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突如として入ってきた知らせは母の死だった。
交通事故。
即死。
「誠に申し訳ございません」
ようやく意識を取り戻し、目の前の見覚えのある男の顔をじっと見つめた。
「母はどうして……?」
商店街の一画で、小さな小料理屋を営んでいた優しい母の顔だけが何度も思い出される。家庭的な味付けが大好きだった。その味につられて、多くはないが常連客もおり、細々と店を続けていた。娘のゆうは、どうも料理の才能は芳しくなかったが、手先の器用さを母親から受け継ぎ、ネイリストとして仕事をしていた。
いつかは、自分の店を持ちたいと考えながら。その辺りは、母の影響だったもしれない。
そんな母がいつからか、奇妙な表情を浮かべていた。
確かあれは、数ヶ月前。――
「立ち退きを検討していただけないでしょうか」
幾度となく母の店に尋ねて来た人物は、この商店街の会長である。
「ですが……」
母が曖昧に返事をすると、
「今時もう商店街は流行らない。外資系の企業が高くここを買い取ってリゾート施設にすると言っているんだ。私達はその方針に賛成なんだが、反対しているのはお宅だけでね。どうしても料理を続けたいと言うのなら、ホテルの厨房で働きたいと希望を出したらいいじゃないか」
商店街は軒並みシャッターが常時下りたままの店がほとんどだ。
母はそう窘められても、通ってくれる人がいるからその人がいる限りは店を続けたいと粘っていた。その母の後ろ姿をゆうは厨房の奥から見つめていた。
笑うと歯茎が見えるほど口角が上がり、奥で金歯がチラリと光る。不愉快な男だと思っていた。
交通事故はその矢先に起った。
「お母様も流石にそろそろお年だったのでしょう。彼岸の向こうでゆっくりと休んで下さることを願っております」
電話口の男は厭味ったらしくそう言った。
電話を切り、現場に急行したが、母はもう病院に連れ去られていた。現場の警察官からは、不幸な事故だと話す。
それは夜の商店街。
電話口の男が、車で走行していると、ちょうど店を閉めて出来た母が急に車の方に走って飛び出してきたため、ブレーキが間に合わず、轢いてしまったと言うのだ。時刻は夜の十一時。なぜそんな時間に車を走らせていたのか。――本人の言い分としては、事務所に決算の大切な書類を置きっぱなしにしてしまったのを思い出して取りに向かったと言うが、言い訳などいくらでも出来るし、事故なのかどうかわかりかねた。
つまり、故意に起こした事故なのではないか。だが、今更そんなことを言ったところでこじつけだと相手にしてくれないだろう。証拠もない。心の中で何を思おうとも、そんな感情をくみ取ってくれることもなく。母の死をきっかけに商店街の店を継続していくことを希望していた人達も、数がどんどん少なくなってしまったのだと聞いた。
店はもともと、商店街で有していた土地だったので、母が亡くなるとアッという前に、重機が商店街のアーケードを襲撃したのは、言うまでもない。
無慈悲にもリゾート施設は少しずつ姿をあらわにしていく。
「あのじーさん。上手い事やったもんだよ」
「あんまり大きい声だすなって。誰かに聞かれていたらどうするんだ」
職場のネイルサロンの飲み会ので着ていた料理屋でゆうは偶然にもその会話を耳にしてしまった。
母が亡くなりばたばたとしていたので、そう言ったイベントには久しく参加をしていなかったが、仲のいい職場の友人に誘われて、久しぶりに参加してみるとこれだ。
トイレに立つフリをして声がした席の方をちらりと見ると、思った通り見知った面々が顔をつき合わせて、ジョッキを持ち、笑い声をあげている。
憎たらしい。今すぐにでも叫びだしたい気持ちにかられるが、それが出来ない。なによりも不甲斐ないのはゆう自身だと思っていた。
もっとも仕事がいそがしいことを理由にせず、どうして母に寄り添ってあげられなかったのか。
だからこそゆうは、今度は家族を、自分に寄り添ってくれる人を大切にしようと決心した。




