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第三十話「懐かしき置き薬」

 時間は前回から少しさかのぼり、アーコードの街中。


 彼女、ニッキー・ノーズは困り果てていた。


 泥や薬品、何かの汁の付いた汚いのローブと所々焼け焦げた三角帽子、手にもつはなぜか所々こげた箒。

 肩まで伸ばした青色のウェーブのかかった髪はボサボサの上汚れてくすんでいる。

 女性にしては珍しく片眼鏡をかけていて、マリンブルーの瞳はどこを見ているわけでもなく空中を彷徨っている。

 今の格好でなければかなりの確率で通行人が振り向くほどの美人、なのだが頬は痩せ顔には疲労の色が濃く現れている。


 思い出してみれば彼女が困り果てる原因は数日前に遡る。

 もし、彼女が前日にしっかりと睡眠をとっていたなら実験中に集中力が切れることもなかっただろう。

 もし、彼女が魔法陣の構築式が一箇所間違っている事に気付いていたなら実験は一時中止されていただろう。

 もし、彼女が部屋の片付けをしっかりしておけば暴走した魔力が魔道書に反応して連鎖暴発などしなかっただろう。

 もし、彼女が自宅をアーコードの近くに建てていれば住民による消火活動などがあっただろう。


 つまり、要するにだ。


 彼女は魔法の実験の失敗によって全財産を失ってしまっていた。

 実験室や素材の保管庫などの機能を持つ我が家も、そこに貯蔵されていた数々の魔道書も、薬などを販売して稼いだ資金も。

 すべて一瞬で失ってしまった。

 手に持っているのはパニックの中咄嗟にひっ掴んで出てきた普通の箒だけである、それももうボロボロだ。


 そこから先は悲惨だった。


 咄嗟に我に返り逃げ出した彼女に大切なものを運び出す余裕などある訳もなく所持金はゼロ。

 誰かに頼ろうにも普段研究に没頭している彼女はアーコードに知り合いと言えるほどの知り合いもいない。

 助けを求めようと師匠に手紙を出そうと思うが手紙を書いて送る資金も無い。

 何かを売って資金を得ようにも着の身着のまま飛び出してきた、売れるような物を持っていない、ボロボロの箒なんてゴミでしかない。

 薬草でも採ってきて薬を作って売ることも考えたが、調合するための道具が無い。


 何よりここ何日がまともに食事を取っていないので頭が回らない。

 魔法で狩りをしようにも今ならそのへんのラット相手にも間違いなく負けるだろう。


 『死』

 そんな言葉が彼女の脳内に浮かび上がったその時だった。


 ゴンッ!


「きゃあ!?」


 うなだれて歩いていな彼女の頭に衝撃が走る。

 うまくまとまらない思考と頭部への痛みの中で、誰かとぶつかってしまった事を認識するまで少し時間がかかった。


 ぶつかった場所をさすりながら顔を上げるとそこには心配そうに見つめてくるダークエルフの少女がいた。


 柄にも無く『きゃあ』なんて声を上げてしまった事を後悔しつつ相手の無事を確かめる。


「あいたた・・・・・・、ごめんなさい、少し考え事をしていたもので。大丈夫かしら?」


 そう話しかけた時だ、彼女の疲労は限界値を超えた。

 平衡感覚は消え去り、視界は歪む、立っている事もできない。


 そこで彼女の意識は深い闇の底に沈んでいった・・・・・・。



*****************************



 その頃、チハタン食堂の二階。

 普通の格好をしたミーシャが床にあぐらをかいてうんうん唸っている。

 長袖のシャツにオーバーオール、髪を隠す為に頭には手ぬぐいを巻いている。


 彼女は自室にて能力の実験をしていた。

 彼女の能力はあまりに曖昧だ、何が召喚できて何が召喚できないのか把握しなければならない。


「・・・・・・ダメかぁ」


 試しているのは過去の人物の召喚だ。

 織田信長や源為朝みなもとのよりとも、山口多聞を始め数々の歴史上の英雄・偉人・超人達を召喚しようと試みていた。


 しかし、結果として能力は発動せず、彼女の顔には落胆の色が見て取れる。


「ルーデル閣下ぁ・・・・・・」


 彼女は敬愛する人物を呼ぶ。

 彼女の前世の祖父と同じ時を戦い抜いた戦士の名である。


(武勇伝を聞きたかったなぁ)


