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第四十三話「トラトラトラ!!!」


 今だ冷めやらぬ筋肉祭りにミーシャの怒号が響いた時。

 一陣の風の如くミーシャの横をすり抜けていく影があった。

 ミーシャの横を走り抜け、一直線にヴァルヴェルトに向かうのは一人の女性だ。

 白いTシャツとホットパンツ、腰に下げるは一対のサーベル、スラリと伸びる足は鍛え上げられているが美しさも損なってはいない。

 燃えるような赤い髪をショートカットにし、頭の上からは黄色と黒の縞模様がよく目立つ『ネコミミ』が自己主張している。

 彼女の履く革靴が大地を蹴り、揃えられた靴の裏側がヴァルヴェルトの顔面に吸い込まれていく。


「静かにせえ言うてるやろが!!!」


メギッ!!


 審査員が居れば満場一致で10点満点をたたき出す程の美しいドロップキックが炸裂する。


「ぐぬぅ!?」


 これには流石の筋肉、ヴァルヴェルトも大きくのけぞる事になる。

 しかし、倒れないのは流石と言ったところか。


「「マシリー姉ちゃん、ヴィー姉様が起きたよ〜」」


 双子はキャイキャイと騒ぎながらマシリーの元へと走っていく。


「どうやら無事に起きられた様で御座いますな、良きかな良きかな」


 ゴーザスはうんうんと頷いている。


「ええ事あるかい! なんやねんコイツら! 人が寝てんのにギャアギャアギャアギャア! やかまして寝れんやないか!」


 ケモ耳の女性は怒り心頭で文句を垂れ流す。


「大体から筋肉筋肉うるさいねん! そんなに筋肉好きやったら筋肉と結婚したらええがな!!」


「なるほど! その手があったか!」


「それボケてんのか!? ツッコミ待ちなんか!? いっぺんどついたろか!!?」


 その場の勢いに付いて行けていないミーシャは困惑しながらもゴーザスに問いかける。


「あー、その、……誰?」


「おっと、そうでしたな。ミーシャ様、彼女こそが移転魔術の使い手にして十魔将が一人『移転のヴィーナ』で御座います」


「ん? ゴー爺? 誰やソイツ?」


 そのやり取りに気づいたヴィーナはヴァルヴェルトの足にローキックをしつつこちらに振り向いた。


「ヴィーナ嬢、こちらはミーシャ様で御座います。ご覧の通り、黒目黒髪。魔王様で御座います」


「なんやて!? んなアホな事があるかいな! 魔王なら7年も前に死んでもたやないか!」


「それは死亡と推測されたのであって、確認はされて御座いません。有り得ない事ではないのでは?」


「そらそうやけど……」


「てか、猫?」


 そのつぶやきにヴィーナが超反応でミーシャに詰め寄る。


「ウチのどこが猫やねん!! ちゃんと見てみい、コレ! この耳はな、猫やない! 虎や! ウチは虎の獣人族なんやぞ!」


「え? いや、虎もネコ科だし」


「猫とちゃう言うてるやろが!!」


 ミーシャとヴィーナが言い合いになろうとしているその時。


「ヴィーナ! 気が付いたか!!」


 マシリーがこちらに近づいて来る。


「マシリン! 怪我無いか!? 疲れて無いか!? 人間どもに酷ことされんかったか!?」


 ヴィーナはマシリーに駆け寄ると無事である事を確認する。


「ふっはっはっは! 我、無病息災であるぞ! ヴィーナも体は良いのか?」


「ウチは大丈夫や! それよかこれからどないするん?」


「我々はこのまま西に進み、エンシャント海に到達後南下、コスタリカン連邦に入る予定だ。本来なら海を渡りケブラー諸島なる未開の地で戦力の増強に努めたかったのだがな」


「そらしゃーないわ、うちら船なんて持ってへんし、何よりケブラー諸島って結構遠いらしいしな」


 その会話にミーシャが声をあげる。


「なぁ、船なら用意できない事もないが?」


「なに言うてんねん、自分みたいなお子ちゃまに船なんて用意できるわけが無いやろ?」


 鼻で笑うヴィーナにムッとしながらミーシャは言い返す。


「なら試してみるか? まぁ、ご自慢の魔術とやらも燃費がかなり悪いみたいだらなぁ。海岸までつくのに何時の事になるやら」


 今度はヴィーナがムッとしながら切り返す。


「言ったな? ええ度胸やないか、今すぐ海岸まで連れてったるわ。前みたいにドタバタでの発動でもないし、魔界の真ん中からここまでの長距離移転でもない。大して魔力も使わずに一瞬で全員連れってたるわ」


 そうヴィーナが言い、パチンと指を鳴らした瞬間だった。


 一瞬視界にノイズが入ったような錯覚に陥ると、周りの景色は一変していた。


 寄せては返す波の音、鼻をくすぐる潮の香り、海から吹く塩気を含んだ風、そして視界いっぱいに広がり、果まで続く水平線。

 その全てが、一瞬で海まで飛ばされた事をミーシャに現実として突きつけていた。


「フッ……」


 ヴィーナが海を背にドヤ顔でこちらを見てくる。


「流石は十魔将ってか?」


「当ったり前や、これでも『転移』なんて二つ名もろてんねんで?」


 そう言うとヴィーナはミーシャを見据え。


「さぁ、望み通り海まで連れて来たんや。船、用意してもらおか。まぁ、ウチも魔族やけど鬼やない。準備に1週間待ったるわ」


「いらないよ」


「は?」


 ヴィーナが問い返そうとした瞬間、ミーシャが膝から崩れ落ちた。


「お、おい!? どないした!?」


「……ヴィ、ヴィーナ? あ、アレは……、一体……何だ!?」


 ヴィーナがミーシャに近づこうとしたその時、ミーシャの隣でマシリーが海を指差し震えている。


「マシリン? 何をそんなに、驚い……て?」


 ヴィーナは背後の海を振り返る。

 そこに横たわるのは遮る物の何もない水平線のはずだった。


 今彼女の前に横たわるのは水平線ではない、もっと冷たい色をした灰色の壁。

 全体的に冷たい灰色をしたその塊には所々に刺の様な物が生え、中央には巨大な城の様な物がそびえ立っている。

 目測でもかなりの距離はあるが、ソレは視界のほとんどを埋め尽くし、海を我が物顔で占領していた。


「し、城!? いや、そんなもんやない……! 島や、鉄の島が浮いてる!!」


 驚愕に見開かれたヴィーナはミーシャを振り返る。

 その周囲には突如現れた鋼鉄の島に驚き硬直する魔族統合軍の面々が居る。


「あ、アレは一体何なんや!? あ、あんた、あんたは一体何なんや!!?」


 その問いにミーシャは息も絶え絶えに一言呟いた。


「はぁ、はぁ……へっ、お望みの『超大和型戦艦ふね』さ……」


 そう一言絞り出すと、ミーシャの意識は闇の中へ飲まれていった。

戦艦『大和』は有名すぎるため『幻想』の枠組みに入らないと判断しました。

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