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エピソネ弁護士

 グウェンはアンバー王国最高検察局の自身のデスクで盛大に大きなため息を吐いていた。

「向こうにお客さんが来ている」

 同僚に肩を叩かれ、示す先に居た人物を見て、再度大きなため息を吐いた。

「今、行きます」

 とりかかっていた仕事をすべて置いて、席を立ち上がり、仕立ての良いネイビーのスーツを着た男性の元に向かう。

「お待たせいたしました。ここでは何ですので、どうぞこちらへ」

 グウェンはいくつかある応接室の中で使われていない部屋を確認し、その部屋に案内する。

「なにか飲み物を?」

「いいえ。時間が惜しいので、このまま。前置きは失礼して、さっそく本題に入らせていただきたいのですが、私はリリー・アスセーナス嬢の弁護を担当させていただく予定のギュネイ・エピソネと申します」

 エピソネ弁護士はグウェンに手を差し出した。

 もちろん、彼の名前は知っている。貴族を専門とする敏腕弁護士。以前から、アスセーナス家の担当もしているはずだ。

「担当検事官のグウェン・マウンテンと申します」

 胃をぎゅっと掴まれる様な緊張感が部屋の中に走る。ぐっとそこを飲み込んで頭を下げる。

「まず、アスセーナス家から不当な拘留についての抗議があると話を受けているのですが」

 するどいナイフを喉元に中てられたようなそんな気分だ。グウェンは一瞬でもスキや弱さを見せては終わりだと思い、

「不当ではございません。正統な手続きを経ております。それに現状、スティーブン・シャーマン氏を殺害可能な人物は、リリー・アスセーナス嬢以外にいないのも事実ですので」

 嘘はない。客観的な見解からだった。 

「ですが、動機の面で考えればいかかでしょう? 検事官殿の方でも調査は進められているのでしょうから、あえて私からご説明は不要かも知れません。彼女以上にシャーマン氏の殺害についての動機を持っている方々が多く居ると思われますが、その辺りについてはいかでしょう? もし、存知ないとのことでしたら、捜査不測を指摘させていただきたいと思いますね」

 グウェンは痛い腹をつつかれ、さらに気持ちはげんなりとする。しかし、弱味を見せないように表情はあくまでもポーカーフェイスを貫く。

「もちろん存じております。そちらの方の捜査も続けておりますが、動機がリリー・アスセーナス嬢の何倍もある方でも、アリバイが強固で崩せないのです。それでも数人、望みをかけて捜査を継続していますが、残念ながらかなり時間がかかっています。私共としましても、不当拘留はあってはならない認識でいますが、現状ではこれ以上の手がないのも事実でして」

「それで裁判を選択されたのですか?」

 エピソネ弁護士の声がさらに鋭くなる。

「裁判を望まれたのは、私共ではなく、アスセーナス様からです」

「そちらが、強制的に言わせたのではないですか?」

「違います。私は、万が一があってはならないので、そこに踏み切れないでいました。しかし、アスセーナス様は犯人が割り出せないのなら、逆に自身の無罪が証明されれば、と仰られて。犯人を割り出せない私たちにも非があるのは重々承知しております。そんな中で、アスセーナス様は捜査に非常に協力的で理解を示してくれています。ですから、私達も一刻の早く拘置所から出たいと考えられているアスセーナス様の意向をなるべく早く叶えたいと思っています。でも、この現状では、犯人を挙げるよりも、アスセーナス様の無罪が証明される方が早いと思われる意見もそうだなと思ったのです。完全に白だと証明されれば、これ以上アスセーナス様にご迷惑をおかけすることもなくなるのは事実ですし」

 グウェンは一時、感情的になり声を荒げてしまったが、徐々に落ち着きを取り戻し、大きく息を吐いた。

 何度かリリーと直に会って話した印象からリリーは”白”だとグウェンは直感的に感じているのも事実。しかし、推測だけではどうしようもない。もしかして、リリーを裏で操っているなにがあるとも限らないのだから。その可能性を考え、逆にグウェン提案することは立場的に難しかったので、彼女から提案してくれたと言う点からみてもリリーの申し出は非常にありがたいものであった。

「まあ、確かに。裁判で無罪になれば、リリーお嬢様がこの件には全く関係のないことを証明できますし、そちらとしても捜査が行き詰っていらっしゃうようなので、そうすると、裁判は逆に願ってもないことなのでしょうし」

