第五十七話「決行! 異世界 妖怪 大作戦」
事の起こりは1時間ほど前。
夜の闇に包まれたウェンズレイポートの街を若い憲兵が歩く。
「……ふぁ〜……ん?」
咬み殺すでも無くあくびを垂れ流す憲兵は1人の女性とすれ違った。
「おい! 待て!」
呼び止めたのは何もいやらしい理由ではない。
先ほどちらっと見えた顔は大層な美女ではあったが……。
その女性はとても不思議な格好をしていたからだ。
西洋文化ではあり得ない服装(着物)と手に持った灯りを灯す道具(提灯)。
間違いなくこの国の人間ではない。
ウェンズレイポートの特徴的には南の連邦からの人間も居るが、それにしても異色。
憲兵が声を掛けると、女は振り返らず、立ち止まって啜り泣きを始めた。
これには憲兵もどうしていいかわからず女性に近寄った。
「お、おい!? 一体どうした?」
そう言って憲兵は女の肩に手を置いた。
置いてしまった。
すると女は突然に笑い始め。
振り返ったその顔には……。
「……ばぁ!」
「ひぃっ!?」
顔が無かった。
コレにはたまらず憲兵は剣を抜こうとするが、それは叶わない。
さっきまで女が持っていた『提灯』が宙に浮き、割れた提灯から真っ赤な舌を伸ばして彼の剣を絡め取っている。
提灯には見開いた目が付き、憲兵を凝視していた。
「ぎ、ぎゃあああぁぁぁ!!?」
憲兵は慌ててその場から走り出す。
アレはなんだ!?
なぜ街中にあんなものがいる!?
なぜ剣を取られた!?
とにかく近くの詰所に行って増援を、報告を、と彼は走った。
全力で角を幾つか曲がり憲兵詰め所に駆け込む。
「……あ、あ、(はぁはぁ)、あうぁ!」
さっきの方向を指差して示すも、息は上がり、喉は渇き、精神状態も悪い。
思うように喋れず焦りばかりがつのる。
「どうした若いの?」
詰め所にいたベテランっぽい憲兵が声を掛ける。
「……はぁはぁ、で、出たっ!」
「出たって何が? 便秘か?」
「……ち、違う!……はぁはぁ……お、お、おん、女っ!」
「女ぁ? 口裂け女か?」
そう言ってベテラン憲兵は笑っている。
「あ、あの女っ! か、顔が!」
「ほぅ、ではそれは『こんなん』でしたかな?」
そう言って顔を撫でたベテラン憲兵の顔面はのっぺりとパーツがそぎ落とされていた。
「ぎゃああああぁぁぁっ!!!」
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ほぼ時刻を同じくしてウェンズレイポートのいたる所で同じようなことが起きていた。
大通りには街中の食器や家具が列を成して百鬼夜行を、別の通りでは狐が嫁入り行列を、空には鬼火が飛び交い、向こうの山ではガシャドクロとダイダラボッチが月に吠える。
朧車は領主館周辺を飛び回っている。
騒ぎを聞きつけた憲兵隊が隊列を成して路地を駆けるが。
「ぶへぇっ!?」
「おい! どうした? あでぇ!?」
「こら! 待て急に止まるな!」
「馬鹿、押すんじゃない! 止まれ!」
先頭が見えない壁にぶつかって止まると後続が次々に押し寄せ、狭い路地はすし詰め状態。
と、思えば別の部隊は見えない何かに躓きすっ転び。
「おい! ここさっきも通ったぞ!?」
「どうなってやがる!?」
街中で方向感覚を失い惑う憲兵隊も居る。
今のウェンズレイポートはさしずめ『妖怪大戦争』のごとき混沌であった。
「今だ! 領主の犬共をボコボコにしてやれぇ!!」
「「「うぉおおお!!!」」」
そして、雄叫びを上げるのは残留組の船乗り達。
今ここに、『妖怪大作戦』が決行された。




