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証人 エド・ヴァルマ

「その点について確認するため、証人を呼んでいます。よろしいでしょうか?」

「許可する」

 グウェンの指示で、証人席に立ったのは、リリーの執事であるエド・ヴァルマ本人である。リリーネイルで彼に会ったことのある者なら、その風貌の痛々しさに驚いただろう。

 頭部はその隙間から、銀色の髪の毛が弱々しく、飛び出させ、包帯でぐるぐる巻きにされている。歩き方もぎこちなく、満身創痍。その言葉が今の彼にぴったりと当てはまる。

「名前を名乗っていただけますか?」

 裁判長の問いかけに、エドは空気を張り詰める。

「エド・ヴァルマ。リリー・アスセーナス様の執事として従事しておりました。しかし、今回の戦争で私自身のスキルが評価され、アンバー王国の特殊部隊に所属しておりましたが、様々な事由でサマン重工に」

 法廷内がしんとする。

 あまりにも痛々しい見ために傍聴席には、思わず顔を背けるものもいた。

「動くことするはままない傷だらけの状況から、最初は担当医の許可がなかなか下りませんでした。しかし、ご本人が強く希望されまして……それで、短時間であればと許可を得ました。ですので、もし体調の悪化が認められた場合は、退室される場合があることをご承知おきください。それで。早速ですが、伺います。具体的にサマン重工ではどの様な職種に従事されていたのかをお聞かせください」

「はい。私が与えられた業務は一点。スティーブン・シャーマン氏の護衛です」

 法廷内にざわめきが起こる。

「その件で伺いますが、シャーマン氏は日常生活で命を狙われることがよくあったのでしょうか?」

 エドはゆっくりと頷く。

「一般の方であれば、命を狙われる経験なんて、ほとんどないかと思いますので、私がする話に疑念を抱かれる方もいるかもしれませんが、本当のことです。そして、私の感覚で、一週間に数回。そう言った事がありました」

「一週間の間に数回もですか?」

「はい。しかも相手はプロの暗殺者ですから。こちらも非常に難儀しました。この怪我もその時に負ったものです」

「その、体調は大丈夫なのでしょうか?」

 エピソネ弁護士が思わずと言った様子で、言葉を挟む。通常であれば、現在の発言権はグウェン側にあるので、発言権がない者が言葉を発した場合、裁判長に制されるのだが、今回は質問の内容が内容だったためか、制することはなくそのまま続けられた。

「はい。でも、リリー様が来てくれなかったら、今ここにはいられなかったでしょう。サマン重工では私たちのような存在は使い捨てですから。使えなくなるとすぐに廃棄されます。そうやって命を落としてしまった仲間を私は幾人も見送って来ました。だから、この怪我を負った時、今度は私の番が来ただけなんだと思っていました。もともと私は貧民街の出身で、本来であれば、もっと早くに命の灯なんて消え去っていたでしょう。それが、リリー様のおかげでここまで生きてくることが出来ました。ですから、死を目の前にした時、命が惜しいというよりは、もっと恩義に報いたかったと思いましたね。ですが、今回もリリー様の配慮があってぎりぎりの所でまた命を救われマトモな治療を受けることが出来て、今ここに立っている訳であります」

 エドは淡々とそう話すのだが、ここに至るまで、どれだけの苦汁をなめて来たのか。その痛々しい姿を見ると計り知れない気持ちになる。

 グウェン自身も最初は貴族令嬢がわざわざどうして単身で戦場へ行ったのかと理解に苦しんだが、エド・ヴァルマ自身に会い、話を聞くと、そんな疑問はどこかへ飛び去ってしまった。恐らく、この法廷内にいた誰もがそう思った事だろう。しんみりとした雰囲気を打ち破る様に、咳払いをし、質問を再開する。

