第九十七話「魔法と授業と時々昼飯」
「……入りましょう」
私、アイシー・ルード・フィーリアはそう言って牢屋、いや、教室に入ろうとした。
魔術の名門、フィーリア家。
その次女として産まれた私には魔術の適性がなかった。
しかも姉は天才級の素質持ち。
当然、そんな出来損ないは必要ない。
私は勘当同然にこの学校に押し付けられた。
まだ、まともに教室があるだけでも私からすれば天国だった。
「……あの~、ちょっといいかな?」
すると、一人の女子生徒が手を挙げて私に話し掛けてくる。
この子も適性なしか……。
私は振り向いて、彼女をまじまじと観察した。
服装は何処にでも居そうな町娘、いや、入学式なので着飾ってはいる。
しかし、私の目を引くものがあった。
さらさらで腰まで届く黒い髪、吸い込まれる様な黒い瞳。
そして、異常なまでに不釣り合いな眼帯。
その少女は非常に不思議そうにこう言った。
「……あ~……O組ってさ……なに?」
「…………」
私は、いや、私たちはその言葉に唖然とした。
承知の上で、高い入学費を払ったのではないのか?
同じように唖然としている男子たちもそうだ。
学校を出ているだけで箔が付く。
勤め先を探すのに有利なのだ。
私は呆れながらも、質問に答えてやる事にした。
「O組はハッキリ言って落ちこぼれが入るクラスよ。入学費は有るけど成績はギリギリ、魔術の適性も無い様なクズがね。まぁ、魔術科の専攻なら学があっても適性がなかったら即O組決定だけどね」
なにを今更と、私はその少女を睨んだ。
少女は「おーおー」と言いつつ両手でヤレヤレとポーズを取る。
「まぁ、適性は無いけど……」
私は、彼女の言葉に鼻で笑うと踵を返して部屋入ろうとする。
「適性なんて無くても魔法は使えるけどな」
私はその言葉に思わず振り返った。
馬鹿な事を言わないで!
そう怒鳴りつけてやるつもりだった。
しかし、そこには。
手のひらの上に、ぽんっ、と小さな火の玉を出した少女がいた。
「……へ?」
「……え?」
「……は?」
「えええええぇぇぇぇっ!?」
******
「が、学園長!? ま、待ってください!!」
私達は突如部屋を飛び出した学園長の後を追って走った。
「……しっ! 静かに!!」
すると学園長は例の牢屋……いや、O組の教室が見える位置で停止、物陰に隠れた。
私達が教室を覗くとそこには。
なぜか教壇(的な位置)に立つミーシャと席に(無論、机など無いので地面に)座る他の生徒の姿があった。
「……ゴホンッ! では、まず属性についての話をしようか。Mr.パイル。入学時に行われた適正確認の仕方を言ってくれ」
「えーっと。まず魔法陣の真ん中に立って魔法陣に魔力を流す、そしたら魔法陣に組み込まれたそれぞれの水晶が光る」
「その通りだ。さて、では適正とはなんぞや? Ms.アイシー」
「その人物がそれぞれの属性の魔法を使えるかどうかよ」
「……ん~。正解であり、また、不正解でもある」
そう言ってミーシャは人差し指から小さな火を灯した。
彼女は適正無しではなかったのか?
「では、説明しよう。魔力とはこの世界中の魔素を体内に吸収する事により生まれる力だ。魔素は吸収した時に性質が変化する。この変化が属性になる」
「変化って一体……」
「早い話が、火属性なら体外に放出した魔力は発火する物質になり、水属性なら空気中の水分と結合して自在に操る事ができる。土と風も同様な変化をする。で私のこの魔法だが……」
ミーシャはそこで一呼吸置いた。
「これは適性のある無しは関係無い」
その言葉に生徒達、いや、私たちもぽかんとした。
だって、実際に火が着いている。
「ごく稀だが、魔素を吸収した時に性質が変化しない人間が居る。それが君たちであり、私だ。今ある呪文や魔法陣は属性ありきで組まれた物で、属性が無い魔力にはなんの意味もない」
「でも火が着いてるじゃない」
「まぁ、聞けって。無属性の魔力は属性に縛られない。全ての魔素に対して干渉できる。だから指先にチリや埃、可燃物を集めて着火すれば火も出せるし、水の中の魔素を操れば空気中から水だって生み出せる。ただ、属性が無いから干渉するのは難しいし、魔法陣や呪文はさらに複雑になる。だが、極めれば、なんだってできる」
その言葉に教室も教師たちも唖然とした。
すると彼女は慌てて付け加える。
「あ、あくまで理論上はな?」
そう言うと彼女は腕に付けたバンド……何か丸いものが付いている……をチラリと見ると教室を出て行こうとする。
「ちょっ、ちょっと!? どこ行くのよ!」
「今日は入学式で半ドンだろ? 先生も帰って来ないから昼飯食いに行くんだよ」
私たちは急いで物陰に隠れる。
ミーシャは外に出て行ってしまった。
******
昼、大衆食堂兼酒場。
「おっちゃん! いつもの!」
「バカ言え。おめえ、今日初めて来ただろ?」
「お袋の味的なヤツ!」
「いや、無ぇよ!?」
私は店長っぽいおっさんをからかっていた。
まぁ、普通に飯食いに来たんだけど。
……と、その前に。
この忙しい時期に留学なんてした、本当の目的を果たしちゃおうかね。
私は食堂兼酒場の中をぐるりと見渡した。
入り口付近には丸テーブルが並び、奥に有るのがカウンター席。
居た。
明らかに中世欧州的な国に場違いなヤツが。
店の奥、カウンター席の一番端。
明らかな和装姿の老人。
私は老人の横に行くと声を掛けた。
「じいちゃん、隣良い?」
「……うむ」
老人は短く答えた。
私は少し高い椅子に座る。
……さて。
『……あんた、何者だ?』
『……お主、何処から来た?』
私と老人は同時に話しかけていた。
『日本語』で。




