第百二十三話「エルフとミーシャと時々ウサギ」
☆いままでのあらすじ☆
学費を稼ぐため食堂を始めた転生者のミーシャは濡れ衣を着せられ憲兵に指名手配されたが、魔族軍と協力し、西に脱出した。
しかし、西で燻っているような俺たちじゃない。面白そうなら気分しだいでなんでもやってのける命知らず。
不可能を可能にし、巨大な悪を(その場のノリで)粉砕する。
俺たち漆黒魔王Mチーム!
「私は魔王、ミーシャ・R・ライヒ総統。通称『総統』。召喚戦法と悪ノリの名人。私の様な天才魔力保持者でなけりゃ、百戦錬磨の魔族どものリーダーは務まらない」
「ウチはヴィーナ・パーム。通称『転移』。自慢の転移魔法でどんな長距離だってへっちゃらや。魔法使って『自宅』から『他国』までどこへだって送ったんで」
「私はソーナーウーマンのラヴィナ・ワイズマン。チームの幸薄枠。索敵は危機察知と耳の良さでお手の物」
「おまたせ! オリヴィア・マイ。通称『クレイジーメカニック』よ。魔改造の腕は天下一品! 奇人? 変人? だから何?」
「メアリ・ノックス。通称『姉御』。海戦の天才だ。総統閣下だって叱り付けてやるさ。でも、飛行機だけは勘弁だ」
俺たちは道理の通らない異世界にあえて挑戦する、頼りになる、神出鬼没の。
漆黒魔王Mチーム!
「助けを借りたいときは、いつでも言ってくれ!」
「ていう広報CMを作ったんだけど。どうよ?」
「我が出ておらんではないか! 却下である!!」
「いや、それ以前の問題や思うねんけど?」
******
今、私は奴隷商の中庭で褐色肌のエルフと対峙している。
褐色のエルフ、テュッケは先ほどの真っ裸から軽装の鎧に着替えていた。
見守っているエルフの姫君、ヒルフェも粗末な服に着替えていた。
「取り乱してすまなかったな。さぁ、始めようか」
「いや、正気に戻ってよかったよ。ほんとに」
このエルフ、激昂したり気分が高ぶるとエセ九州弁になってヒルフェが通訳しかしなくなるので落ち着いてくれて良かった。
「では双方、よろしいか?」
商人のおっさんが開始の合図を出す様だ。
テュッケは二本の槍を構え腰を深く落とす、いやどこの戦国武将だよ。
それに対して私は自然体でたたずむ。
もちろん武器は練習用の非殺傷の物だ。
槍は棒の先に布が巻きつけてあるだけの物だった。
私は徒手空拳だが、いくら何でも不用意に空間や召喚の魔法は使えない、今回は純粋に格闘技術の勝負になるな。
「では、はじめぇ!!」
おっさんの声と同時に私はテュッケに向けて駆け出した。
同世代ではありえない脚力と瞬発力によって飛び出した私は一直線にテュッケに向かう、これぞ魔力による肉体強化の成せる業だ。
「あ、あり?」
と思ったのだがなぜかいつもの様な力が出ない、肉体の強化がいまいち上手くいっていない?
おかしいな、城壁を飛び越えた時には何ともなかったんだけど。
違和感に気をとられたのがダメだった。
(ゾクッ!)
「シイイィィィィ!!」
「ぬぉわぁ!?」
いきなり背後から横なぎに襲い掛かる槍を間一髪、体を屈めて回避した。
直前まで殺気がわからなかった。
ジジイの訓練のおかげで命拾いした。
「マジで殺す気かよ」
「貴様に勝てば自由なのだろう? ならば貴様の生死など関係の無い事だ」
そっちがその気なら!
