第五十一話「マーティと西の島」
「西の果て『ケブラー諸島』まで」
ミーシャのその一言で酒場は凍り付いた。
誰一人として身動きひとつとらない。
ラビーは真っ青な顔で……あ、立ったまま気を失ってる、本当によく気絶するヤツである。
「……ど、どこに……行きたいって?」
メアリはゆっくりと噛みしめるようにそう問いかける。
何かマズイ事を聞いたのか?
まさか、船乗りの聖地的なアレか?
ミーシャは戸惑いながらも
「いや、だからケブラー諸島まで」
と答えた。
二度目の静寂。
「……ップ!」
誰かが口から噴き出したその『音』が凍り付いた時間を解凍した。
「「「ぶぁっはっはっはっは!!!」」」
笑い声の濁流が酒場を支配する。
さっきまで死人の様な目をしていた船乗り達は腹を抱えて、あるものは床を転げ回って、あるものは涙を浮かべて笑っている。
……クイーンの構成員以外は。
彼女達は青い顔をして、あるものは汗をかき、あるものは目の焦点すらあっておらず、挙動不審だ。
多くはメアリの様子を伺っている。
「ぁはっはっはっはっ!! おい! 聞いたか!? け、ケブラー諸島だとぉ!? だっはっはっはっはっ!」
「おい! 小娘! お、俺の耳が変になったのか!? それとも、とうとう俺ァ気が狂ったのか!? ケブラー諸島って言ったんだよなぁ? はっはっはっ!」
「神妙な顔して、意味深に、ケブラー諸島だとよぉ!」
男達は次々にそんな事を言い、騒ぎ出す。
「お嬢ちゃん、ケブラー諸島ってのはなぁ? 『ほら吹きマーティ』の大ボラお伽話なんだよぉ? 分かったらお家に帰ってママに読んでもらいな? はっはっはっはっ!」
「傑作だぜぇ! まさかあのマーティのホラばなしを信じてるとはなぁ!」
「第一に海の果ては奈落だ、島なんてあるわきゃねーよ!」
「はっはっはっはっ! おぅえぇぇぇっ!」
いや、笑過ぎだろう、1人吐いたぞ。
数人の男達はくだらないとミーシャを追い出そうと近づいて来る。
「……まれ……っ!」
「ん?」
「……黙れっ!!!」
突然声を張り上げたメアリに驚愕し、笑い声は止んだ。
「……マーティはっ! 『ダーティ・マーティ』は……っ! 私の……ひいじいさんだっ!!」
その叫びに酒場は三度目の静寂に包まれた。
*********
『ほら吹きマーティと西の島』
その昔、イース王国にはマーティという冒険家が居た。
探索の依頼と聞けば何処へでも行った。
マーティはあらゆる場所を探索した、南の連邦や、北の帝国、東の魔界の奥深くまで探検した。
彼は決まってボロボロに汚れて戻ってくる、それに見合うだけの成果を持って。
ゆえに『汚れ屋マーティ(ダーティ・マーティ)』
彼はそれを冒険家の勲章だと言った。
ある日、国王からの依頼があった。
『部下や資金、必要な物は全て用意するので今度は西の海の果てを調べて来い』
もちろん、マーティは喜んで依頼を受けた。
数日後、国王の片腕とも呼ばれる騎士とその部下の魔導師、最新の帆船、最高の装備、国庫を圧迫するほどの資金を使ってマーティは海に出た。
マーティが旅に出てから数年たったとき、海岸に1人の男が打ち上げられた。
マーティである。
海岸に打ち上げられたマーティはボロボロの格好で国王に報告する。
『西の果てには島がありました、その島には見たこともない木や花があり、美しい生き物がすむ楽園でございました。仲間達は帰りの航海で嵐に巻き込まれ、恐らく生きてはいないでしょう』
国王はその報告に涙した。
しかし、マーティは満面の笑みで、
『ご報告しましたので、褒美をください』
この言葉に激怒した国王はマーティを牢屋に閉じ込めた。
数日後、海岸に斬り殺された騎士と魔導師が打ち上げられた。
マーティと旅立った2人である。
この報告を聞いた国王は、
『あのマーティと言う男は、騎士と魔導師を殺し、船と資金を奪って暮らしておったのだ! あまつさえ、西の果てを見たなどというほらまで吹いて!』
激怒した国王の命令で、マーティは即刻処刑された。
その死体は海に捨てられたという。
キャラ名が間違っていたのを修正しました。