 召喚できたとして言語・思考・年齢などなど問題は山積みなのだが。


「仕方ないか」


 落ち込んでいても仕方ない、出来ないものは出来ない、割り切ることは時に大切だ。


 続いて彼女は物体の具現化を試みる。

 ポケベルから始まり、Windows95PC、フロッピーディスクなどなど忘れられた品をどんどん召喚する。

 彼女の目の前にはガラクタの山が出来上がってくいく(一部の人にはまさに宝の山なのだが)


 次は飲食物だ。

 しそフレーバーやきゅうりフレーバーの炭酸飲料やきのこたけのこ戦争の被害を受けたすぎのこのお菓子とか。

 昔の懐かしいおやつなどがどんどん生産されていく、ニャルが帰ってきたら食べさせてやろう。


「・・・・・・さて、あとは(モチュモチュ)」


 スルメ(マヨネーズの小袋付き)をかじりながら次に召喚するものを考える。


「とりあえず薬が欲しいなぁ、そうだ最近めっきり見なくなった置き薬でもだすか」


 と次に出すものをイメージする。

 前世の実家には置き薬があったし、定期的に補充に来るおじさんもいたので完全に忘れられている訳ではないと思うが。

 ちなみに某乳酸菌飲料を軽自動車で売って回るおばちゃんはここ数年見ていない、あと小学校の校門前の緑のポストとか教材のパンフを配るおっさんとかも見ていない。


「近所の駄菓子屋も無くなったんだっけなぁ・・・・・・店番してる婆さんめちゃくちゃ怖かったなぁ・・・・・・」


 ちょっと前世を思い出してホームシック気味である。

 そんな事を考えていると置き薬の箱が目の前に出現していた。


「絆創膏に火傷用の軟膏に風邪薬、包帯、胃薬、消毒液・・・・・・うん、置き薬だな」


 箱を開けて中身を確認していく、次々に出てくる『農協』や『クミアイ』の薬。

 そこでふと気づく。


「伝説の薬とかも出てくるんじゃね?」


 そう、エリクサーや賢者の石、霊薬などのチート薬品の具現化。

 これができれば不老不死にもなれるし、ニャルの喉も治せる。


「よし、出ろ! エリクサー!!!」


 ミーシャは腕を突き出し念じる・・・・・・だが。


パサッ


 そこに現れたのは一通の手紙だった。


「・・・・・・なんだこれ?」


 手紙の封を開け読んでみるとそこにはやけに女の子な丸い書体の文字が書かれていた。



『前略、ミーシャ


 どうも女神です。

 貴方の事を高天原で話したところ『面白そうだ』との事で神々は貴方の事を注目しています。


 さて、伝説級の秘薬を作ろうとしましたね?

 人が不老不死になればそれ相応の苦痛を味わう事になるでしょう、魂の循環にも影響が出てしまいます。

 そして、何よりそれでは面白くないので能力を制限させてもらいます。

 伝説級の物の召喚は薬品は全面的に禁止、武器・防具は持ち主の許可を得たもののみ召喚可能とします。

 また外なる神々に関するマジックアイテムについては例外なく禁止です、正気を失いたくはないでしょう?

 それでは摩訶不思議アドベンチャーな異世界ライフを。


 プリティーチャーミーな貴方の女神より


 追記

 オーディン様より「グングニルは別に使わないから貸しておく」との事です。

 今度、手土産に異世界産のお酒でも準備しておく事をオススメします。

 お酒は多めに用意することをオススメします。』



 ダ女神からだった。


「本音が漏れまくってやがる・・・・・・しかも最後の一行、絶対自分が飲む分要求してるよね!?」


 一気に溜まった疲れに肩を落とし、光の粒子になって消えていく手紙を睨みつけた。

 いつか言ったかもしれないが「あの女神次にあったら泣かす」と強く決心しながら。


 そんな時だ、自室の扉が勢いよく開け放たれ飛び込んで来たニャルはミーシャを引きずって行ってしまったのは。


 そしてミーシャは出会う、ヘンベルボック一の天才と謳われる自らの師匠に。

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