「シイイイイイィィィィ!!!」
「ぬわぁぁぁ!?」
次々と繰り出される二本の槍による突きをすべて回避していく。
回避しながら徐々に距離を縮め、そして。
「食らえ! 『魔圧拳』!」
「ぐぅぇ!?」
懐に飛び込んだ私はテュッケの腹部目掛けて圧縮した魔力を叩き付けた。
バカ魔力の私だからできる無属性魔法、つまり魔力を直接叩きつける技。
しかし、やはり普段より魔力消費が段違いで跳ね上がっている、回復もものすごい遅い。
普段感じられない魔力疲労で思わず顔がカエルをぶっ飛ばして3で割って車で轢いたみたいになっちまいそうだ。
くそ、とうもろこし持って全国歩き回んぞコラ。
「どうよ、常人なら一発で意識がおさらばするぞ?」
私が自信満々に吹っ飛ばしたテュッケを見据えると、そこには踏ん張りながらも依然健在な姿があった。
「耐えたのかよ、化け物くせぇ」
「ツェェェストォォォォッ!!」
叫びと共に突っ込んでくるテュッケ。
繰り出される突きは速く、重く、鋭い。
しかし、体を捻り紙一重で回避し、避け切れない攻撃は小さな結界を展開して切っ先を逸らす。
このままではどうにもならない。
足の一本くらい、治してやるから勘弁してくれ。
私は槍を避けた際に一本を蹴り上げ、大きく体制を崩したテュッケの右足に蹴りを入れた。
「『魔圧脚』!」
圧縮された魔力を纏った蹴りはテュッケに吸い込まれるようにしてヒット。
鈍い音と共に右足の骨は粉砕され、テュッケは崩れ落ちた。
そこに圧縮魔力を纏った裏拳を叩き込みテュッケを吹き飛ばす。
テュッケは置かれていた木の樽に突っ込んでいった。
「勇敢なエルフだけど。それだけだな。未知の相手に真正面から不意も打たずに」
大量の土ぼこりで姿が見えないテュッケに告げる私。
「っ!!!」
しかし、次の瞬間。
私の側頭部に槍が叩き込まれていた。
咄嗟に右手でカバーしようとしたが一歩遅く、ほとんど攻撃を殺しきれずに吹き飛ばされた。
槍の先に布を巻いてあって本当に良かったよ!
「カカカカカッ!!」
「本当にエルフかよ、てめぇ」
俺の問いを気に掛ける事もなくテュッケは槍を構える。
「我が使命は、我が姫にあだなす愚者を、その魂の欠片まで抹殺する事。HOMEN(オ”ォォメェエ”ン”ッッ)!!」
「いや、『オーメン』じゃねーよ!! どこの神父様!? ヴァチカンの人ですか!?」
しかもよく見るとへし折ったはずの足が回復しているようだ。
まさかこいつ。
「り、リジェネレー……」
「テュッケは人狼族の希少種『白狼族』との混血なんです。白狼族の特性は超高性能の回復能力なのです!」
「もうこいつがどっち陣営だかわかんねーよぉぉぉ!!!! なんだよダークエルフと狼男のハーフって! どんなハイブリッドだよぉ!? なんのサラブレッドだよぉ!?」
ヒルフェの言葉に発狂寸前である。
よくテュッケを見ればエルフ耳の上に白い獣耳が生えている。
「シイィィィィ!!」
シイィィィとか言うなよ!
いちいち行動に『ヒュパッ!』とか『シュカッ!』とか付いて来るだろうが!
「あああッ! もうめんどくせぇ!! やってやんよぉ、オオカミだろうが狂信者だろうが知ったことかよ! かかってこいよワンころがぁ! アレか!? 犬語じゃないとダメかよ!? ワンワンワンワーーーン!!!」
いつだっておかしいのだこの世界は、まともになんてやってられるか!!
「こっからが喧嘩だろうがよぉ! 『グラビトンハンマー』ッ!!!」
魔力の異常消費なんて知った事か!
