第百五話「運転は気をつけて」
第百五話
私はいつ以来になるのか、真っ白な空間に仰向けに倒れていた。
(ミーシャ……)
…………………。
(ミーシャ……起きなさい、ミーシャ)
……う、う〜ん……。
(起きるのです、ミーシャ)
…………。
(ごめんなさい、起きてください)
……起きてください?
(起きてください、お願いします)
……初めっからそー言えばイイのに。
「てゆーか、貴女、神相手に扱いがあまりにもぞんざいじゃありません?」
あんたの威厳が足りなすぎるだけだと思うけど?
んで?
どんな厄介事を持って来たのかな?
「厄介事って…………まぁ、厄介ではありますかね……」
さっさと本題に入ってくれないかな?
「……怒りません?」
……内容によっては蹴りの十発は叩き込みたいね。
「うぐっ……じ、実はですね……その……神々から指摘とゆーか、その……ダメ出しとゆーか。わ、私は反対したんですけどね? で、でもほら、上司の指示じゃないですか〜? 私が反対しても意味無いワケですよ〜」
………………。
「……えっと。……の、能力を制限する事になったんです」
……誰の?
「……いや、制限と言ってもほんの一部ですから……それに別方面の能力の規制緩和がありますし……テコ入れって大事だと思うんですよ〜」
……ダ・レ・の? ……ど・の?
「……貴女の時間と空間制御の能力です……ハイ……」
……具体的には?
「えっと……。
・時間系能力の全面使用禁止
・空間系能力の一部制限
・召喚獣(妖怪など)の召喚上限を千体までとする
空間系能力の一部制限は、
・空間接続の制限、
入口と出口が3メートル以上距離が離れていること。
出入口の大きさは縦横5メートルまで。
出入口の出現位置は目で見えている範囲に限る。
出入口は一つずつ以上は出せない。
・結界による生物(植物は含まない)の切断禁止
・結界の大きさは縦・横・奥行、それぞれ5メートルまで
……くらいですかね。
あ、代わりに幻想、つまり忘れられた物の基準がちょっと曖昧になりますから意外な物が召喚可能になりますよ?」
……言い残す事はそれだけか?
「や、やだなぁ〜。そんなに怒らないでくださいよ〜。代わりに埋め合わせは必ずするじゃないっすか〜。あ、お土産のニラ饅頭ありますよ? ニラ饅頭」
ニラ饅頭って、どこに旅行いってたんだよ!
「あぁ〜、時間になっちゃいましたね〜。じゃあ、私はこれにて〜」
ちょっ、待て駄目神!
まっ、こら!
……このっ……っ!!
「……ニラ饅頭ッ!!!!」
ビクゥッ!?
私は叫び声を上げながら執務室の机から飛び起きた。
偶然にもちょうど書類を持って来た事務の女性がいきなりの奇声に書類をぶちまけ、あまりの恐怖に顔が土気色になり両眼にはたっぷりと涙が溜まっている。
顔は引きつっているし、腰は引けてるし、脚は震えてるし。
……なんか、すみませんでした……。
「……あ〜。ごめん、寝ぼけてた……」
「…………は、はひっ! し、失礼しまひたっ!!」
呂律が回らない彼女は慌てて部屋を飛び出してしまった。
本当に、なんか悪い事したなぁ……。
あとで差し入れでも持って行って謝ろう。
うん、ニラ饅頭にしよう。
その後、差し入れを持って彼女の所属部署の事務室に行った私は、事務室の机の下でガタガタ震えながら命乞いをしていた彼女を発見。
どうやら、粗相をして怒鳴られたと勘違い、処刑されると思ってガタガタ震えていたらしい。
ほんとにすんません……。
ちなみに彼女は神様にお祈りまでしていたが、コレの元凶は女神様です……すんません。
******
その頃。
「「スシ! テンプーラ! カラアーゲ! ビバ! ヤマト!」」
「「「……………」」」
テンション爆超でナガサキ島の中央通を闊歩する男女二人。
そして、後ろをビミョーな雰囲気でついて行く男女二人と食う事に夢中なデブ一人。
「あっはっはっはっ! まさか夢の様だよ! 噂の楽園に旅行に来れるなんて」
「いやぁー、まさかあんたがこいつらの先生だったとはねぇー」
ハナは酒瓶を片手で煽りながら、隣を歩くウィルダーの肩をバシバシと叩いていた。
事の起こりは二日前。
ハナが三人にヤマトへの旅行券を持って来た時に遡る。
ギルドからの依頼で、ヤマトへのギルド進出の交渉とギルド建設の下調べの為に出向くギルドマスターの護衛。
指名で依頼されたハナは任意で三人まで同行を許可された、しかも大和帝国観光協会が企画したツアーに乗っかって行くので至れり尽くせり、もちろん旅費はギルド持ち。
ハナはアイシー、ジョーカー、パイルの三人を指名、三人は五日ほど学院を休む為に教師であるウィルダーに報告に向かった。
「へぇ〜、ヤマトに行くのかい? ……ちょうどいいや! 保護者として僕も行こう! ミーシャちゃんからも十日ほど休みたいと言われて授業も休講になりそうだったし! 本当にちょうどいい!」
話を聞いたウィルダーはそう言って学院長に報告しにすっ飛んで行った。
それでいいのかダメ教師……。
