第百六話「兵器管理部署が過労死してしまいます」
麗らかな昼下がり書類の山に一区切り付けたミーシャは執務室で優雅なティータイムを楽しんでいた。
「Those heroes of antiquity Ne'er saw a cannon ball, Or knew the force of powder To slay their foes withal. ♪
But our brave boys do know it, And banish all their fears, Sing tow, row, row, row, row, row, For the Kingdom Grenadiers. ♪」
久々の心休まるひと時である、そりゃあもう歌なんか歌ちゃって上機嫌なんである。
内容はともかくとして。
「ミーシャ、随分機嫌が良いの」
そこにマシリーが声を掛ける。
どうやらいつの間にか執務室に入ってきていたようだ。
「……マシリー、ノックくらいしてくれよ」
ジト目で睨み付けるミーシャにマシリーは怖い怖いと肩をすくめてみせるだけだ。
「聞いた事の無い言葉じゃのぅ。日本語とは違うな?」
「英語ってヤツさ。『古代の英雄は火薬の力を知らない、俺たちは知ってる、俺たち最強』みたいな内容な」
「そう言えば『どいつ語』も軍内で使われておったなぁ……あっ」
言うとマシリーは思い出した様にミーシャに詰め寄った。
「ミーシャよ、呑気に茶をしている場合では無いぞ。あと三十分もしたらヴィーナが突撃してくるぞ?」
「ありゃ? 思ったより早かったな」
「お主、ナナル王国に『ますけっと』とかいう鉄砲と手榴弾を贈る内容の書類を押し通したじゃろ? その時の会議に不在だったヴィーナが気付いてカンカンじゃ」
「急ぎだったの、マスケット銃一万丁と旧式の手榴弾は二カ月前には王都に送りつけてあるし」
「ヴィーナを怒らせるとあとあと怖いぞ?」
「大丈夫だよ、今はまだ立憲君主制民主主義っぽい立益軍主制独裁主義だから」
「そんな政治体系聞いた事がないわ!」
「つかさぁ、うちまだ議会だの野党だの与党だの何だの無いじゃん? 民主化どころかこれから選挙の準備始める段階じゃん? 国民のほとんどが元難民か孤児やホームレスだし貴族階級すら無いじゃん? だから今は軍がまるっとぜぇーんぶ統括しちゃってるんだけどさ」
「そして、最終決定権があるのはお主か。国や周りが落ち着くまではこっちの方が初動が早くて良いがの、それはそれ、これはこれじゃぞ?」
「はいはい、わかってますよ。しっかりケツは持つからさ」
ミーシャはひとつ欠伸をすると気怠そうに椅子から立ち上がった。
「じゃあ、怖いのが来る前に行きましょうかね」
「行くって何処に?」
「ちょっとフジ島までな、新しい実験なんだが付いてくるか?」
「ふむ……、ここに居ってもヴィーナに問い詰められるからの。興味もあるし、付いて行くかの」
こうして直ぐさま陸軍基地であるフジ島に向かった。
『♪ママエンパパワーレーニンベーッ!♪』
「「「「ママエンパパワーレーニンベーッ!!」」」」
中央司令部からフジ島司令部までは軍用機で一時間もかからない。
二人はだだっ広い演習場にたたずんでいた。
遠くでは兵士達の走り込みの掛け声が聞こえて来る。
二人の背後には補給科の士官がメモを片手に佇んでいる。
ミーシャが演習場に来たのはあの女神の言葉のせいである。
能力の制限と召喚条件の緩和だ。
まず時間系能力が一切使用禁止になっていた。
空間系能力も宣言のままの内容。
一番の問題は召喚条件である。
