱗を味わってるんだぜ」


ミーシャはそう言うと、心配そうに見つめるマシリーの手を取り。


「マシリー……志半ばで他界するが……お前と会えて良かった。しかし、無念……極端に無念ガクッ

「「ミーシャぁぁぁぁ!!!」」


そんな三人を遠巻きに見ていたナターシャは一言。


「……それ、『女の子の日』なんじゃ……?」


「…………」


その一言に、数秒の沈黙の後『あ”っ!! そういえば!!」となる二人と。


「のう、ラビー! 『女の子の日』とはなんじゃ!? ヤバイのか!? ヤバイヤツなのか!?」


本気でアタフタする副総統が居た。

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