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第六十四話「トップガン」

時間は少し巻き戻る。


第三艦橋から船舶発見の報に艦内はざわついた。


「静かにせい! まだ、友好的な相手かどうかはわからん!」


艦長を任されたメアリの怒声に艦橋は緊張に包まれた。


「……にしても、さすが第三艦橋。優秀じゃの」


マシリーが呟いた。


「……ちょっと使い方教えただけだぞ……」


ミーシャは頭を抱えている。

そもそも半年(実際の訓練期間は四ヶ月)でここまで使いこなせる方がどうかしてるのだ。

まぁ、幼少期(前世)にこんな知識を叩き込まれたミーシャもどうかしてる、……いや、叩き込んだ祖父がどうかしてるのだが。


ともかく、彼らの一部はあり得ない速度で知識と技術を吸収した。


特に吸収が著しかったのは、輸送船団旗艦『ヨーデルへイス』の甲板長である。

ヨーデルへイス撃沈のおり、大怪我を負ったが一命をとりとめた彼女は『サンライズ』に乗艦している。

彼女は機械に対してかなり興味を持ち、はや半年でチハの分解整備すらやってのけた。

今ではチハのエンジンの分解清掃オーバーホールに飽き足らずサンライズの分解すら進言してくる機械狂いである、そのうち機械と結婚すると言い出しそうだ。


ミーシャが盛大にため息をつきそうになった時。


<後部甲板カタパルトより、第一艦橋へ。水偵の発艦準備よし。指示通り250kg爆弾を搭載した三機だがよろしいか?>


「……こちら第一艦橋、ミーシャ。目的地点には船舶八隻とグランドタートルが居る。偵察を主とし可能性ならばグランドタートルを無力化するのが任務だ、装備に変更は無い」


<こちら後部甲板カタパルト。了解。水偵三機の発艦作業にかかる。総統閣下万歳ジーク・ハイル


こいつら本当に大丈夫か……。

切実に胃薬が欲しくなるミーシャである。


第一、誰が水上偵察機を操縦するのか。

それは三ヶ月ほど前に遡る。



******



「はぁ~……」


ミーシャは自室で盛大にため息をついていた。


「ちょっと! サボってんと自分の分進めてんか! はい、これはうちの分や」


ミーシャの私室で書類作業に追われるヴィーナ。

これは彼女が勝手に来ているわけでは無い。


「ほんま、なんやねん! 『漢字』とか『ひらがな』とか『カタカナ』とか、わっけわからんわ! 誰やねん! こないな難解な言語考えたん! 怒らんから出てきぃ! あ''ーーっ! 和製英語ってなんやねん!」


彼女の叫びの表す通り、今ここでは日本語をこちらの世界の言葉に翻訳する作業中である。

ミーシャの召喚した『忘れられた教科書』を翻訳して艦内で授業に使うのだ。

比較的入れ替わりが激しい教科書は内容に変化があまりなくても、年度版で古い物は忘れられ幻想になる。

今日の日本語は『漢字』『ひらがな』『カタカナ』『英語』を混ぜ合わせ、しかも、『和製英語』なる日本製英語まである。

なので、多少の方言的誤差しかないこちらの世界では超難解な言語なのだ。

おそらく、ミーシャがいなければ解読できる人間はいないだろう。

しかし、ヴィーナはミーシャの力を借りつつ日本語を解読、今なら小学生低学年レベルの日本語力がある。

そしてまた、ミーシャもこちらの世界ではまだ7歳、異世界語と日本語を翻訳することで勉強を兼ねている。


コンコン


その時、室内にノックの音が響いた。


「……マシリーじゃ、ミーシャはおるか?」


「居るよ、どうぞ」


ガチャリと音がしてマシリーが入ってきた、その後ろには一人の若い(?)魔族兵士が続く。

それを見たミーシャは眉をひそめた。


「……誰だ?」


「じ、自分は魔族統合軍竜騎隊所属、ガルフ・ペペル! か、階級は少尉であります!」


戦艦『サンライズ』出発の際に魔族統合軍は解体調整を受け、階級は大日本帝国軍に習って大将から二等兵までを導入している。


「竜騎隊って竜騎兵か? ドラゴンを駆って空をかける?」


「そ、その通りであります!」


「……で、ペペル少尉。なにか御用かな?」


ミーシャはそう言って横に視線を向けた。

そこには、これ以上作業を遅らせる様なら容赦無く斬る、という顔で睨むヴィーナがいた。


「あまり、時間を取るのはオススメできないな……」


ペペルにとってこの部屋は、大企業の株主総会や幹部会にでる新人平社員なわけで。


「は、はひっ!!」


このテンパり具合なのだが。


「実はこやつ、食堂で面白い事を言っておってな? ほれ、言うてみろ」


マシリーの言葉に顔を真っ青にしたペペルが言葉を絞り出した。


「は、はい。わ、我らが偉大なる総統閣下であらせられるなら。か、必ずや我らが悲願を……」

「違うだろぅ? ペペル、貴様はついさっき食堂で言った言葉も忘れたのか?」


あ、かなりキレてる。

ミーシャもヴィーナもマシリーの言葉に含まれる殺気を感じとった。

食堂でくびり殺されていないのが奇跡の様だ。

しかし、ミーシャは思い当たる節がある。


「あー、分かった。どうせ『俺に空を飛ばせろ』とか、『じゃなきゃ、魔王とは認めねぇ』とか言ったんだろ」


ミーシャの戦闘機乗りのイメージは『勇猛果敢、傍若無人、自信過剰』である。

おそらく若いエースなら言うだろうという予測だった。


しかし、マシリーとペペルは絶句していた。


「い、一字一句同じであるな」


そんなマシリーは置いておいて、問題はペペルである。


「さて、少尉。君を含めて元竜騎隊は何人居る?」


「じゅ、十二人であります! 閣下より搭乗する騎をお貸し頂ければ必ずや戦果をあげてご覧にいれます!」


「騎……騎ねぇ……」


悩むミーシャにペペルの顔に落胆の色が浮かぶ。


「まぁ、代わりの物があるにはあるけど……」


「いや、あんのかい!」


ヴィーナの突っ込みを無視して。


「いいだろう、竜騎隊を解散、航空隊に再編成する。ガルフ・ペペル少尉以下竜騎隊隊員は本日付で航空隊に転属だ」


「あ? へ? あ、ありがとうございます?」


当の本人は状況が理解できていないが。


「まぁ、よろしく頼むよ。ペペル”大尉”」


そう言ってミーシャはペペルの肩を叩いた。


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