空間魔法をフル活用して作り出した重力の槌をテュッケに向けて思いっきり振り下ろしていた。
「っっっ!!!!」
グラビトンハンマーは回避行動を取っていたテュッケを逃がさず、発動範囲直径5メートル以内のすべてを圧壊しながら2メートルほど陥没した。
もちろん発動者自身や周りの観客を巻き込まない程度の配慮はまだ残っていた。奇跡的に。
後はテュッケにピンポイントで重力魔法を掛けて行動を封じておく。
「勝利は俺の為にある!!」
この買い物、思ったよりとんでもない買い物だったようだ。
******
数刻前。
海上プラント基地西方海域、洋上。
「ラビー艦長。物資の補給完了しました」
「はーい、おつかれさまー」
私、ラヴィナ・ワイズマンは潜水艦の上から海を眺めていた。
部下からの報告もそこそこに気分は海よりもブルーだ。
「何で海はこんなに凪いでいるのに、私の人生は大荒れなんだろう」
「艦長! たそがれてないで確認してくださいよ! 僚艦だって待ってるんですから!」
部下の声に海以外に視線を移す。
そこには大小様々な潜水艦が計8隻、海上での物資補給を行っていた。
まず私が乗っているこの艦『伊号四百一型潜水艦』、左右に『UボートⅩⅩⅠ型』と『スルクフ』。
この三隻が今回編成された第一特務潜水艦隊である。
「にしても、よく陸さんが”アレ”を貸してくれましたよね」
「海軍のは全部出払ってるからねぇ。まぁ、陸さんは陸さんで試験と訓練を兼ねた補給任務だろうから」
部下の言うアレとは、それぞれの艦に横付けする形で物資の搬入をする輸送潜水艦隊の『三式潜航輸送艇』三隻の事だ。
なぜか所属が陸軍の潜水艦なのだが、大規模作戦で海軍艦艇が総動員になるため陸軍が自分たちで使える潜水艦が欲しいとゴネたのが原因だ。
ただし、私は兵器開発局のオリヴィア局長が陸軍をたき付けたと思っている。
だって陸軍に配属された『まるゆ』が数隻、開発局に流れてるみたいだし。
なので陸軍の航海練習として今回補給任務が割り振られている。
ちゃんと引率に海軍の『伊号第五十一型』がついて来てるし。
「最初の試験で垂直に沈んで行った時はさ、私もさすがにえらい事になったと思ったよ」
「艦長、陸さんには沈んだって言わないでくださいよ? 彼らからしたら立派に『潜った』んですし。初の陸軍専用潜水艦でえらい舞い上がってますから」
「わかってるよぉ。スルクフなんて海獣と間違えて主砲打ちそうだったもん。でも一番気になるのはあっちだよね?」
「ですよね」
私が向いた先には大きな木の樽を二つ三つ連結したような何かが浮かんでいた。
「艦長、なんです? アレ」
「ナナル王国の純国産潜水艦だって。王国の技術者を総結集してミーシャ総統から貰ったタートル潜水艇とハンリー潜水艇の設計図を元に手作りしたらしいよ」
「手作りって、アレ木製ですよね?」
「木製ってか普通に大きなタルを繋げたみたいだねー。アレ人力なんだって」
「じ、人力!? ここ外洋ですよ!?」
そう、アレ、人力なのだ。
最初はハンリー潜水艇の様なクランクハンドル式の手回しスクリューの予定だったみたいだけど、自転車式の足こぎスクリューに下みたい。
一応、緊急時には風魔法によるブーストが出来るらしいけど、たぶん船体の強度が不足してるから水中分解すると思うよ。
「ウチの海軍と王国の海軍で試験した時なんて、アレが水に浮いた瞬間に職人たちは大喝采、沈んだ時なんて涙流して喜んでたよ」
ミーシャちゃんなんてアレで王国の技術は1000年はすっ飛んだとか言ってたし。
というか、むしろ驚かない私がおかしくなったのだろうか?
