第百十六話「決闘! 異世界騎士!!」
「な、なにをしている!? 退くな! 前に出んか!!」
私、ファーデル・ローレンスは目の前の出来事を唖然として眺めていた。
隣では総指揮官であるリンド候が逃げ出す味方に喚いている。
「リンド候、我々は……我々は、一体何を相手に戦っているのですか?」
私の問いにリンド候は眼前の象もどきを睨み付けながら答えた。
「……わからん。ただ……ただ解る事は、アレは悪魔の軍団で、王国は悪魔に魂を売ったという事だけだ!」
リンド候が吐き捨てる様に言った時。
戦場に『プオオォォォン!』という、気の抜けた音が響いた。
見ると、戦線が崩壊し逃げ惑う兵たちの頭上を飛び越える一騎の……一騎の……なんだアレ?
とりあえず、妙に小さい、白馬の様な、ロバの様な何かが戦場を駆けて来ている。
顔まではわからないが妙な服を着た、ヤケに血色の悪い肌色をした人間が乗っていた。
そいつは左手に剣……にしては長く、ヤケに飾り毛もなく、まるでただの棒の様な物を持ち、それを地面に引きずりながら突撃してきた。
その棒は土煙を上げ、たまに地面に露出した岩場に当たり『ギャリギャリ』と火花を散らす。
「リンド候……もはや、戦闘はできますまい。私がこの場を守ります。候はお逃げくだされ!」
私は腰の剣を引き抜き眼前の敵を見据えた。
「し、しかし!!」
リンド候の方から躊躇うような声が聞こえてくる。
「候! 貴方が逃げねば誰がこの戦場の、この惨状を国へ伝えるのか!! この戦、せめて貴方さえ逃げれば、逃げ果せれば! ささやか為れど我々の勝ちなのです……」
「〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
歯ぎしりの音が聞こえたかと思うと、リンド候の馬が後方へ駆け出した。
「ローレンス! ぬしも帰って来るのだぞ! 待っておるからな! 我らが城で! 待っておるからなぁ!!」
候の馬の音が遠ざかって行った時、あの奇妙な馬が私の前に躍り出た。
「……大将首を逃したのか……」
『ドッドッドッドッ』と音を立てて佇む其奴は、女だった。
しかし、肌の色は紫の様な水色に近く、紅い瞳は鋭かった。
「……魔族……」
「魔族を見るのは初めてか?」
私が思わずこぼした言葉が聞こえたのか女が問うてきた。
「はは、まさかおとぎ話の化け物と剣を交えることがあろうとは……良かろう! 敵は地獄より這い出し悪魔の軍団か! 相手にとって不足なし! 貴様らを率いる魔王ごと、我が剣で討ち滅ぼしてくれるわ!!」
「……ふむ……」
私が駆け出そうとした時。
女から耳触りな音が聞こえ、私は足を止めた。
<<『ガガガガッ!』>>
「ん? ちょっと待て」
突然待ったを掛ける女。
こいつは一体何をしているんだ!?
<<総統からサニー中尉。感明いかが?どーぞ>>
「サニー・ユンカースから総統閣下。感明良好。どうぞ」
「!?」
いきなりヤツから少女の声が聞こえて来た。
何が起きているのだ!?
<<総統からサニー中尉。そいつ面白そうだから持って帰って来て。どーぞ>>
「サニー・ユンカースから総統閣下。ターゲットを逃しますが? どうぞ」
<<総統からサニー中尉。それはこっちで何とかするわ。どーぞ>>
「了解」
言うと女はあの馬の様な何かから降りて金属の棒を構えた。
「我らが魔王閣下は貴様をご所望の様だ」
それを聞き私は笑った。
「ふははははっ! 何かはわからんが、ただで連れて行かれる義理は無い! その勝負受けよう!」
私は馬から飛び降りると剣を構える。
女はそれを見て、一度構えを解き、頭を下げると、金属の棒を振り上げ高らかに声をあげた。
「やぁやぁ、遠からん者は音にも聞け! 近くば寄って目にも見よ! 我こそはヤマトの国の住人! 帝国陸軍特務作戦群第一大隊第二中隊第七小隊小隊長サニー・ユンカース中尉なり! 畏くも人魔万頂の君の勅命により国敵を征伐する為に参った! いざ神妙に勝負!」
いきなりの事に驚いた私だが、これが悪魔なりの作法なのだろう。
私達騎士は一騎打ちの後に負けた方から名乗るものだが、彼女の誇りに応えようではないか!
