第六十話「陽光を背に」
「お嬢! お嬢ぉ! おじょおおぉぉ!!」
「やかましいわボケナス!!」
陽光に照らされる大和型戦艦の甲板上。
泣きじゃくるゴットンに飛び蹴りを入れるミーシャの姿があった。
左目には包帯が巻かれている、その左目はもう世界を見ることは無い。
「片目ぐらいで喚くなっ! 両目が見えない奴だって世界には居る! 脱出したのは5000人、安く付いた方だ!」
ミーシャはそう強がった。
戦艦で待機していた者が見たのは、三隻の帆船と今にも沈みそうなほどに傾いた鋼鉄の船だ。
そして、現れたのは片目を負傷した、我らが魔王だった。
ミーシャも反省している。
ヨモツイクサによる輸送作戦にこだわらなければ、魔力にもっと余裕があれば、時間魔法だって空間魔法だって無属性魔法だって使えたのだ。
最後まで撃沈を拒んだのも、直接殺傷力の低い妖怪が多かったのも、人を殺したくなかったから、前世の生暖かい常識があったからだ。
ここは前世じゃない、サラリーマンでも無いし、チートなジジイに武器兵器の使い方と体術と剣術を教えこまれただけの男でも無い、むしろ男ですらない。
武器も兵器も知識だけじゃない、召喚して使える、前世の科学も大きな武器だ、最初はチートだと喜んだ要素はいっぱいある。
一つにこだわらなければ何でも出来る。
それを再確認できた、大きな収穫だ。
だからミーシャは片目を失っても強気に振舞っていた。
若干七歳の少女の振る舞いではないが。
「……心配掛けた」
ミーシャはゆっくりと頭を下げた。
マシリーも、メアリも、魔族軍も、船乗り達も、これからついて行く自らのボスの異常さと、世界を変えるに足る自信を確信した。
「……ア、アルジ」
ニャルも人口声帯のくぐもった声を出し、涙目でミーシャを見つめる。
帆船は船足が遅くなるので西には連れて行けない。
三隻の帆船は南のコスタリカン連邦に向かう。
ニャル、ゴットン、ニッキーは帆船に乗り、コスタリカン側から国境を越えてニッキーの故郷に向かう予定だった。
指名手配されている王国内を旅するより安全だろうという結論に達したからだ。
つまり、お互い無事に事が進んだとしても次に会うのは五年後になる。
「エルフは寿命が長いんだろ? 五年なんてあっと言う間だ。いざとなれば鴉を飛ばせばすぐに助けに行くさ」
これはミーシャの嘘である。
八咫烏がいかに高性能でもミーシャ自身が戻ってくるのに時間が掛かる。
「そうそうそんな事態にはさせないわ」
「あたしが心配してるのは貴方ですよ、師匠」
あら、心外。
そう言いたそうにニッキーは目をそらした。
おい、こっち見ろ。
ミーシャも負けじと睨みつける。
「まぁ、あっちにいるうちに、たまに出る『俺』っていうの直して来なさい。帰って来た時に雷が落ちるわよ?」
「肝に銘じておきます」
「大丈夫じゃ、我らがついておる。王として相応しい振る舞いを身に付けてもらわんとな」
「こっちにも敵が居たよ……」
ミーシャは頭を抱えた。
気を取り直して、ミーシャは話す。
「……この船の名付け親になってくれないか? いつまでも『超大和型戦艦』だと呼びにくい」
「その『ヤマト』だとダメなの?」
「それはダメ。いろいろとな」
ミーシャの申し出に三人は悩んだ。
最初に口を開いたのはゴットン。
「……マッスルキャッスル!」
「黙れ脳筋」
「すんません……」
次に口を開いたニッキーは。
「ラブリーミーシャ号!」
「失せろ変態」
「ちょっ!? 師匠に向かってあんまりじゃない!?」
ニャルは陽光に照らされる艦橋を眺めていた。
「……サン……ライズ……」
ニャルはボソりと呟いた。
「ん? サンライズ……日の出か……」
「ダメ? アルジ……」
上目遣いに見上げて来るのは反則だと思います。
しかし。
「いや、いいな。ピッタリじゃないか?」
日の本の国の、日の目を見なかった船が、日の出の名を冠する。
とても面白いとミーシャは思った。
「異論は無いな?」
ミーシャの問いに皆が顔を見合わせる。
「異論などあるはずもなかろう」
問いは愚問だった様だ。
その様子にミーシャは微笑み、高らかに宣言した。
「……これより、戦艦『サンライズ』は新天地を目指す! みんな、『行ってきます』!」
ニャル、ニッキー、ゴットン、三隻の帆船から発した『行ってらっしゃい』という声が朝焼けの空に溶けていった。