もともと条件がかなり曖昧なのだ、妖怪や神獣など専門家やマニアでもないと覚えてすらいない存在はもともと召喚が出来た、では何が召喚出来るようになったのか。
まずは駄目元で召喚を試したのは零式艦上戦闘機、所謂『ゼロ戦』である。
戦車好きしかわからないであろうチハや軍艦マニアしかわからない龍驤と違い、日本人なら誰でも知っている名機中の名機である。(異議は認める)
現在、海軍の艦上戦闘機はほとんどが九六式艦上戦闘機であるので召喚が実現すれば良い戦力アップに繋がるだろう。
ミーシャはとりあえず『でろ〜、でろ〜』と目を閉じて念じながらゼロ戦を思い浮かべる。
するとマシリーから驚きの声が上がった。
「おお、新型機であるな」
「え? ウソ!?」
マシリーの声にミーシャも驚き目を開けた。
色々と思い浮かべながら念じた為か、そこには、零式艦上戦闘機二一型、三二型、二二型甲を始め最多生産機である五二型、特攻機として500kg爆弾を搭載した六二型、六三型などゼロ戦だけで博物館でも建てれるほどの機体がズラリと並んでいたのである。
これにはミーシャも唖然としていた。
これらの機体(一部マイナーと言えばマイナーな機体もあるが)が忘れられ幻想に帰すなどあり得ない筈なのだから。
しかし、ミーシャにとっては嬉しい驚きだった。
惜しむらくは乗りこなせるパイロットどころか人員が圧倒的に足りない事か。
「こうなりゃ、思い付く限りのもん出してやる!」
これに気を良くしたミーシャは片っぱしから召喚を始めた。
現在、大和帝国陸軍は九五式重戦車を主軸に九七式中戦車と随伴歩兵で構成されている。
もちろん、技術部が変態的情熱を注いだ合成戦車も含む。
しかし、この大量召喚に伴い大幅な戦力アップが叶った。
次々と兵士達に運ばれて行く戦力の台数は伏せるが、種類は多様であり以下の車両である。
38(t)戦車E/F型
38式軽駆逐戦車ヘッツァー
Ⅲ号戦車L型、潜水戦車、火炎放射型
Ⅲ号突撃砲E型、G後期型
33式突撃歩兵砲
Ⅳ号戦車J型
Ⅴ号戦車パンターG型
Ⅴ号重駆逐戦車ヤークトパンター
Ⅵ号戦車ティーガーⅡ
Ⅵ号重駆逐戦車ヤークトティーガー
エレファント重駆逐戦車
戦車回収車ベルゲパンターG型
NbFz(多砲塔戦車)
対空戦車ヴィルベルヴィント
対空戦車クーゲルブリッツ
Ⅷ号戦車マウス
というガチで第三帝国真っしぐらなラインナップであった。
一部、AH-Ⅳ豆戦車やL3/35快速戦車、セモヴェンテなどの小型戦車が各島や各都市の警邏及び防衛目的で召喚された。
また、兵員輸送の装甲車も数多く召喚されている。
惜しむらくは兵員が少なく使い切れない事か。
また、大量の新型車両追加に伴い大陸への輸送を鑑み、メッサーシュミットMe323輸送機ギガント、曳航専用機のハインケルHe111Zも緊急で召喚、配備された。
これでⅣ号戦車以下の戦車や車両、人員は空輸で。
それ以上の重量、規模の人員は海運で運ぶ事になった。
惜しむらくは運ぶ人間がそんなに(以下略)
「ま、まぁ、兵士も順調に配属され出しておるし。大丈夫であろうぞ?」
「なんで疑問系なんだよ。まぁ、いいや。次はアレだ」
すると巨大な地響きと共に二つの巨体が演習場に現れた。
陸上巡洋艦 P1000『ラーテ』
陸上巡洋艦 P1500『モンスター』
「流石は陸上巡洋艦だな。迫力がスゲェ。しかもサンライズの時と違って無理して召喚した感じがしないな」
「コレ、ちゃんと動くのかの?」
「ああ、動く。そう俺の霊魂がささやくのさ」
「……んで、どうやって大陸まで運ぶのかの?」
「……あっ……」
マシリーの言う通り、モンスターが全長42m、幅18m、ラーテが全高11m。