「我が名はファーデル・ジョン・コント・ドゥ・ローレンス! オスターニャ公国軍が中将である! いざぁっ!!」
「「勝負!!」」
こうして私達の激闘が始まった。
私は一気に踏み込み渾身の一振りを出す。
大上段から振り下ろす斬撃は『轟ッ!』と女の脳天に向かい落ちる。
女は棒を頭上に構え、防御の体制に移る。
「大和流棒術【刀返し】!」
『ギャリィインッ!』
『ズドンッ!』
私の放った斬撃は嫌な音を立てたかと思うと地面に突き刺さっていた。
私は立てて一直線に振り下ろしたハズだ。
それが今は少し左に逸れていた。
「ちっ、閣下の様にはいかないか」
「な、なにをっ!」
「ふんっ!」
女は棒を回転させつつ身体も捻り、棒の回し打ちを放って来た。
私は咄嗟に右腕を構え、防御する。
『ガアァァンッ!』
特注の籠手と金属の棒がぶつかり激しい音がする。
凄まじい衝撃に腕が痺れるが、折れてはいない様だ。
しかし、籠手はへこんでしまっていた。
「まさか!? 希少な鉱石を使った籠手だぞ!?」
「籠手の心配をしている場合か? 大和流棒術【多段突き】!」
女は棒を半回転させたかと思うと恐ろしい速さで突きを繰り出して来る。
『ガガガガッ!』
その突きは自慢の鎧に遮られ、ダメージこそ通らないがあまりの連撃に少々後ろに弾き飛ばされてしまった。
何とか突き刺さった剣は引き抜き、手を離す事は無かったが。
「なんという硬さ、しかし! 大和流棒術【天地二段】!」
女は距離を詰めると上段からの振り下ろしを行う。
私は咄嗟に剣で受ける。
『ヒュッ!』
しかし、予想した激突音はせず、風を切る音が私の耳に届いた。
棒は私の剣に当たる事なく振り下ろされ。
『ガアァァンッ!』
「……んぐぅ!?」
すぐに振り上げられた棒は防御の薄い脇腹に叩き込まれていた。
まさか振り下ろしはフェイクだったとは!
私は思わず呻き声を漏らし、横方向に弾き飛ばされる。
視界の隅で女が追撃に出たのが見えた。
されるがままの私では無い!
そう何度も攻撃を許すと思うなよ!
「風よ吹け! 【ウインドカッター】!」
突き出した左手から風の刃が放たれる。
風の刃には実体が無い、棒や剣では弾く事は勿論、防ぐ事すら出来はしない!
「大和流棒術【風払い】!」
女は棒を構え、恐ろしい速度で回転させた。
すると女の足元に鋭い斬撃が突き刺さった。
回転する棒から生まれた風が私の風の刃を逸らしたのか!?
「大和流棒術【追い風】!」
女は棒を回転させたまま突っ込んで来た。
私も迎撃の為に剣を右下に下げ切り上げの構えをとる。
横薙ぎに振られた棒と切り上げた私の剣がぶつかる!
『ギイィィィィンッ!!』
鋭い一撃とともに私の脇をすり抜ける女。
私の眼前では一撃を受け止めた剣にヒビが入っていた。
しかし、動揺している場合ではない。
私は女を視界に捉える為に身体を捻る。
「大和流棒術【逆風】!」
するとそこには身体を捻り、今にも一撃を繰り出そうとする女の姿があった。
私は身体を捻る力を殺しきれない!
