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アンバー王国貴族専用裁判所

「静粛に、静粛に」

 裁判官席の中央には、黒のローブを羽織った判事たちがずらりと並ぶ。一人、黒字の赤の刺繍がほどこされた法服を纏う初老の男性が裁判長である。木槌を叩き、声を振るうと、水を打った様に静まり返る。

「これより、リリー・アスセーナスの裁判を開始する。証人を……」

「裁判長」

 隣の判事が、こほんと咳払いをし、

「ん?」

「証人よりも、罪状を先に読み上げてください」

 裁判長に耳打ちをする。今度は裁判長はこほんと咳払いをし、

「ああ、リリー・アスセーナス。其方の罪状は殺人容疑である。詳細は検察側から」

 貴族専用裁判所は、名前の通り、法をつかさどる神聖な場で、判事たちの後ろの壁、上部には片手に天秤もう一方の手に剣。目を隠した方を司る女神が描かれている。

 裁判長の両隣りには判事が三名、一番端の席には書記官が着席してる。

 誰もかれも顔を見たことがある有名な判事たちで、グウェンはこぶしを握りしめる。貴族裁判所の判事は熟練した面々ばかりで構成される。つまり、裁判に万が一があってはならない。それは冤罪を防ぐ目的でもあるし、逆に本当に貴族側に罪があった場合、やはり法律にのっとり法の裁きを下すは必要がある。それには新人の判事ではやはり重荷に感じる場合が多いため、熟練の判事が集められるのだが、検事はそうではない。

 相手は貴族。

 ということは、迎え撃つ弁護士も相当の手練れの場合が多い。つまり検事官に取っては、ただの負け戦をやっているのと同義で。ある程度の研鑽を積んだ、検事たちはよっぽどの勝算がない限りは名乗りをあげない。つまり、そう言った裁判は全て新人の検事官――グウェン達に回って来るのだ。

 失敗から学べではないけれど、裁判の場数を踏むためだと先輩検事官たちは皆言うが、要するに、彼らは自分たちの名前に傷をつけたくないだけだと言うことも充分にわかっている。

 グウェンは席を立ち上がると、判事たちの居る方と法の女神に向かって、一礼し、法廷の真ん中に座る被告人である、リリー、その反対側に座る弁護士のエピソネ、最後に傍聴席にも一礼した後、裁判長に向きなおると軽く咳払いをする。

「リリー・アスセーナス嬢には現在、スティーブン・シャーマン氏の殺害に関する疑いがかかっております。その理由としまして、第一に、シャーマン氏が殺害された部屋が外部からの干渉を防ぐ特殊な構造の部屋だと言うこと。第二に、絶命したシャーマン氏と一緒に居た、唯一の人物であると言うこと。以上の明確な事実から、シャーマン氏を殺害出来得る人物がリリー・アスセーナス嬢以外にいないと判断されました。この見解は騎士団と私ども検察側で綿密な調査を行った上で申し上げている次第です」

「異議あり」

 よく通る声で、エピソネ弁護士が立ち上がる。

 ブルーグレーの仕立ての良いスーツをまとった弁護人席に座る彼には、一部の隙もない。検察官として立つグウェンは、大きな丸眼鏡に、黒髪をひっつめ、着古した黒いワンピースドレスを纏う。恥ずかしくなるほど、対照的な恰好をしていたが、これがグウェンの一張羅であるからどうしようもない。

 せめて気圧されぬように足を力をこめ、弁護人が座る席の方を見つめる。

「うむ。弁護人の発言を許可する」

 裁判長の声にエピソネは礼の姿勢を見せた。

「ありがとうございます。今の検察側からの話ですと、動機、証拠が決定的に欠けております。状況証拠だけで、リリー・アスセーナス嬢に嫌疑をかけている。それはいかがなものかと。彼女を殺人犯であるとするのであれば、その二点を揃えてから申し上げていただきたいものです」

 エピソネはそう言って席に座る。

「今の弁護人の言葉について、検察側は反論はあるかね?」

 しんとした空間で、判事、弁護人、そして、傍聴席からも冷たい視線が痛いほどに突き刺さるのを感じる。正直なところもう既に胃が痛くなりそうで、逃げ出したくなる衝動に駆られる。それをぐっとこらえて、小さく息を吐いた後、グウェンは口を開いた。

「現在、殺害に使用されたと思われる凶器やスキルの特定には至っておりません。ですので、その点についてはこの裁判を通して明らかにして行きたいと存じております。ですが、動機の部分については、あります。リリー・アスセーナス嬢に仕えていた執事で、エド・ヴァルマという人物がおります。彼は今回の戦争に徴兵され、不当にサマン重工に送り込まれ、ぼろ雑巾の様に扱われたそうです。リリー・アスセーナス嬢はエド・ヴァルマ氏の解放を訴えるために今回のシャーマン氏との会談に臨まれたと経緯を確認しています。裁判長。こちらに関しては私の口からではなく、証人喚問をおこない証明したいと思うのですが」

「許可しよう」

 裁判長は木槌を叩いた。

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