 嫌味ったらしいエピソネ弁護士の言い方に辟易しながらも、言い返す言葉が見当たらないので、ただやんわりを笑顔を見せて、言葉を飲み込む。エピソネが息を吐いて口を開く。

「わかりました。アスセーナス家の方々が気にしていらっしゃったのは、お嬢様が検察官の方々に強制をされて裁判を選んだのかと言う心配でしたから」

「そう言ったことはございません。もし、アスセーナス様が裁判を取り下げたいと仰られるのではれば、こちらはそう出来る様に、全力でさせていただきます」

「じゃあ、仮にお嬢様が裁判を取り下げたいと言ったら、どうやって不当拘留を撤回するのです?」

「その際は――捜査を進め、なんとか一日でも早く拘留所から解放してさしあげることが出来る様にいたします」

 一瞬、エピソネ弁護士の視線がグウェンの手元にに行ったような気がして、ドキリとする。目の前の人物の方が、何枚も上手であることは先程顔を合わせた時からわかっていたことだ。逆立ちしたって、舌戦で手も足も出ないだろう。それであれば、素直にあるがままを伝えるしかないとグウェンは思った。裁判を強要してないことは事実だし、リリーからの申し出だった。そこに嘘は一つもない。

「そこまで仰られるなら、私がお嬢様に会って、直接お話を伺っても特に問題はありませんね?」

「もちろんです。ただ、私の一存でと言う訳には行きませんので、正規の手続きを踏んでいただく必要があります」

「全く問題ありません」

「では、少々お待ちください」

 グウェンは立ち上がる。どの応接室にも書類棚が設けられている。話の途中で、手続きの書類が必要になった場合、毎回オフィスに戻るのは時間のロスのため、用意が可能な書類はすべてこの棚にあらかじめ収められている。そこから一通の白紙の書面を取り出してエピソネ弁護士に手渡す。

「こちらに必要事項を記載してください」

「ありがとうございます」

 エピソネ弁護士はスーツの内ポケットから万年筆を取り出すと、さらさらと手慣れた様子で書類を書き進める。

「ここからの会話は非公式で、少し伺いたいのですが?」

「え? はい」

 エピソネ弁護士が不意に顔を上げると、そんな事を言い出すので、思わずドキリとして、飛び上がる。

「検事官殿は今回の犯人についてどう思われていらっしゃいますか?」

「……正直、全くもって五里霧中の状態で。動機だけに焦点を絞っても、それらしい方は沢山いらっしゃるものですから」

 エピソネ弁護士の気安い口調に、グウェンも肩の力が抜け、気付けばそんな言葉を口にしていた。

「シャーマン氏の部屋からは、特殊なスキルの痕跡は本当になにも見当たらなかったのですか?」

「そうですね、特に見当たりませんでした。ただ、最近ではスキルの痕跡自体を消す道具だとかも、出回っていますし」

「じゃあ、犯人は自身の特殊スキルを使用して遠隔からシャーマン氏を殺害し、スキルの痕跡を消す道具をつかって、証拠を隠滅したと言うことでしょうか」

 グウェンは首を傾げる。

「調べてみたんですが、スキルの痕跡を消す道具と言うのは、はやりその場ではないと効果がないんです。ですから、いくら遠隔から殺害したとして、一度中に入って道具を使用しなければならないのです」

 グウェンは一枚の資料をエピソネ弁護士の前に差し出した。それは、事件発見当時の様子の詳細が書かれている。

「お嬢様がシャーマン氏の死の現場に居合わせ、執務室を出ると、秘書に伝えた。秘書は執務室の様子を見て、すぐに騎士団に連絡をした。現場保存のため、騎士団が到着するまでの間、中には誰も入っていない」

 エピソネが資料を読み上げた。

「それから、騎士団の現場検証が行われ、スキルの使用確認もなされましたが確認とれず。翌日、検察側でももちろん、スキルの使用の再度の確認検証を行いましたが痕跡を認めることはできませんでした」

 エピソネ弁護士は難しい表情を見せる。

「そうすると、凶器は?」

「見つかっておりません。スキルではないとすると、何か道具を使ってだと思われるのですが、現場にはなにも。ただ、シャーマン氏の傷口から、専門家はアイスピックのような極めて鋭利なもので、なおかつかなり早いスピードで胸を一突きしたのではないかと。でも現状、そんな殺傷力を持った武器はありませんから」

 グウェンは小さく息を吐いた後、エピソネ弁護士がぎろりと自身が睨まれている程、鋭い視線を浴びせられていたことに気が付く。

「本当は何と言われたのですか?」

 確信をつかれ、ドキリとした。仕方なく、

「……見たこともない痕跡だと」

「見たこともない?」

 エピソネ弁護士は身を乗り出している。

「はい。致命傷となった傷口からもスキル反応のテストを行いましたが、何の痕跡は認められません。そうすると、人の手で剣などを使用してつけられた傷だと思われるとのことですが、そうだとするとその道の達人だとか、超人とかそういったクラスの人ではないと出来ないものではないかと」

「再度確認しますが、凶器自体はまだ見つかっていないのですね?」

「はい。ただ、――現在スキル自体もしくはスキルの痕跡を打ち消すことが出来る道具と言うのもあるので、もうしそう言ったものが本当に使用されていた場合は、その限りではないかもしれませんが」

