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証人 エリアナ・スピークス

「証人、まず名前を」

 裁判長の言葉に、

「エリアナ・スピークスと申します。夫と、不動産業を営んでおります」

 エリアナはどぎまぎとしながら答える。

「被告人との関係は?」

 裁判長の声は冷ややかだ。

「リリーさん。……すみません、リリー・アスセーナス様が経営されているネイルサロンの客として通っておりました」

「それ以外でのお付き合いは?」

「ありません。アスセーナス様は子爵令嬢でいらっしゃいます。私は平民ですから、ネイルサロン以外の場所でおいそれと気軽にお声をかける様な方ではありませんので」

 緊張している様子は変わりないが、その声はしっかりと一言一句、法廷内に響いている。

「わかりました。では、検察官側。質問をどうぞ」

 裁判長に一礼し、グウェンはエリアナに視線を向ける。

「ネイルサロン以外の場では一度もお会いしたことがないと今、仰っていましたがそれは事実ですか?」

「事実です。先ほども申し上げた様に、私は主人と不動産業を営んでおります。普段は忙しくあちらこちらの物件を回っております。もしかしたら、その道すがら、すれ違ったことはあるかもしれませんが、すみません。私の方では気づいておりませんでした」

 グウェンは机の上に用意していた、証拠品として預かった品物のうち一つのモノのかかげる。

「これは貴女がリリー・アスセーナス嬢に送ったもので間違いないですか?」

 グウェンがかかげたのはペンである。

 当日リリーのバックの中に入っていた品物の一つである。エリアナは一瞥し、こくりと頷いた。

「間違いございません。リリー様から、執事の方をお探しに、助けに行かれると聞いて。以前から、ひどく心配されているご様子は目にしてきましたので、引き留める言葉はありませんでした。出来ることは、無事をお祈りするくらいのことでして。せめてお守り代わりにとそのペンをお渡しいたしました。

「すみません、お守りとは?」

 グウェンは聞きなれない単語に聞き返すと、エリアナはあわあわとした様子で、

「私がリリーさんとお話していた時につくった……言わば造語です。意味合いとしてはその……突発的な災難や事故からリリーさんの身が守られるように私の願いを託した物と言う意味です」

「なるほど。では、エリアナ・スピークスさんにとっては安全の祈りを捧げたいと思う程に、リリー・アスセーナス嬢は大切な存在だったと言う訳ですね?」

「はい。おこがましいかもしれません。私はリリーさんのことをとても大切なご友人だと思っていました」

「そこまで思われた由縁はなにかあったのでしょうか?」

 エリアナは少し視線を彷徨わせる。

「そうですね……仕事柄、色々とトラブルに見舞われることもままありまして。その度にリリーさんは私の話を親身になって聞いて、力になってくださったので、本当に助けていただいたと今でも思っています」

 グウェンは、感情をこめて話すエリアナを見て頷く。

 彼女には事前にその辺りの事については、簡単に確認をしていたので、グウェンにとっては特別目新しい話ではなかったのだが、やはりこの裁判所で発言してもらう必要があった。エリアナは言葉を続ける。

「そのような経緯がありまして、だからこそリリーさんから執事のエドさんのことを打ち明けられた時は、今度は私がリリーさんのことを応援してあげたいと。そんな気持ちで一杯になって、それでのそのペンをお渡ししました」

 エリアナはそう言い切って口をつぐむ。今度はグウェンの番だと思い、小さく息をして裁判長を見上げた。

「今の話をお聞きの通り、エリアナ・スピークス氏と被告人の関係はネイルサロンの客と従業員を越えた繋がりがあったのではと確信をしております。それは、エリアナ・スピークス氏側だけでなく。被告人であるリリー・アスセーナス氏も同じ気持ちであったかと推測します。その根拠は彼女は、エリアナ・スピークス氏から渡されたお守りであるペンをずっと持ち歩いていたからです。この押収品は、スティーブン・シャーマン氏が亡くなった現場で、騎士団が押収したものだと証明されています」

 グウェンの言葉と共に今回の騎士団の責任者である、デュランが席を立ち上がる。

「私が当時、現場を取り仕切っておりました。間違いございません」

 発言すると、静かに席に戻る。

「では、エリアナ・スピークスさんに改めて質問致しますが、被告人である、リリー・アスセーナスしから彼女の執事であるエド氏の話を聞いたことはありましたか?」

「はい。戦争になる前にネイルサロンでお会いしたことはありました。そのころから通っておりますから。あ、でもすみません。リリーさんから聞いたことがあるかと言う質問でしたね。ございます。特に、戦争で召集されてからは非常に心配されているご様子でした。連絡が取れなくなってしまってからは殊更に」

「スピークスさんから見て、エド氏の話をされる際の被告人はどんな様子でしたか?」

「あくまでも私から見た様子だとご理解いただきたいのですけれど。とても心配されている様子でした。まるで自分ごとのように」

「以前からエド氏のことになると感情を荒げられるなどそういった点は見受けられましたか?」

 エリアナは少し考えた後に否定の言葉を述べた。

「いえ、そもそも戦前はそう言った話になることがありませんでした。先ほども申し気たように、以前は執事として働いていらっしゃるエドさんの姿を私もお見受けしたことがあります。その頃は、特にそう言った話をしたことはありませんでした。ただ今回は大変心配されて、リリーさんの方から、ぽつりと漏らした言葉を聞きました。ご家族も同然の存在であるのに全く連絡が取れずに安否について非常に心を痛められているのだと」

