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休廷

「検事官様」

 パタパタとこちらに向かう足音に振り返ると、エリアナ・スピークスが息を切らせて、走っている姿があった。

「先程はこちら側の証人喚問に応じて、証言していただきありがとうございました」

 グウェンは一礼する。

「いえ、とんでもありません。少しでもリリーさんや皆さんのお役に立てるのならと思っていましたので」

 エリアナはそう返すが、彼女の言葉の歯切れが悪い事に気が付く。

「少し先が検察官の控え室なんです。宜しければ、そこまで一緒に行きませんか?」

「あ、お願いします」

 戸惑った様子のエリアナだが断ることはしない。こくりこくりと頷き、グウェンの後に続いた。

 控室と言ってもそう豪勢な部屋ではない。作業が出来るデスクや、食事と休憩のためのソファーとテーブルがあるくらい。グウェンはエリアナにテーブル前のソファーをすすめる。

「すみません」

 エリアナが恐縮した様子で座るのを横目に確認し、ポットから二人分の紅茶をカップに注ぎ、部屋に用意されていた軽食を持ってテーブルに戻る。

「よろしければどうぞ」

 エリアナはそう言ったっきりで、手を付けようとしないが、グウェンは紅茶を一口のんで軽食に手を伸ばし、

「何かお話が?」

 エリアナは小さく頷く。

「すみません、この後もまだ法廷はあるので、食べながらでもいいですか?」

「もちろんです。こちらこそ押しかけるように来てしまって申し訳ございません」

 エリアナは頭を下げる。

「いえ。何か気になることでも?」

 エリアナはスカートを膝を上でぎゅっと握りしめ、グウェンを見た。そのただならぬ彼女の雰囲気にグウェンまで、不安な気持ちにさせられる。

「あのペンのことなんですけれど」

「ペン?」

「私がリリーさんに送った、証拠品としてあげらていた」

「ああ、あのペンですね。それがどうかしましたか?」

 グウェンはなんだペンの話かと思い、緊張が解け、魚のペーストが塗られたサンドイッチをもう一つ、つまみあげる。

「あのペンには実は、特殊な加工がほどこされておりまして」

「それはアスセーナス様から伺いました。エリアナさんが特別に誂えてプレゼントされたもので、他に同じものはないと」

 その話を聞いた時の、リリーの優しい表情がふと浮かぶが、目の前に座るエリアナはそれと相反して、複雑な表情を見せる。

「それはそうなんですけど、他にも……私もプレゼントを渡した時には、気が付けなかったのですが、後からのペンを製作した私の親族に聞きまして、あのペンにはスキルを打ち消すことの出来る効力が備わっていたのだと聞きました」

「スキルの打ち消しですか?」

「はい。使えるのは一回きりだそうです。私、そのことをさっきまですっかり忘れてしまっていて、でも今日の裁判で、スキルの痕跡を消すとか、そう言った話が出て来た時にはっと思い出しましたの。それで、あのペンの事を聞かれた際に、私がリリーさんにプレゼントしたことは、もちろんお話しましたけれど、その機能がついていたことは、お話していなかったとそう思いまして」

 エリアナが申し訳なさそうに話す。グウェンはサンドイッチと紅茶を一緒に飲み込んで。

「大丈夫です。ご安心ください。今、伺いましたから」

 鷹揚にそう答えたが、内心どきりとしていた。

 リリー・アスセーナスが持っていたペンはもちろん、グウェンの方でも確認していた。なんの変哲のないペンでスキルの有無も確認済だ。もし、特殊効果があるのなら、すぐにわかっただろうがその様な効果についての痕跡があったとは、報告は受けていない。

 そうすると、つまり…………目の前のエリアナの話が本当だったとすると、リリー・アスセーナスはその力をどこかで使用したことにならないだろうかと思った時に、背中を冷たいものが走って行く気がした。

「あの――、すみません」

 呼びかけられて、ようやく現実世界に引き戻される。

「すみません、少し裁判のことで思いついたことがあったので」

「いえ、こちらこそお忙しい中、押しかける様に来てしまってしまいすみません。そのことがちょっと気になったので、お伝えしたかっただけなんです。そろそろ行きますね」

 エリアナはさっと立ち上がると、引き留める間もなく、部屋を出て行った。

 一人残されたグウェンは、ぼうっとどこでもないどこかをぼんやり見つめていた。 

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