第六十五話「リスク」
「水偵隊、目標地点到達予定時刻」
部下からの報告でミーシャの意識は艦橋に引き戻された。
ミーシャがペペルを大尉に昇進させたのは、ペペル達が現場唯一の航空戦力であり相応の階級をもたせる必要があったからだ。
まぁ、実際は『大きな口を叩いた分、階級相応の扱いをさせてもらう』と暗に言っていたのだが。
そして、ペペル達はたったの三ヶ月で発艦、着艦、偵察飛行、爆撃など見事に習得したわけだ。
実際は最初の一ヶ月は墜落事故が多発したのだが、そこは魔族、ありえない頑丈さとタフさで、機体は失っても搭乗員はピンピンして帰って来た。
もちろん、ペペルには大量の始末書がプレゼントされたが。
「水偵隊より入電。<我、船影ヲ捉エ、軍艦ト認ム、艦数ハ2対5。一隻ノ撃沈ヲ確認>」
「やはり海戦をしておったか……」
「水偵隊より入電。<我、後方艦隊ヨリ攻撃ヲ受ケ、損害ハナシ。反撃ヲ許可サレタシ>」
「いきなり穏やかじゃないな」
ミーシャは水平線の向こうに上がる黒煙を睨む。
「ミーシャ、沈んだ船の救助にもこの場を納めねばなるまい」
「撃って来たなら、撃たれる覚悟はあるはずだぞ? 撃って来たのだから撃たれても文句は言えない、リスクを負うとはそう言う事だ」
マシリーとメアリの言葉にミーシャは難しい顔をして頷いた。
「……わかった。水偵隊に反撃許可を、ただし250kg爆弾を落としたら直ぐ帰艦しろと伝えてくれ。我が艦は最大速力で接近、救難活動にあたる!」
「了解」
「本艦もあと数分で艦隊の視認距離に入ります」
「主砲に一番砲塔に弾薬装填、弾数は1。試射はしない、威嚇だから当てるなよ」
「了解! 一番砲塔砲撃よーいっ!」
ミーシャはこの『威嚇射撃』がダブルキルになるとは思わなかった。
******
「な、なんだ!? なにが起きた!!?」
戦艦『サンライズ』と水偵隊が帝国艦艇を壊滅させた時。
グランドタートルの甲羅の上に建設された司令塔で一人の男性が叫び声をあげていた。
彼こそ、帝国海軍ナナル王国攻略軍司令『ザムス・バル』である。
帝国王家であるバル家末弟の彼自ら、ナナル王国王族であるナターシャ・ナナルを捕らえるために追撃に出ていた。
それが、たった三匹の怪鳥と謎の爆発によって、帝国最新鋭の軍艦五隻が一瞬にして跡形もなく消え去った。
絶対の優勢は脆くも崩れ去ってしまったのだ。
「司令! 潜航を進言します! ここは艦の安全を確保しませんと……」
「否っ! 帝国軍人が僚艦を沈められて、原因不明のままおめおめ逃げれるかっ! 索敵警戒を厳となせ! 本艦の進路そのまま、ナナル艦の拿捕を行う!」
ザムスの乗る『グランドタートル』は直径150mの巨大な亀だ。
その背中にはグランドタートルを操作する為の巨大な魔法陣が刻まれ、魔法陣の中央に石造りの城……とまではいかないが要塞が鎮座している。
要塞部の中央に建つ塔がザムスの居る司令塔だ。
潜水時には魔法壁によって覆われ、水深200mまで潜航可能である。
「こちら索敵員! 水平線に艦影! かなり巨大な船です! 近づいて来る!? めちゃくちゃ速いぞ!!」
「かなりではわからん!」
上官の激が飛ぶ。
「ナナルの増援では?」
ザムスは部下の問いを切り捨てた。
「ナナルの内通者からは全戦力がここに集結しているとあった、それにもはやナナルに新型艦を造る余裕などない!」
陸戦は帝国の生物兵器導入で敗退の一途をたどり同盟国は自国だけで手一杯、海は帝国が制海権を握っている。
最近はグリフォンによる空の戦力によって陸路が破壊されたりている。
海と陸を塞がれたナナルに、もはや資源はない。
「不明艦で閃光!」
見張りがそう叫んだ。
(この距離で攻撃を? 馬鹿な、この世界にこの距離で届く攻撃魔法なぞない!)
遅れてやってくる爆発音。
「し、司令! こ、この音はっ!?」
そして口笛を吹くような音。
「……っ! さっきと同じか!? 全員衝撃に備えろ!?」
ザムスが叫んだ時、グランドタートルの付近に何かが落ちてきた。
天高く突き上げる水柱、轟く轟音。
衝撃で巨体を誇るグランドタートルが激しく揺れる。
「ひ、被害報告!」
(まさか伝説の魔法『メテオ』!?)
「被害報告! あまりの衝撃に要塞の一部に亀裂が生じました! 潜航不能です!」
部下の報告に司令部は絶句する。
グランドタートル最大の利点が一撃で封じられたのだ。
悲痛な報告は続く。
「不明艦からまたも閃光!」
その声はすでに悲鳴である。
「て、転舵ーっ!!」
こうして彼らは這々の体で逃げ出した。




