第百一話「入居希望者が来ましたよ」
偽札騒動の後。
赤焼けに染まる道を家に向かって歩く。
中心部からアパートのある端に向かうにつれ、家から漏れる夕飯の匂いや笑い声は身を潜め、道端のゴミが目立ち始め、路地からは浮浪者や柄の悪い追い剥ぎなんかのギラついた視線が多くなる。
綺麗な家も見なくなり、汚く古い家か朽ちかけた家屋が並ぶ道を歩く。
両手には夕飯の材料が詰まった袋を持って歩く。
コレでネギでも袋から出てりゃ、まさに主婦だな。
「あっ、そういや。アパート管理人の給与、記載し忘れてたな。応相談でいっかな……っと!」
そう呟くと私は落ちていた大人の拳より少し大きな瓦礫をつま先で蹴り上げ、落ちてくるタイミングを合わせてちょっと先の建物の角に蹴り飛ばした。
「おいガキャ! 通行りょギャバァッ!?」
蹴り飛ばした瓦礫はちょうど物陰から飛び出して来たナイフを持ったモヒカン頭の男の顔面に直撃した。
我ながら良いシュートだと思う、いやホント。
「このクソガキ!」
あ、やっぱり後ろからついて来てたみたいね。
男が一人、斧を振り上げて後ろから襲いかかって来た。
ので、素早く後ろ蹴りを放つ。
「ア”ッーーーーーーー!!!!」
私の放った蹴りは見事に男の”アレ”に直撃。
涙やら鼻水やら後ろから下から大洪水な男は泡を吹いて倒れたのだった。
なんか、スンマセンね、いやホント。
ちょっとキュッとしてしまったよ、いや付いてないけどね?
「にしても、これでもう七回目だぞ。どんだけ治安悪いのよさ……」
治安はまだマシと言っても、まぁ、何処にでも悪たれはいるもんで。
アパートにガチで防犯設備でもつけようかと悩みながら歩いていると愛しい我が家が見えて来た。
「……ん?」
立地の関係で夕方の時間だけ日が差すのか赤色に染まるアパート。
その入り口に佇む女性が目に入り私は首を傾げた。
誰だ?
アパートに近づくにつれはっきりと見えてくる女性に思わず息を飲んだ。
夕焼けの光を受けて煌めく銀の髪。
明らかに上等な服、一見質素な半袖の服とスカートに見えるが、明らかにおろしたて。
そして、何処か儚げな表情。
私はナナルの女王であるナターシャを知っているが、初めて会った時に二人が並んでいたならば間違いなくこちらの女性が女王だと思ったであろう。
そして。
「……でっけぇ……」
なにがって、アレがである。
メロンがふたつほど服の中に入ってんじゃないかなぁ。
私は俯いて確認してしまった。
なにがって、アレをだ。
……こ、これからおっきくなるもん……。
決して妬んでも無いし、羨ましくもない。
ないったらない!
「……あの、すいません……」
一人で、航海中に体操服に体育座りで脚を突っ込んで『巨乳』とかしたのを思い出して鬱になっていると例の女性が話し掛けて来た。
「あの、たそがれ荘という建物を探しているんですが……」
あ、やっぱりうちに用がありましたか……。
「それならここであってますよ」
私の言葉に安堵する女性。
「よかったら中にどうぞ」
私がその女性を中に招き入れようとした時だった。
「ちょいと待っとくれよ」
「っ!?」
いきなり掛けられた声に思わずズボンの腰に隠したS&W M500に手が伸びた。
S&W M500は前世の世界において最強のリボルバー拳銃だ。
しかし、あまりにもアメリカン極まる性能の為にあまり知られてはいない。
なにせ撃った反動が凄まじく、連続発射しようものなら腕がイカレるか最悪の場合は撃った本人が死ぬような銃なのだから。
私は一瞬で向き直り、冷や汗を流しながら両腕で構える、M500のグリップを握る手が汗ばんでいる。
声が掛かるまで一切気配が無かった。
左目の魔眼は眼帯越しでも魔力を感知する、近くに居たのなら気がつかない訳がないのに。
この世界の生物はある程度の魔力を持っているのに。
「……あぁ、悪い悪い。脅かすつもりはなかったんだよ。警戒しないどくれ」
私が銃口を向けた先には夕焼けでさらに赤くなった赤髪を高い位置で纏めた(ちょっとポニテっぽい)女性が一人、手をヒラヒラと振って立っていた。