 エピソネ弁護士、椅子に座り直すと、腕を組んだ。

「そうなると、話が壮大になってきますね」

「はい。更に厄介なのことが」

「と、言いますと?」

「シャーマン氏の亡くなった場所です」

「彼自身のの執務室と聞いていますが?」

「仰る取りで、そこが問題なんです。執務室がかなりの鉄壁を誇っておりまして、シャーマン氏の許可、もしくは室内にいる人間からのアクションがなければ、扉は開かないのです」

「つまり、部屋の外に居る人間が内部に入ろうと思った時は、シャーマン氏の許可かもしくは、部屋の中から扉が開かなければ、入ることが出来ないと言うことなんですね?」

「そうです。説明がまどろっこしくて、すみません。上司からいつも、もっとわかりやすく説明するようにと言われて気を付けてはいるんですけれど……」

「いやいや。もし本当に法廷が開廷すれば、私がお嬢様の弁護を担当することになるだろう。それで、事実を確認したいのだが、……シャーマン氏はお嬢様との会談の際中に亡くなった。これは間違いのない事実なのだろうか?」

 つまり、エピソネはリリーがエピソネの執務室に入った時点で、既に亡くなっていたのではないかと言う点を示唆しているのだが、

「間違いありません」

 これは、リリーに対しても状況を何度も確認した。それに、リリーが入室するときに秘書がシャーマン氏の声を聞いて許可を取っているとも発言しているので、覆すのは難しいだろうとも。

「部屋の中では外部からの情報や干渉を完全にシャットアウトしている状態なので、アスセーナス様の証言しかないのですが、話をしている最中に、急に机に突っ伏す様に倒れて。何度か声をかけたが、全く反応がみられないので、慌てて自身で部屋の扉を開けて、外部に助けを求めたと。何度も確認をしています」

「他に何か手掛かりになりそうなことは?」

「そうですね……あえて申し上げるとするならば、シャーマン氏のちょうど背中側の壁に奇妙な傷があったぐらいです?」

「ん?」

「すみません。今回の事件と関係あるかどうかわかりませんが、執務室は完璧な状態でした。その中で傷がついている部分がそこだけにあったので、目についたと言いますか」

「傷の形状はどのようなものです? 大きさは?」

「かなり小さいものです。小指の先くらい。なにかがめり込んでついた傷のように思われます」

 エピソネは少し考えていた。そんなの今回の事件に一体何が関係あるのかと一掃されそうだと思い、グウェンは胃が痛くなってくるようだった。しかし、本当にその小さな傷以外の不審点は執務室には感じられなかったのだ。

「なるほど。そちらがお嬢様を解放できない理由がわかった気がします」

「すみません」

「現状、シャーマン氏が亡くなったこの特殊な環境下で、もっとも近くにいた人物がお嬢様お一人しかおらず、それ以外の第三者関わりを上げることが全く出来ないと言う訳なのですね?」

 凄みを含んだ言い方に、グウェンはなんとか表情を変えずにこらえるのが精いっぱいだった。

「はい。私達も調査を行いましたが、外部からの干渉は全くもって不可能でした」

「どんなスキルを持ってしてでも?」

 グウェンは力なく頷く。

「私どもの知る限りでは、色々試してみましたが、一切を部屋の外へ通すことは不可能でした」

「ん? その言い方だと、連絡などについてもと言うことですか?」

「はい」

「じゃあ、部屋の外と内ではどのようにやり取りを?」

「秘書のデスクに、電話があります。それが唯一、執務室とつながる回線のようでした。扉の見た目、つくりはごく一般的なものです。木製ですし」

「木製? それなのに、そんなに強度があると」

 エピソネは流石に驚いた様子だった。

「はい。物理、スキル、魔法、本当になにも通さないのです」

「はあ」

「神話級の特大魔法などでしたら、通用するかもしれませんけれど」

「試しようがないですね」

「どういった仕組みで製作されているのか、さっぱり判別がつきかねるのですが、扉をノックした場合などは、部屋の中には伝わるので、木製は木製なんですよね。私も実際に現場で試してみたのですが、ちゃんと振動も音も伝わるので」

「お嬢様は他に何か分かったことを仰れていましたか? 誰かの気配を感じたですとか」

「いいえ。その辺りのことはこちらでも確認をしましたが、第三者がいるようには思えなかったと聞いています。その、部屋が円形で、ほとんど大きな家具も窓もなくて、死角になる様な場所もありませんので、逆に誰かが居ればすぐにわかる思いますね」

「じゃあ、部屋の中には、シャーマン氏とお嬢様以外の人物はなかったと」

 グウェンは大きく頷いた。

「かなり、特殊なスキルを所持しているとか、そういた場合は別かもしれませんけれど」

 部屋の中はしばら重苦しい沈黙に包まれた。



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