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第四十二話「筋肉の園へようこそ」

 アーコード・上級区・ソーリアス邸・執務室


 ここに一人、今回の襲撃により普段の数倍の多忙を極める男が居た。

 彼の名はエルビー・ソーリアス。

 ここアーコード一帯を担当する貴族であり、ソーリアス家の当主である。

 娘であるフランシスカとは対照的にとても気弱で弱腰な人物である。

 気の弱そうな瞳、少し肥えた体、白髪が混じり始めた薄い茶色の髪、少し老けだした顔と薄茶色の髭。


 彼は執務室のディスクに肘を付き眉間に皺を寄せていた。


「……以上が、今回の騒動についての損害の報告になります。続いて各貴族からの要望ですが……」


 彼の部下は淡々と報告を続けている。


(要望ではなく、要求だろう……)


 彼はハンカチで汗をふき取りつつ考える。


 彼の悩みの発端は大領主であるライシスの緊急命令によるものだ。

 突如として発令された意味のわからない確保命令。

 それに伴い、ミーシャ・ラダッドとかいう少女の確保の為に憲兵隊を動員、さらに地域住民の非難指示を出し誘導する為に必要とした人員の手配。

 ミーシャの拠点である、チハタン食堂なる食堂へ単独突入してしまったフランシスカの保護。

 確保中に起きた魔王軍による襲撃とミーシャの逃亡によって発生した民家一軒と商業区大通りの路面破損。

 魔王軍により破壊された南門周辺(ミーシャのおかげで南門付近の損害は大きくはなかった)と東門周辺の損害。

 ミーシャ確保の為に憲兵を動員したことによる魔王軍の発見と対応に遅れた事による貴族達からの突き上げ。


「どうせ上級区に今までの2倍の兵力を増員するべきだとか言っておるのだろう?」


 エルビーのその言葉に、報告しようとしていた部下が困った様な顔をして答える。


「……いいえ、4倍にせよとの事でした……」


「バカな……、すでにかなりの数の兵を配置しているではないか。今回の発見の遅れも元を正せば上級区への配置が多すぎたからだぞ……」


 すでに上級区には城壁からの見張り員までもを使って警護に当たらせている。


「まさかこんな国内内部にまで進行してくるとはな……」


 今回の騒動でさらに貴族達が警護の増強を要求してくるのは目に見えていた。


「例のミーシャとかいう少女はどうなった?」


「南門へ増援に向かった部隊からの報告ですと、魔王軍の将校に連れ去られた様です。また、ニッキー・ノーズも一緒に連れ去られたと報告がありました」


「魔道研究の第一人者が誘拐か……」


 エルビーはイスに仰け反り天井を仰ぐ。


「上層部は一体何に怯えておるのか……」


「と申しますと?」


「何……これ以上の問題は遠慮願いたいと言う事だよ」


 そのつぶやきに部下は苦笑するのみであった。




*******************************




 一方その頃、ミーシャたちは魔族統合軍と近くの森の中へ隠れていた。


「ふぬぅぅぅぅ!!」


「むんぬぅぅぅぅ!!」


 その森から溢れ出る謎の熱気。


「ふんぬぅうううう!!!」


「ぐぬぅううううう!!!」


 発生源は二つの肉の塊からであった。


「やめんか! この筋肉バカども!!」


「暑苦しいんじゃボケェ!!」


 肉の塊ことゴットンとヴァルヴェルトはマシリーとミーシャの飛び蹴りをくらいながらも必要に盛り上がらせる筋肉を惜しげもなく披露している。


「……ガッハッハッハッハ!」


「……わっはっはっはっは!」


ガシィッ!!