二輌合わせて陽炎型駆逐艦一隻の排水量とほぼ同じと言う規格外のスケールである。
分解して運ぶなら筑紫丸などの特設輸送艦に載せることができるが、そのままとなると戦車の幅が輸送艦の幅を超えるし、船内なら高さが足りない。
空母信濃であれば、飛行甲板に載せることが出来るかもしれない。
どうやって甲板に載せるとか、載せたところで航行できるのかとか、甲板使い物にならなくなるとかは置いといての話である。
結局、明確な召喚基準のラインは分からず。
とりあえず1945年前後の兵器は構想段階のものでも召喚可能な事は証明された。
ある程度古いものなら完全に忘れられていなくとも召喚基準をクリアする様だ。
そして、構想段階で問題があったものは不思議な力が働いて最低限の改善が自動的に施される様である。
「後はマジモンの幻想を試す位か」
ミーシャの言うマジモンとは、ファンタジーの代名詞でもある魔法薬の事だ。
一応この世界にも似た様な魔法薬と呼ばれる薬はあるにはあるのだが、RPGみたいに傷が一瞬で治るとかではなく、どちらかと言えば漢方薬に近いものだった。
作り方は乾かしたり、すり潰したり、煮たり、焼いたり、混ぜたり、腐らせたり、祈りを込めたりと様々だが。
もし、RPGみたいに飲んだり瓶ごとぶつけて回復させたりする魔法薬があれば万々歳である。
例えばポーションやエリクサーがいい。
すると『ポンッ』という音と共に丸底フラスコが足元に転がった。
「……なんか……見た目キモいの……」
「……なんか……原色ギトギトだな……」
ミーシャは屈んでフラスコを手に取った。
コルク栓をされた丸底フラスコの中には濁った何かを青色一号でも入れて着色した様な液体が入っていた。
青色一号とはよくカキ氷のシロップとかに少量入っていて綺麗な青色や水色に着色する着色料だが
、この中身はあんな透明感のある綺麗な青色ではない。
めっちゃ濁ってる、綺麗どころか、普通に汚い。
野草の煮汁に片栗粉を混ぜて青色一号ぶち込んだみたいだ。
ミーシャは立ち上がろうと力を入れる。
すると強烈な眩暈に襲われ地面に突っ伏しそうになった。
「大丈夫か!?」
「……大丈夫……大丈夫だ」
マシリーが慌てて助け起こそうと動くが、既に症状は回復していた。
しかし、魔力切れとは違う(むしろ現在のミーシャの魔力はこの程度の大量召喚では消費しきれない)不可思議な症状に困惑して立ち上がれないでいた。
ポーションもどきを出した途端の出来事だ、原因はポーションもどきだろう。
エリクサーなんか出したらまずい事になったかも知れない。
ミーシャはとりあえず立ち上がろうとする。
「そりゃあっ!」
「もぐっ!?」
しかし、マシリーがいつの間にか蓋を開けたポーションもどきを口に突っ込んで来たのだから立ち上がる事もままならずに尻餅をつく。
てか、ポーションもどきマズイ!
口の中がピリピリってかチクチクする!
喉は度数が高い酒を飲んだように焼けるほどだし、鼻からは生臭さが抜けて行く、なまじ粘度が高いので舌や喉に絡みつく。
味は雑巾の絞り汁で長期間煮込んだキャベツの様だ、長”時間”ではなく長”期間”。
「おっぅえええぇぇぇぇ……」
「……塗り薬だったのかの?」
「ふじゃ……けん……にゃっ!! うぇっぷっ!」
ミーシャは淑女にあるまじき声とビチャビチャと内容物を撒き散らし、マシリーはフラスコに残ったポーションもどきの匂いを嗅いで『うわっ! くさっ!?』などと悲鳴をあげている。
今まで召喚物の記録に勤しみ存在感が消滅していた兵士も流石に声を掛けていた。
「……び、病院まで送りましょうか?」
ミーシャは口元を抑えながら必死に頷いていた。