「先ほどの発言に対しての質問ですが、そうすると、シャーマン氏は日常的に命を狙われることがあったと言うことですね?」

「はい」

「その首謀者が誰かは特定してましたか?」

 少しの間があって、エドは首を横に振る。

「いいえ。わかるのは送られてきた暗殺者はかなり手慣れた者たちばかりだったことです。襲撃を退き、襲撃してきた者の一端を捕らえても、痕跡は全くありませんでした。特殊なスキルに長けた者たちだけを集めた暗殺部隊だったのでしょう。ですが、それがいつも同じところからと言われるとそうとは限らず――その、少し聞き取れた言語から察するに様々な国から仕向けられていたのかと」

「アンバー王国からと思われる暗殺者はいましたか?」

「はい」

 ざわめきが大きくなる。

「アンバー王国からだと、どうしてそこまで確信されているのですか?」

 エドは少し視線を背けた後、

「証拠も物証もありませんが、見たので」

「見たと仰られるのは?」

「今からお話するのは、私がその時に見たままの事実です。そうご理解いただけるでしょうか?」

「わかりました。続きをお願いいたします」

「襲撃者の体の一部に、特徴的な紋様を見たのです。恐らく――――エブラタル地区の住民ではないかと思いました。彼らは特徴的な紋様を体にほどこしていますから」

「それを見たのですね?」

「はい。薄暗く、相手の着物の袖の部分がちょっとまくれあがったので、それで目に入りました。一瞬のことでしたので、その時はそうとも思わなかったのですが、後でよく考えて、あれはエブラタル地区の紋様だろうと思い至ったものですから」

「それは確かな事ですか?」

 裁判長自ら、問いかける。グウェンはエドを見守ることしか出来ない。エブラタル地区は、アンバー王国において、非常にセンシティブな問題だ。エドはたっぷりと間を置いた後、

「はい。私はそれを見た時にそう思いました」

 はっきりとした口調でそう告げた。

 判事たちがざわめく。

「シャーマン氏はエブラタル地区と何等かの衝突があったのでしょうか?」

 グウェンはこの言葉を口にして、後には引きさがれないなと思った。

 裁判長や判事たちはグウェンのこの発言を嫌がるだろう。サマン重工だけではなく、アンバー王国としても蓋をしてしまいたい案件であるから。

「わかりません。ただ、それからよく襲撃の相手方をよく見る様にしていて、時々エブラタル地区出身の暗殺者が混じっている印象を受けました。それで、何かの折にサマン重工の幹部の方に聞いたことがあります。なぜ、エブラタル地区から襲撃されるのかと。その回答は簡単なものです。彼らは毒とも爆弾にもなる使用済み魔石の廃棄処理の仕事を押し付けられており、その怒りの矛先がアンバー王国を通りこして、シャーマン氏、魔石を採掘しているサマン重工に飛び火しているのだと言いました」

 エドの言葉に法廷内はしんとなる。裁判長はなんとも言えない表情を見せた。

「検事側。この裁判に置いて、証人のこの発言は本当に必要なものだったのか?」

 凄みを帯びた裁判長の視線を向けられたグウェンだが、もう怖いものはなかった。

「私が申し上げたいと思ったのは、スティーブン・シャーマン氏を殺害した本当に犯人についてです。つまり、被告人以外の犯人像について、まだ可能性の段階ですが、申し上げたいと思った次第です」

 本当はそれ以外にもレック・ナービスの件や、マンロー氏の件も引き合いに出したかったのだが、証拠や証言してくれる人を見つけることができなかった。そもそもマンロー氏に関しては完全なアリバイがあり今回の事件について全くの無関係だという事が逆に証明された。リリーではない別の犯人を引き合いに出したかったのだが、これが精いっぱいだった。

 効果はあったようで、グウェンの言葉を聞くや否や、

「一時休廷」

 裁判長の言葉と共に木槌の音が響く。

 ほっとしたようにエドは付き添いのスタッフに連れられて、法廷を後にする。その様子をずっと心配そうな表情で見守るリリーの横顔を見ていた。

 

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