「「強敵ともよ!!」」


 二人はそのたくましい腕をクロスさせお互いの筋肉を讃えあっていた。


「き、筋肉で語りやがった!」


「うぅ〜ん……なんか酸っぱい気がするわ〜、ウェップ!!」


「アルジ! 先生ガ今ニモ吐キソウ!! ウェップ!!」


 ニャルは新しい人口喉頭をミーシャから受け取り精神的には安定しているが、この筋肉祭りには耐え切れなかったようだ。


「うわ! ニャルがもらいゲロを!? どこぞのチャイナみたいなゲロ吐くヒロインはウチにはいらないからな!? 早く物陰へ!」


「「筋肉フィーバー!!!」」


「やめろと言っておるだろうが!!!」


「暴走だ!! 筋肉が暴徒と化した!!!」


 ちなみにヴァルヴェルト配下の一部隊が一緒になって騒いでいる。


『KIN☆NIKU☆ワッショーイ!!』


「もうダメだわ!! 私はロリニュウムを摂取しなければ死んでしまうわ!!!」


「ずりーぞ! 俺も摂取する! ロリニュウム!!」


「貴様らもやめんか!! このロリコンどもめ!!」


「ショタコンは許すのね?」


「ショタコンも許さんわ!!」


 マシリーがそう怒鳴った時である。


「「ショタはダメなの〜?」」


 ミーシャの背後から掛けられた声。

 その透き通った少年の声にミーシャは振り返る、そこには……。


「「おねーちゃん達、だ〜れ?」」


 金髪で赤と青のオッドアイの少年が二人佇んでいた。


「まさか分身の術!?」


「「ちがうよ〜」」


「おや? ポル殿、ボル殿。お戻りで御座いましたか」


「「ただいま、ゴーザス。ところでこのおねーちゃんだぁれ?」」


「お二方ともよくご覧なさい」


「「あ〜、黒髪で黒目だ〜!! もしかして魔王様? でも死んだんじゃないの〜?」」


「死んで無いし、まだ魔王でも無い!!」


「「わは〜、そうなのか〜」」


 二人の少年はケラケラと笑いながらミーシャの周りを走り回る。


「ゴーザスさん、この二人は?」


「「自己紹介くらい出来るよ!」」


 少年たちはビシッと気を付けをすると得意げに自己紹介をしだす。


「「僕の名前はポール! 僕の名前はボール! 二人合わせてポルポル!!」」


「二人が同時に手を挙げて、二人が同時に言っても分からねーよ!! あと天気予報の双子みたいな言い方するな! 怖いから!」


「ミーシャ様、オッドアイが左右対称で御座いましょう? 右目が赤いのがポル、左目が赤いのがボルで御座います」


「「ゴーザス〜! 言っちゃったら面白くないよ〜!!」」


「ポルボル? それって?」


「「そうだよ〜、僕たちが十魔将の一人、『困惑のポルボル』なのだ〜!」」


「いや、二人だよね?」


「「僕たちは二人で一人〜、一人で二人〜」」


「さいですか……」


 すこし少年たちのテンションに疲れ気味のミーシャである。


「ミーシャ様も人間たちに追われる身なので御座います」


「「ふーん、ならこの国には居られないね〜」」


「そうなんだよなぁ、勢いで逃げ出して来ちゃったけど。ってか実家とかにも迷惑かかるんだよな……」


「確かにそれも心配ではございますが、今は逃げ延びるのが先決で御座います」


「「そうだよ〜、ヴィーねぇ様が起きたらまた西に飛ばしてもらわないとね〜」」


「なぁ、俺を魔王にするんなら魔界に戻っても大丈夫なんじゃないか?」


「それは危険で御座います。反対派の奴らは既に魔王を受け入れる気も代行……いや、元代行閣下を生かしておくつもりも無い様で御座いますので」


「「僕たちあいつら嫌い〜!!」」


「兎に角、我々は一時的にでも魔界、いや、イース王国周辺からも離れた方が良う御座います」


「西と言えばエンシャント海って海しか無いぞ? 千人規模の軍隊をどうするつもりだ?」


「本来なら船を使い、さらに西にあるというケブラー諸島に向かいたかったのですが。ヴィーナ嬢の魔術では距離が足りませんし、海沿いに南下するのが無難で御座いますな」


 その一言にミーシャは考え込む。


「……船、船かぁ。千人乗れるヤツが無い事もないんだかなぁ」


 その言葉にポル&ボルは声を上げる。


「「ミーねぇちゃん船持ってるの〜? お金持ちなの〜?」」


「持っていると言うか何と言うか、疲れるから嫌なんだよな……」


 そんな会話をしていると。


「筋肉ワッショイ! 筋肉ワッショイ!」


「筋肉祭りじゃい! 筋肉神輿じゃい!」


「おのれらはまだやっとたんかーーーッ!!!」


 筋肉の宴はまだまだ続く。

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