女の攻撃は無防備な脇腹に吸い込まれていった。
『ズドンッ!』
衝撃と激痛に意識は薄れ、地面に崩れる私が見たのは無表情で私を見下ろす女の顔だった。
******
一方その頃。
戦場から離れようと駆ける馬がいた。
公国軍最高司令官パエリー・リンド侯爵、その人であった。
彼は一心不乱に馬を操り、一刻も早く祖国に帰る為に走る。
まぁ、逃すわけ無いんだけどね☆
するとリンド侯は顔面を見えない何かにぶつけ、馬から転がり落ちた。
鼻を押さえ呻くリンド侯の前に立ち塞がる人影。
そう、それこそが私……。
「よッ! 飯食った?」
頭にピンクの馬鹿でかいリボンを着け、黒を基調としたフリフリ付きのショートドレス(ヘソ出し)。
勿論、片手にやたらゴタゴタと装飾を付けたステッキ(バットを改造)も装備。
何と無く格好は初代プ◯キュアの黒い方みたいだが……。
これこそが軍内部で取った『総統閣下、初陣の格好アンケート』第1位だったのだから仕方ない。
私は渾身の気迫でポーズを取った。
「いまいち異世界感の無いこの世界を三時のおやつ感覚で救うため、ヘストンタウン経由指定席片道銀貨一枚半でやってきた自由とノリの使者! いつもニヤニヤ這い寄る魔王少女ミーシャちゃんです☆」
『キュピーン!』
とこれまた軍広報部が徹夜で考えたセリフをキメた。
「さ、さぁ! 後が押してるからさっさと捕まっちゃえ、このブタ野郎!!」
足を肩幅に開き、左手を腰に、右手で相手を指差す。
ここまでが広報部が用意した台本である。
しかも、上空では戦場の監査と本土への報告を担う王国唯一のグリフォン隊が生中継のカメラを持って撮影している。
そう、今の行動全てが本土で生放送されている。
この時点で私はだいぶ涙目なのだが、私の出陣に反対した軍部の出した条件がコレな上、格好に至ってはアンケートの結果ゆえに文句が言えない。
そして、肉体に精神が引っ張られて来たのか「アレ? 案外イケてんじゃね?」とか思っちゃったのだ。
もしかしたら異世界的に考えて、この世界ではコッチの方がカッコイイのかも知れない。
そんな風に考えていた時期が私にもありました。
目の前の総司令官のおっさん(顔と名前を知っているナターシャに確認済み)との微妙な間が生まれる。
「…………」
「…………」
「………………」
「……………………?」
キェェェェアァァァァスベッタアァァァァ!!!
しかも首をかしげられたぁぁぁぁっ!!
おい、ちょっと、ふざけんなよ!?
せめてキレるとか斬りかかって来るとかしようよ!
首をかしげないでよ!!
居た堪れないじゃないか!!
生き恥じゃないか!?
もう殺せ!
いっそのこと殺せ!
キリング・ミー・ソフトリー!!
優しく殺してくれーーー!!!
ふっ!
ふはははははっ!
あっはっはっはっはっ!
「…………れろ……」
「……ん?」
「忘れろおおおぉぉぉぉ!!!!」
もうどうにでもなれぇ!!
とりあえずおっさんの記憶だけは消して置かねば!
私は渾身の蹴りをおっさんの顔面に叩き込んでおく。
さらに追撃の足技も緩めない!
「君がっ!」
『ドカッ!』
「ごふっ!?」
「忘れるまでっ!」
『バキッ!』
「やめっ!」
「蹴るのをっ!」
『ドスッ!』
「かはっ!」
「止めないっ!!」
『ボキンッ!』
「ぎゃあっ!」
「閣下! それ以上いけない!!」
なんか向こうからサニー中尉が走って来るけど、構ってられるか!
「大和流忍法【記憶飛ばしの術】ぅぅぅ!!」
『パッカァァァンッ!!』
「…………」
持っていたバッt……マジカルステッキのフルスイングがおっさんの頭部にスマッシュヒットした。
そこには血みどろで倒れるおっさんと崩れ落ちてさめざめと泣く魔王少女の姿があった。
オロチとラーテの出番の為にさっくりと倒されたリンド侯、哀れ。
まぁ、もともと真面目に戦わせる気無かったけどね!☆
おまけ
その頃の大和本土。
爆笑が響く会議室横の副総統執務室。
「……マジカルバンパイアマシリーちゃん! 参上なのぉ☆」
「…………なんか違うのぉ……」
シャアァァ?
「ギャアァァァッ!? お、オロチ!? お主見ておったのかぁ!!?」
本土は平和でした。




