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証人 聖女ナズナ

「はい。その前にこちらを見ていただきたく」

 エピソネは弁護士席を立ち上がり、裁判長に資料を渡した。資料の形状――用紙の縁どられる柄と色などから、個人のスキルについて記されている公的文書であるとわかる。それに気づいた時に、先ほどまで議論を行っていた動機の話から、別の論点にうつったのだと認識し、気持ちを切り替えなければとグウェンはゆっくりと深呼吸をした。

 裁判長は書類を受け取ると、目をやり、両隣の判事たちにもその書類をまわす。

「これは被告人の保有スキルに関する文書であるな?」

 裁判長の鋭い言葉に物怖じする様子は一切見せない。

「左様でございます」

 エピソネ弁護士は頷き、自らの席に戻ると、

「弁護側から証人を呼びたいと思います――聖女ナズナ様」

 聖女。

 ドキリとする。またひどく大物を呼び込んだと。しかし、貴族令嬢のためにわざわざ聖女が来たのかとも疑問思ったが、証人席に来たナズナの爪先を見て理解する。つやつやとジェルネイルがほどこされた形の良い爪から、彼女がリリーネイルの上客だったと資料で見た事を思い出す。

「お忙しい中、ご足労いただきありがとうございます」

 エピソネ弁護士は丁寧に聖女に向かって礼をした。

「いえ」

 聖女は白いローブを身にまとい、頭の受けからすっぽりとレースのヴェールを被っているため、表情をうかがい知ることは出来ないが、その凛とした声が裁判所に響き渡る。

「では、聖女様、秘匿にされている事項だと思いますので、本来であれはこういった聞き方をするのはタブーかもしれませんが、一人のご令嬢を救うためだとご容赦ください。――聖女様は国民を救済する存在だと言われています。そして、相手のスキルを感じ取る力があるとも言われていますが、事実ですか?」

 傍聴席からざわめきが漏れ、裁判長は「静粛に」と、木槌を叩く。

 法廷内がしんと静まったところで、聖女ナズナが口を開く。

「はい。その聖女によって感じ方は様々でして、一概には言えないですけれど――歴代の聖女様の中では相対しただけで、相手のスキルが完全にわかってしまう者もいたそうです。流石に私はそこまでは……わかるのは、戦闘などに特化したスキルを持っているとか、大まかな感覚ぐらいです」

「戦闘に特化したスキルを持ったものに相対した時、どう感じるのですか?」

「そうですね、非常に嫌な感覚。でしょうか」

「リリー・アスセーナス嬢に対してそういった感覚を覚えましたか?」

 エピソネの問いかけに対して、ヴェール越しにわかるくらいに首を横に振った。

「いいえ、そんな様子は一切ありませんでした。もしあったとしたならば、最初に会った時点で気がついていたでしょう」

「ちなみに聖女様は被告人のスキルについてご存知でいらっしゃいましたか?」

「いいえ。先ほども申しましたが、相手のスキル名がわかる訳ではありませんので」

 エピソネ弁護士は被告人の席に座る、リリーに目を向け、

「恐れいりますが、スキルについて申し上げてもよろしいでしょうか?」

 丁寧な口調でリリー本人に確認を取る。

 下を向いていたリリーはエピソネに真直ぐな視線を向け、頷く。

「それが事件解決の足掛かりになるのであれば」

 その言葉はエピソネに対しての信頼感で溢れていた。それは当たり前のことなのだが、どうしてか、グウェンは嫉妬心を覚える。エピソネ弁護士は法廷内に向きなおると、

「被告人である、リリー・アスセーナス嬢のスキルは”創造力”です。事前に伺った情報では、他の人よりも空想する力が豊かであるスキルなのだと伺いました。実際に聖女様。このスキルの力を感じられたことは?」

「大いにあります。私にとってリリーさんは大切な友人の一人です。ですから、普段は誰にも言えない事を吐露してしまったことが過去にあったかと思います。でもそんな時でも、彼女はスキルを行使し、私に寄り添った返事をくださって。どれだけ助かったことか計り知れません。ナズナはそう言い切って口をつぐむ。しかし、今、ナズナのこの言葉は法廷の空気は、聖女の重い肩書など感じさせず、凛としてたたずむ、彼女への尊敬のまなざしと、リリーとの関係性を称賛するかのような感動的なものが広がっていた。

 タイミングを見計らったようにエピソネが口を開く。

「今、聖女様がおっしゃられたように、被告人のスキルは、”創造力”であることがまさに証明されたと思います。以上のことから、被告人のスキルをもってシャーマン氏を殺害するのは、全くもって無理な話であると証明されたと思います。そして被告人の持ち物からも、凶器と思われるものは発見されませんでした。その事から、確かに被告人は状況からみると、シャーマン氏を殺害出来る唯一の人物であったと思われるが、殺害するためのスキル、凶器などの方法を持っていなかった。よって、スティーブン・シャーマン氏を殺害した犯人ではないと断言いたします」

 エピソネが強く言い切ったその言葉に裁判長はいたく満足した様子で、こくりと頷く。

 証人としていた、聖女ナズナは、一礼して、証人台から下りて行った。

 裁判長はグウェンの方の視線を向ける。

「検察側に聞くが、凶器の特定については?」

 痛いところをつかれたとグウェンはさらに胃が痛くなる思いだった、誰にも聞こえないようにまたこっそりとため息を吐いて立ち上がる。

「結論から申し上げると、凶器の特定に至っておりません」

 グウェンの言葉に法廷がざわめき、判事たちも顔を見合わせて、言葉を交わしていた。わかっていたことだが、実際にその場に居合わせると、自分自身が居た堪れなくなる。

「特定には至ってなくとも、凶器がどのようなものだったのか、捜査は進められているのだろう?」

「それはもちろんです。胸の細い刺し傷が致命傷となっておりました。しかし傷跡に合致する、凶器の特定・発見には至っておりません」

「スキルの痕跡は?」

「何度も調査を行っていますが、痕跡は一切確認されていません。ただ、最近ではスキルの痕跡一切を消すことが出来る魔道具が出回っております。もしそれを使用されていた場合は、痕跡を辿るのが大変困難であるのは間違いないかと」

「魔道具は存在したのか?」

 裁判長の質問にグウェンはこくりと頷く。

「サマン重工では」

 調査によって、サマン重工では第三者の襲撃に備えるために、会社の至る所にさまざまな魔道具が設置されていたのを確認している。ただ、執務室にはそう言った魔道具はなかった。秘書に確認したが、執務室の全てはシャーマン氏自らが管理していたので、秘書も詳しくはわからないと話していた。

「では、執務室にそういった魔道具があってもおかしくないという訳か。しかし、先ほど弁護側が発言していたように、いくらそう言った魔道具があっても、被告人がそれを使用する意味がない」

「しかしながら、今の検察側の発言から、本当の真犯人は、そう言った特殊スキルも所持しており、魔道具を使用し、シャーマン氏を殺害したと考えられると思います」

 裁判長の言葉に食らいつくように、エピソネ弁護士がそう発言する。裁判長はエピソネの考えに納得した様子で、何度かゆっくりと頷く。

 判事たちは互いに顔を見合わせ、意見交換を行っている様子だった。

「検察側に確認するが、今回の殺人事件の犯人はまだ名前が浮上していない第三者の可能性が高いとみているのか?」

 

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