第五十九話「代償」
後半グロテスク注意です。
耐性のない方は後半読み飛ばす事をお勧めします。
ミーシャの乗る神州丸以下、奪還出来た帆船5隻は出口に向かってひた進む。
しかし、無事に奪還出来たわけではない。
2隻の帆船がマストに攻撃を受けてオールによる人力推進で出口に向かっていた。
内1隻は火災、炎上中で乗船している魔法使い達が消火活動している、ゆえに反撃も防御も出来ていない。
神州丸の甲板でミーシャが指示を飛ばす。
「あの船の後方に回って盾になれ!」
帆船と違い神州丸は装甲を有する第二次世界大戦の船舶だ、魔法攻撃にはかなり耐えられる。
生半可な攻撃ではビクともしないだろう。
今、神州丸は帆船をカバーするため微速で最後尾を進んでいる。
今のところ軍艦からの攻撃は海坊主に集中しているが、いつ標的にされてもおかしくないのだ。
「ミーシャ! 反撃は出来ないのか?」
「ダメだ、ヨモツイクサにそこまでさせると湾外まで魔力が持たない!」
(それに、あまり海軍に被害が出るとイース王国が無くなりかねない)
この時代の軍艦とは軍事力に直結する。
現代でミサイルの弾頭や射程が脅威の様に、軍艦があるということが脅威なのだ。
ここで海軍を弱体化させ過ぎると最悪イース王国が地図から消える事になる。
特攻組には悪いがミーシャの最優先事項は乗組員と協力者の脱出だ。
ウェンズレイポートで革命を起こすことではない。
また、ヨモツイクサ達は操艦に従順しているが、ここに戦闘という命令を追加するだけでも魔力消費が増大する。
既に陸上の妖怪達は消えているだろう。
妖怪、揚陸艦、大発艇、ヨモツイクサと、ミーシャはかなりの魔力を消費していた。
「大発艇を出して救難作業にあたれ! 1人も見捨てるな! 航行不能な船は縄かけてでもひっぱれ!」
ミーシャが指示を飛ばした時だった。
ドォン!
という爆音と衝撃が神州丸を揺さぶった。
「逃がさんぞぉ! 賊どもがァ!」
夜の湾内に響き渡る怒声。
どれほどの肺活量と喉の強靭さなら出せるのだろうか。
「な!? せ、戦列艦!?」
そこには、前世でのイギリス海軍戦列艦『ヴィクトリー』と同等の戦列艦がこちらに向かって来ていた。
声の主は暗くて分かりにくいが戦列艦の甲板に居るようだ。
「ミーシャ! 大変だ! 右舷が!」
「げっ!? 装甲がへこんでやがる!!」
揚陸艦で、しかも防御力もそれほど高くない神州丸であるが、それでも鋼板製の装甲を施した鋼鉄の船である。
その装甲が大きくへこみ、少しだが亀裂が走り浸水していた。
「そぉおりゃあぁっ! 煉獄の炎よ、怨敵を打ち払わん! 『メテオクラッシュ』!」
人影が叫ぶと巨大な火の玉が現れた。
デカイ! スタジオジャパンの入り口の地球儀よりかなりデカイ!
火炎弾は湾内を照らし、さながら真昼のようだ。
「まずい! トラファルガーだ!」
「回避急げ!」
手負いの神州丸はゆっくりと進路を変える。
しかし、トラファルガーの放った火炎弾は無情にもへこんだ装甲へ吸い込まれていく。
二度目の衝撃。
亀裂は幅を増し、浸水量も跳ね上がった。
ゆっくりと船体が傾いている気がする。
「ヨモツイクサ! 防水扉を閉めて来い!」
「ミーシャ! もはや沈めるしか!」
ミーシャは苦悶の表情を浮かべる。
戦列艦は間違いなく王国海軍の最新鋭艦、切り札だ。
沈めれば海軍の力は激減するだろう。
沈めなければ脅威であり、沈めてしまえば国家存亡の危機。
「任せろ、我なら航行不能程度に加減できる」
マシリーはそう進言した。
「ノルツハウゼン! 火災消化不能! 沈みます!」
「乗員の救助はほぼ終了している!!」
「ボートに目を向けさせるな!」
「ボートの回収を急げ!」
「下に居る奴を甲板にあげろ!」
神州丸に乗った者は出来ることを見つけ走り回っている。
喧騒を背で聞き、ミーシャは黙って頷いた。
それを見るやマシリーは飛翔する。
マシリー自身が弾丸となって戦列艦に突撃する。
たったそれだけ、ただ一撃で4本中3本のマストが小枝の様に吹き飛んだ。
「さすが吸血鬼、規格外だな……」
ミーシャの呟きに、お前が言うな、と数人が呟いた。
「みな湾をでた、我々も続こう」
神州丸以外の船はすでに湾外に出ている。
大発艇も沈んだ船の乗組員を回収し、湾の入り口を抜けた。
メアリの言葉に頷き、ミーシャは指示を飛ばす。
「未回収のボートは湾外で回収する! マシリーは……」
「ふっはっはっはっ! 我なら既におるわ!」
「……大丈夫みたいだな……」
「……っ! 火炎弾!! 直上!!」
神州丸が湾の入り口に差し掛かったとき火炎弾が飛来した。
神州丸の直上から飛来する火炎弾、先ほどよりかなり小さい。
着弾点、甲板には……避難誘導中のラビーがいた。
「ラビー!」
「へ? きゃっ!!」
瞬間、ミーシャはラビーを突き飛ばしていた。
火炎弾は甲板に直撃する。
先ほどより威力は低かったが、着弾点に居たミーシャは木の葉の様に吹き飛ばされ、甲板に激しく背中を打ち付けた。
「………っ!!!」
息が詰まる、胃の中の物が圧迫されて押し上げてくる。
激痛が身体中を駆け抜けるが、痛覚がキャパシティオーバーを起こし感覚が消えた。
爆発の衝撃で破片が飛び散る。
意識を手放さなかったのはミーシャの意志の強さだった。
「ミーシャっ!!」
マシリーだろうか、くらくらする頭で考える。
感覚を取り戻し身体中に激痛が走る。
身体がバラバラになりそうだ。
頭は激しく揺さぶられ、激痛で目を開けられない。
「……っくぅっ!!」
ミーシャは歯を食いしばり上半身を起こす。
口の中で鉄の味がする。
何とか開けた右目で体を確認した。
下半身は付いている、脚も二本ある、腕も二本ある、足も手も無くなってはいない。
ミーシャは左頬に当たる『何か』が鬱陶しくなり、それを握った、途端頭に貫く様な痛みが走るが、かまわず『それ』を引きちぎった。
「ミーシャ! やめろ!!」
激痛、左目を焼く様な痛み。
左手に握った『それ』を見たミーシャは愕然とする。
その目玉を見て。
「ぐあぁぁぁ!?」
「ミーシャ! ヒールを使う、落ち着け!」
「早く船内に!!」
「治療をしてる部屋はこっちだ!!」
ミーシャは船内に担ぎ込まれていった。
ウェンズレイポート湾を出る神州丸。
後を追う者は居ない。




