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アリの手記

アリの手記

 エドを助けるために、リリー様からシャーマン氏との面会手筈を整える様に指示を受けましたが、正直かなり難しい仕事でした。向こうは本当に仕事とお金にしか興味がないような人だと言うことは有名な話でしたので。何か相手に対して、メリットが生じる条件を提示しなければ難しいだろうということは最初からわかっていました。

 それについて、リリー様に相談しますと、『大丈夫。向こうが難色を示すようであればこれをシャーマン氏だけに見せるように』と、そう言って一通の手紙を受け取りました。私は、内容を確認してもいいかとリリー様にたずねると、了承してくださったので、中身を確認しました。


――山形ゆうの母親を殺害したのはお前だろう――


 リリー様の筆跡ではっきりとそう書かれておりました。

 私は、一体それが何を意味するのかがわかりませんでしたが、

『大丈夫だから』

 と、リリー様が仰られるので、それを信じて、手紙をスティーブン・シャーマン氏の秘書宛てに送りました。もちろん、リリー様が指示されたようにスティーブン・シャーマン氏、本人が書面を確認するようにと但し書きをつけて。

 もしリリー様の手紙で効果がなければ、次の手を考えなければならないと思っていた矢先、先方から了承の返事を得て、本当にリリー様の指示する通りになったことに驚いたものです。それをリリー様に伝えると、嬉しいような悲しい様な複雑な表情を見せながら、

『とりあえず、エドを救出す第一歩ね』

 そう言って、私をねぎらってくれました。

 でもその後にリリー様は表情を暗くして、私にこう言ったのです。

『私はスティーブン・シャーマン氏を殺害すると思う。もし、私の作戦が失敗したら、エドとアリにも迷惑をかけることになるかもしれない。だから、エドを救出したら、二人だけで他国に逃げるように』

 何を言っているのか一瞬、意味がわかりませんでした。

 なぜ、リリー様がスティーブン・シャーマン氏の命を奪おうとするのか。私がリリー様にお仕えしてから、シャーマン氏との接点はほぼありませんでした。貴族のご令嬢がなぜそこまで? その理由を聞こうと口を開きかけたのですが、リリー様のその覚悟の決めた表情をみるとその理由を聞けなくなってしまい。私は、リリー様に何があったとしても最後まで御側に控えますと、申し上げました。


 スティーブン・シャーマン氏と会談するその日。

 彼を殺害すると予告していたのですから、よっぽど特殊なお召し物を着て行かれるのだと思いましたが、普段と変わらぬ装いで、シャーマン氏との会談に臨まれたその様子を見て、私はふと、あの時のリリー様の言葉は思い余って出てしまった言葉なのだと思ったのです。

 エドがサマン重工にいいように使われて、生死の境をさまよっている情報を得た時、私自身も腸が煮えくり返る思いでした。恐らくリリー様も同じ気持ちで、抑えが気がず、その言葉が思わず出てしまったのだけなのだろうとそう心に結論をつけてみたのですが、――やはり、リリー様が事前に仰られてた様に事件は起きてしまったのです。

 しかも、容疑者として拘留されることになり、私は動転しました。

 どうにか手をまわして、リリー様をお救いしなければと拘留所で申し上げますと、

『大丈夫。心配しないで。このままで大丈夫だから』

 と、リリー様は話されます。

 拘留所には、騎士団の担当者や、検察官の女性担当者が何度か訪れました。そこで、リリー様が証言する内容を聞いていると、どうも、リリー様は本当にシャーマン氏の殺害には関係のないことしか話さないので私はほっとしたのですが、彼が殺害された、執務室がかなり特殊な空間だったことから、捜査が難航していたのことも知りました。

 取り調べに来る者たちの様子を見ている限り、誰もが状況的にはリリー様だと思われるのだが、まさか貴族令嬢がそんなことが出来るはずがないと思われているのも伝わってきたので、これならば近いうちに拘留もとかれるだろうと思っていた矢先、リリー様、本人が、『裁判』を希望される旨、検事官殿に直接話されたことに驚きました。

 検事官殿が退室した後、リリー様になぜあの様なことを言ったのか、聞いてみると、

『最初から裁判に持ち込むつもりでした。心配しなくて大丈夫』

 と、言うのですが、私はその言葉を聞いてなんとも言えない不安に襲われました。

”最初”と、言うのはいつの時点を指すのか。拘留所に入った時なのか、それとも……。ともかく、事件のことは、どこで誰に聞かれているかわからないから、あまりここでは話したくないとも仰ら、それ以上のことは私自身もその時は聞くことができませんでした。

 ただ、裁判のことが伝わったのか、アスセーナス家から立派な担当弁護士が派遣されてきて、リリー様の話を懇切丁寧に聞き、絶対に大丈夫から。と、仰ってくれたので、私もその辺りは安心をしていました。


 裁判の当日。

 リリー様は覚悟を決めた様子で、お召し物を整えられると、拘留所をぐるりと見回され、

『ここも今日で最後ね』

 と、言うので、そうですね。と、私は言葉を返しました。

 当初は裁判と聞いて不安に思っていましたが、無罪の者が罰せられる訳がないのだと。むしろ、きちんとリリー様が事件に全く関係がない旨を証明が出来ていい機会ではないかと思う様になりました。

 裁判の審議は滞りなくすすみ、最後にはリリー様の無罪が証明され、私はほっとしました。

 エドは、一命をとりとめましたが、まだ治療が必要な状況でしたので、判決を伝えに行くと、ほっとしたようにベッドの中で頷いていましたが、

『真実と事実は時に異なることがある。でも、判決が出たと言うことはこれが真実であり事実になったのだろう』

 と、つぶやきました。私にはその意味がわからず、一体なんなのか聞いてみたかったのですが、エドは疲れてしまったのかすぐに目を閉じてしまったので、それ以上のことを聞くことは出来ませんでした。


 拘留所を出て、王都のネイルサロン兼住居に戻って来ると、リリー様は、

『ここを出るわ。荷物をまとめて。エドが回復したらすぐにでも出発するから』と言いました。

 私はまたネイルサロンを再開させるのだと思っていたので、目を丸くしてリリー様を見ていると、リリー様はご自身の創造力のスキルを行使して、とある物体を作りました。

 それが何かと聞くと、”拳銃”というものだと教えてくれました。

 リリー様はそれをつかって見せてくれると言い、両手で構えるとパン。っと音とともに、目にも見えない速さで鉛の玉が、拳銃の筒から発射されて、玄関にあるお客様専用のロッカーに当たりました。このロッカーは、盗難防止のために、かなり頑丈に作られたもののはずなのですが、その側面に鉛の玉がのめりこみ、穴が開いてしまっていしまうほどでした。

 リリー様は何も言わずに私の方を見ます。

 私は、その時に理解したのです。リリー様はご自身で最初から仰ったことを実現させたのだと。だからこそ、もうこの国にはいられないのだと。

 わかりました。すぐに旅立てる準備をします。

 私はそう言って、仕度をするために二階に駆け上がりました。




 この手記を残したのは、リリー様から指示を受けたためです。

 もうおそらく私たちがこの国に戻って来ることはないでしょう。ですが、シャーマン氏が亡くなって、悲しまれる方もいるかもしれません。そういった方に向けて、本当のことを残すべきだとおっしゃられたので、この手記を残します。

 ですが、あなたがこの手記を読んでる頃には、私たちはもうこの国にはいないでしょう。

 おそらく別のどこかの町でネイルサロンを始めた頃かもしれません。

 それでは皆さまお元気で。


最後までお読みいただき本当にありがとうございます。


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