むしろ、ミーシャが居ないだけで休講とは如何な物なのか学院長。
結局、ウィルダーは貯金を崩して実費でヤマトまでついて来たのだった。
護衛とは言っても港までは列車移動の上に、港からは鋼鉄の船での航海だ、さしたる危険も無いので軽く旅行程度に考えていたハナも同行を許可、しかも同じアパートの住人であるウィルダーなので気楽な物である。
現在、一行は護衛対象である冒険者ギルドのギルドマスターを目的地に送り届け、その間はハナの私用に付き合っているところだった。
「ところで、私用って言ってたけど、遊んでてもいいのかしら?」
「……んあぁ。うちのじい様から黒髪の嬢ちゃんに手紙を預かっててね」
「黒髪って言うと、ミーシャちゃん? 彼女もヤマトに居るのかい?」
谷間から手紙を出してぴらぴらと揺らしていたハナはウィルダーの言葉に眉を顰めた。
「あんたアパートの入り口の掲示板見てないのかい? 『旅行の為、しばらく留守にします。ご用意の方は203号室のサニー・ユンカースへ』って書いてあったじゃないか」
「……それでなんでヤマトに?」
「さぁ? じい様の手紙を見せたらサニーのヤツやけに険しい顔して『紹介状を書く、ヤマト本島の中央司令部に行け』とだけしか言わなかったからな。第一にアタイ場所知らねーし」
それだけ言うとハナは適当な人に場所を聞きにフラフラと行ってしまった。
「……ちょっと!? 待ちなさいよ!!」
アイシーはそんなハナを見て慌てて追いかけた。
しかし、タイミングが悪かったらしい。
ナガサキの道はそんなに広くは無いが一応歩道と車道が分かれているし、馬車もそこそこ通る、ごく稀にだが軍用の機械馬車(自動車)も走る。
問題は並んだ露店で歩道の半分以上が圧迫され、大陸の国家には道交法など無く、もちろん交通安全教育など無かった事だろう、アイシーは車道に飛び出していた。
******
数時間前。
中央司令部陸軍情報部雑務二課第一小隊事務所。
「おい、伍長。君は確かナガサキ司令部に配送に行った事があったな?」
上司の問いに事務所の自分の机で伝票処理をしていた私は手を止めて答えた。
「はい、小型トラックですが、備品の配達をした事があります」
私の答えに隊長は唸る。
「君は確か……15歳だったな……。免許もあるし勤務態度も良好……。人手も足りないし仕方ないか。よし、ナガサキ島で軍港から司令部までの運転をしてくれ」
「了解しました」
私は隊長の言葉を聞くと机にしまってある運転免許証と若葉マークと呼ばれるステッカーを取り出し、壁に掛かっている雑務隊用の軽トラ(ホンダ T500 AK280型)の鍵を取る。
すると隊長から待ったがかかった。
「ああ、待ってくれ。車は海軍さんのヤツだ。ほら」
私は首を傾げながら隊長から鍵を受け取った。
なんとなしに鍵に付いているタグに目を落とす。
そこには海特車GSQ(海軍特務車両アルファロメオ グランスポルト・クアトロルオーテ)の文字が。
「……って、コレ海軍の特務用高級車じゃないですか!!」
大和帝国の陸海空軍には各それぞれに高級将校専用の高級車が用意されている、主にパレードや視察に使用されるその高級車には通常専任の運転手、それも中佐以上の階級がなければならないはずだ。
しかもグランスポルト・クアトロルオーテは海軍長官専用車では無かったか?
しかも二人乗りだ、助手席にお偉いさんとか緊張で死んでしまいます!
「専任運転手が風邪だそうだ。どこも人手不足だからな。ほら、偉いさんを待たせるとマズイんだから、さっさと行った行った!」
そんなこんなでいち伍長の私は高級車の鍵を握ったまま事務所から放り出されたのだった。
そして現在。
私の運転していた車の前で尻もちを付く少女が一人。
徐行して走っていた車の前に飛び出した少女は、接触はしていないものクラクションの音に驚いて転んでしまったのだろう。
しかし、動転している私がまともに思考することなど出来ず、真っ先にこれかの自身の処理を気にするのは致し方ない事だと思う。
軍高級官僚を乗せた高級車で不祥事(人身事故)とか、間違い無く社会的に抹殺からの中央広場で公開処刑、良くて奴隷落ち。
終わった、私の人生が、今、終わった。
「コラ、しっかりしろ」
いきなり掛けられた声に驚き、運転席から外を見ると海軍長官がさっきの少女を抱えて立っていた。
いつの間に?
「貴様がぼけっとしているうちにだ! まったく、自動車の運転手の義務を果たさないか。大丈夫とは思うが彼女を病院に連れて行くぞ。救急車などいつまで待ってもこの場所では身動き出来まい。そこの路地から裏道に入れ、私が案内する」
「えっと、この車、定員2名なんですが……」
「私の膝の上に乗せればいいだろう。ほら、急げ!」
「は、はい!」
こうして少女ことアイシーはあれよあれよといううちに病院に連れて行かれてしまったのだった。
その速さは近くに居たハナ以下全員が呆然としてまったく声すら掛けれない程だったという。