まぁ、ヤマトに居ると常識なんて一瞬で消えてなくなるしね。
しみじみと思っていると双眼鏡を覗き込んでいた見張りが声を上げた。
「艦長、晴嵐が戻ってきましたよ。そろそろ時間です」
見れば空の彼方に黒い点が見える。
大陸方面に偵察に飛ばしていた晴嵐だった。
「じゃあ本来の任務に戻ろうか。伊51に無線つなげて」
「アイサー」
そう、本来の任務。
大陸の側面、断崖絶壁の下に大きな海中洞窟があるという探索結果が出ていたのだ。
なので私たち三隻はその洞窟の調査に出向くのだ。
≪こちら伊51、伊401どうぞ≫
「こちら伊401。補給感謝します。晴嵐を回収しだい任務に戻ります」
≪こちら伊51。了解した。武運を祈る「艦長、まるゆ1号艇がエンジン不調で航行不能です」なに? 仕方ない、本艦が牽引して帰るぞ。あのタルもどきは2号艇に牽引させる。……おっと、失礼。では≫
そう言って伊51の艦長は通信を切ったのだった。
お守りも大変そうだね。
こうして私たちは晴嵐を回収、僚艦二隻と海底洞窟へと向かったのだった。
******
海底洞窟付近。
海中。
「水中探査機、問題なく稼働中。かなりでかい洞窟ですね」
「なにかわかりそう?」
「いえ、入り口の大きさだけは伊号潜が余裕で入れるくらいなのですが。それ以外は入ってみないと」
さすがにいきなり中に入るのはちょっと。
「っ!? 艦長! 後方より移動音!! かなりでかい!!!」
「っ!!! 緊急戦闘配置!!」
ソナー員の叫びに似た報告に艦内が緊張に包まれた。
もしやこの洞窟をねぐらにしている海獣では!?
「モールス信号を受信!? ……艦長宛です!」
「はぁ!?」
私の緊張もつかの間、通信手の報告に艦内が微妙な雰囲気に包まれた。
「えーっと。発:新型潜水艦 宛:第一特務潜水艦隊旗艦 音声通信を行われたし。何これ?」
「艦長。一度浮上してみては?」
「……わかったわ。メインバラストタンクブロー! アップトリム5!」
「メインバラストタンクブロー。アップトリム5。浮上」
「艦長。僚艦も続きます」
一体こんな場所に誰だろうか。
新型艦なんて聞いてないけどなぁ。
私が不安を胸に浮上するとそこにはとんでもなく大きな潜水艦が浮上していた。
「で、でかい。排水量5万トンはあるんじゃないか? 艦長、全長170mはありますよ?」
長さはこちらより50mは長く、幅も倍はある巨艦であった。
こんなものを持ち出すのはウチの国じゃ二人しか居ない、しかも一人は緊急事態につき大陸に出張中となると、残りは……。
「やっほー! ラビー! 久しぶりだねぇ!」
「甲板長!? じゃなかった、オリヴィア局長!! こんなところで何してんですか!?」
やはり犯人は兵器開発局の変態、もとい、元上司のオリヴィア・マイであった。
「ふふふふふ! 見よ! この最新鋭潜水艦を! これぞ我が局の技術の粋を結集した最終兵器! 名も『アクーラ型魔動力潜水艦八番艦ブルー・ノーベンバー』だ!!」
「魔動力潜水艦?」
潜水艦の上に仁王立ちしてドヤ顔で語りだすオリヴィア局長。
「もとは総統閣下が召喚した原潜なる潜水艦だったんだけどね、原子炉とかゆう心臓部がゴッソリ無くなっててね。だから開発中の魔力炉を埋め込んでみたらこれが奇跡的にぴったり! 閣下のペットのオロチの涙があれば燃料は問題なし! しかも魔力を使ったジェット推進器『マジック・ドライブ』を使えば超低騒音の隠密潜航が可能な優れものさ!」
自慢げに馬鹿笑いする局長。
本当に最初の時とは人が変わってしまっている。
すると艦内から部下の報告が飛んできた。
「艦長! 海中より巨大な移動物体!」
「え? オリヴィア局長! もう一隻居るんですかこの船?」
「え? いや、一隻しか造ってないぞ!」
という事は。
「移動物体は巨大な生物であると思われます!!」
「洞窟の主が戻ってきたの!?」
「ちょうどいい! この艦の実力を試すぞ! ベント開け! 急速潜航!!」
「オリヴィア局長! 待ってください危険です!!」
私の制止も意味がなく、ブルー・ノーベンバーは潜航してしまった。
「ああ、もう! 世話が焼ける!! 全艦水雷戦用意!!」
こうして海の上で謎の生物との戦いの火蓋が気って落とされたのである。