冒険者や傭兵と言った格好だ。
革製の胸当てにチェーンメイル、革製の腰当て、革製のブーツ。
どこの街にも居る冒険者の格好。
一つ気になるのが、腰に差した獲物二本が刀なくらい。
健康的な日に焼けた肌、鍛えられ引き締まった身体、左頬に猛獣に引っかかれたような大きな爪痕が三つ。
そして、片腕で担いでいる明らかにデカイ荷物。
「いやぁ、ここいらに格安の貸家があるって聞いてね。あんたはここの子かい?」
私はゆっくりと腕を降ろしてため息をついた。
妙な女性だ、魔力が自然界のそれ、草木や水と同じくらいしかない。
これじゃぁ、魔眼だって周りに溶け込んで感知出来ないし、気配を消されればわからない。
「……すいません。ずいぶんと気配を消すのがお上手なようで……」
「ちょいと鍛えられてね。ここがたそがれ荘かい? 入居したいんだが、誰か……」
「それなら私が聞きますよ」
「「……はぃ?」」
私がそう言うと二人の女性は不思議そうに声を挙げたのだった。
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一方、その頃。
「Kブロックって何処だよぉ~!?」
とある教師は迷子だった。
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さて場所は戻って、たそがれ荘一階、102号室『調理室』である。
たそがれ荘は周りをコンクリートブロックの塀で囲まれた二階建ての木造アパートで、全部で十室の部屋がある、いや改造しているので住めるのは七部屋か。
入り口から101を管理人の家として102と103を通しにして調理室、104を貸家、105を浴場。その隣に仮設トイレが三つと発電機と水道ポンプのあるコンクリート小屋、敷地の隅に100人乗っても大丈夫な物置がある。
二階の201から205は全て貸家である。
台所付きとはいえ、狭い流しと単式のコンロ、腰くらいの高さの小さな冷蔵庫だけしかないので手の込んだ物が作れないのだ。
調理室には業務用の大型コンロが三台、大型の冷蔵庫、大きめな流し、広い作業スペースが完備され、大きな机とパイプ椅子が置かれている。
因みに床はタイルです。
今、私は机に座って銀髪の女性と赤髪の女性と向かい合っていた。
「……あ~、オーナーの、いや、代理のミーシャです」
とりあえずは代理という事にしておこう。
「嬢ちゃんが持ち主だったのかい、あたいはハナ、部屋を借りたいんだ」
赤髪の女性、ハナさんが豪快に笑っている。
「わ、私は管理人志望で来ました。な、名前は、えっと……シーア……さ、サイレント……です」
銀髪の女性はシーアさんか、すっごい緊張してるみたいだけどまさか管理人志望だったとは。
「えっとシーアさん。お給金なんですが」
「はい?」
シーアさんは不思議そうに首を傾げている。
「……はっ! お給金! そう、お給金ですね!」
何で不思議そうにしたんだろう、と思いながら再起動したシーアさんに話をした。
結果、シーアさんの給料は家賃免除と月々銀貨五枚になった。
因みにこの国の生活から言うと月々銀貨五枚の決まった収入はかなり好待遇らしい、ハナさん曰く。
ハナさんは入居希望なのでささっと書類を作ってサインをもらった、本人が風呂と食堂が近いのが良いらしく104号室が当てられた。
本来食堂とは違うのだが、シーアさんが乗り気だったので、一食大銅貨五枚で提供することに決めた。
一度二人を連れて部屋に入ると、捻っただけで水の出る蛇口を魔道具と勘違いしたり、冷蔵庫を見て冷えた酒が飲めるとハナさんが飛び上がって喜んだり、シーアさんが部屋に着いている裸電球を触ろうとして止めたりして機能を説明した。
因みに。
ハナさんの胸当ての中にはスイカが詰まっていました。
スイカにメロンとか八百屋じゃねーんだぞ、ちくしょう……。
そういやぁ、ナターシャもそこそこデカかったな。
その日、私は自宅になったアパート二階の202号室でやけ牛乳を飲んで寝た。
まだまだ、これからおっきくなるさ、きっと、多分、メイビー。