 グウェンは頷き、裁判長の方に視線を向ける。

「今の証言の通りです。被告人は家族同然に思っている、執事の処遇に対して心を痛められ、シャーマン氏に直談判に行ったのですが、話が決裂し、今回の事件が発生したものと思われます」

 裁判長と両隣りに座る判事たちは、互いに小声で何かを囁き合っていた。裁判長は、木槌を叩く。

「これについて弁護人。反対尋問があれば」

「はい」

 呼びかけに対してエピソネ弁護士が応じ、椅子から立ち上がる。

「エリアナ・スピークスさんに問いますが、被告人であるリリー・アスセーナス嬢から、逆にスティーブン・シャーマン氏やサマン重工に関しての話を聞いたことはありましたか?」

「いえ。私が覚えている限りではなかったと思います」

「では、被告人が誰かのことをひどく言ったり、恨んでいるとか、罵ったりしている言葉は?」

 エリアナは表情をこわばらせながらも首を横に振る。

「いいえ。そう言った言葉をリリーさんの口から聞いたことはありません。リリーさんは誰かの悪口を言われたり、噂話で人を判断される様な人ではありませんでしたから。いつも事実に基づいてご自身の意見を述べられる方でしたので」

 エリアナの言葉から、リリーの誠実な人柄がこの法廷に印象付けられただろう。負け戦であることは最初からわかっていたが、エピソネ弁護士が発言する度にグウェンに見えないナイフが刺さっていく様なそんな気がしてならなかった。

「検察官殿がご指摘された通り、大切に思っている家族同然である、執事が不当な扱いを受けている。その事実について被告人が怒りを覚えたのは事実でしょう。しかし、彼女の人柄を考えてみてください。殺意まで浮かぶでしょうか? 彼女は子爵令嬢です。血族関係を辿れば、フリッツ商会。そして、彼女の姉は、アンバー王国でも指折りの外交官の妻です。少しその手を伸ばすだけで、殺害ではない解決法が沢山あったにも関わらず、わざわざ殺人を選ぶのはあまりにも浅はかな決断であると思われますがいかかでしょうか」

 グウェンはその点を指摘され、ぐうの音もでなかった。エピソネ弁護士が言う通りである。何も持たざる平民であれば、ある意味短絡的な行動にでることもやぶさかでないかもしれない。しかし、果たしてリリーはどうして他にも沢山の選択肢がある中で、殺人と言う手段を選ばなければならなかったのか。もし考えられるとしたのなら、それだけ強い個人的な怨みがシャーマン氏にあった場合が考えられるが……グウェンの思考を読んだように、エピソネ弁護士は話を続ける。

「とすると、考えられる要因は被告人が、シャーマン氏に対してかなり強い殺意を抱いていた可能性であるが、エリアナ・スピークスの話によると、被告人からシャーマン氏、しいてはサマン重工の話は聞いたことがないと言う。もし本当に個人的な何かがあるのだとするなら、客とは言えど、仲良くされていた知人にちらりともらすことがあるのが普通だと思います。しかしそれも全く無い。もちろん、シャーマン氏やサマン重工について知識としては持っていたでしょう。私も被告人の交友関係、ご家族に確認をしましたが、顔を合わせたことは何かの折にあったかもしれないが、個人的な付き合いはないと聞いています」

「しかし、エド氏の事は事実です」

 グウェンは苦し紛れではあったが、反論する。

「その件についてもよく考えてみてください。そもそもエド氏が所属する部隊がサマン重工に行くきっかけは何だったでしょう?」

 エピソネ氏の鋭い視線が突き刺さる。

「アンバー王国がサマン重工に不当な値下げを要求し交渉が決裂した結果です。本当にエド氏が原因だったとすれば、サマン重工だけでなく、アンバー王国にも怒りの矛先が向くべきではありませんか?」

 法廷内がざわめいた。

 確かにエピソネ弁護士の話す通りである。もし、シャーマン氏に恨みを抱くと言うのなら、同じようにアンバー王国の高官にも同じような感情を抱くのが道理であろう。

「再度言わせていただきますが、被告人個人としてシャーマン氏に対しての関係性、個人的な感情は持ち合わせていなかったと以上の観点から、スティーブン・シャーマン氏を殺害する動機が不在だと明言いたします」

 裁判長は何度か頷き、再度グウェンの方を見る。

「検察官側、何か異議申し立てはあるか?」

 グウェンは素早く頭の中に考えをめぐらせ、例えば、リリーがスティーブン・シャーマン氏から何等かの理由で危害を加えられそうになりそれに抵抗した、突発的に起きた事件だとしたらとひらめくが、以前、シャーマン氏の秘書から彼は全くもって女性に興味がないとの証言を思い出し、その線で攻めたとしても、あのエピソネ弁護士に見る影もないほど追い込まれ、惨敗に終わるだけだと思った。

 それにもしそうなら、あの聡明なリリーはそんな嘘などつかずに、最初から自ら犯した物事を告白するだろうと思われた。

「いえ、ありません」

 そう言うしかなかった。

 今回の裁判でエピソネ弁護士に勝てる点があるとすれば、この動機の点のみだったのだが、結局はこの様である。

 やはり百選錬磨の弁護士には手も足も出ないのだと思い知らされる、エピソネ弁護士の方から視線を感じたが、目を合わせたくなかったおで、気付かぬふりをした。

 証人である、エリアナ・スピークスが退席し、裁判長が木槌をたたく。

「では、次に弁護人の方から」

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