パールジェルネイル
グウェン・マウンテンは大きく息を吐いて、貴族専用の拘留所に向かう階段へ歩いて向かっていた。片手には、昨日王都を走り回ってようやく手に入った、クッキーの詰め合わせを持って。戦争の影響で物資があまり入らず、お菓子なども大幅に価格が高騰し、以前はどこの店でも売っていた品物が、今ではほとんど手に入らなくなっている。
扉を開けるために手を伸ばすと、自然と自身の爪に目がいった。伸びた箇所は自爪の色になってしまったが、ジェルの部分はまだつやつやと輝きを保ったままだ。
『一か月くらいの間には』
リリーの言葉がよぎる。彼女はこれを練習だから、代金などはいらないと言った、グウェンとしてはそうもいかない。それで、クッキーの詰め合わせである。
前回リリーに話を聞くために行ってから、三週間程時間が空いていた。グウェンのリズミカルな足音だけが、階段、そして廊下に響き、リリーが入れられている部屋の番兵に会釈をする。問題などなにも起きないのだろう。番兵は眠たそうな眼を必死に開けて、グウェンの身分を確認すると、鉄格子の鍵を開けた。
「どうぞ」
グウェンは頷き鉄格子の中に入る。それからさらに大きな鉄扉がそびえているのだ。これは抑留所の中で、貴族のプライバシーを守る意味もあるし、万が一の襲撃に備え、中の人を守る意味も含まれている。ここで、万が一の言葉あった場合、抑留所や警備体制に問題があったと言われかねないので、そのために万全を期しているのだが、グウェンが知る限りではここで何かがあった話は聞いたことがない。
番兵は鉄扉の隣に備えられた、呼び鈴につながる紐を引いた。
「すみません。検事官様が面会にいらしています。内側の鍵もあけていただけますか?」
「かしこまりました」
かすかに、中から声が聞こえた。多分、リリーの使用人、アリの声だろう。
今のやり取りからもわかる様に、貴族専用の抑留所は内側と外側、どちらとも解除しなければ中に入ることは出来ない。マスターキーはあるらしいが、ここにはない。もっと上官の方で管理しているのだとかで、誰が所持しているかなどは、グウェンのあずかり知らぬことである。
ゆっくりと鉄の厚い扉が動き、部屋の中の様子が見える。
まず目に飛び込んできたのは、ソファーに座って、紅茶を飲むリリーの姿だった。その頃には、先ほどまで隣にいた番兵は、自分の仕事はもう終わったと言わんばかり姿を消していた。
「失礼いたします」
グウェンは一礼してから、部屋の中に足を踏みいれる。
ふかふかの絨毯に天井からはシャンデリアの柔らかな光が零れ落ちる。恐らく、すべてフリッツ商会で用意したものなのだろうと、グウェンは思っていた。
リリーはグウェンの姿に気が付くと、ゆっくりとほほ笑む。
「お久しぶりです。お元気でいらっしゃいましたか?」
本来であれば、それはグウェンの方のセリフなのだが、先に言われてしまったものだから、流石に面食らってしまう。
「すみません。もう少し早くこちらに伺おうと思っていたのですが、ばたばたとしていて。私は元気です。アスセーナス様はいかがです? あまり体調がよろしくなければ出直してきますが――宜しければ、もう少しお話を伺いたいと思いまして」
「体調はすこぶる良好です。オカシイと思われるかもしれないけれど、意外とよく眠れるんです。人があまり寄り付かない静かな場所だからかもしれません」
グウェンはどう返したらいいのか、言葉がみつからなかった。と、言うのも、部屋の端に設置された、ベッドはグウェンの部屋にあるものよりもずっと寝心地が良さそうだたから。
リリーはグウェンにソファーの席を勧める。
「あのこれ、大したものではないのですが、先日ネイルをしていただいたお礼です」
グウェンはそう言って、手に持っていた紙袋を渡す。リリーはぱっと、表情を明るくし、
「え、そんな気を遣っていただかなくてもいいのに……でも、せっかく持ってきていただいたのですから、ありがたくちょうだいします」
そう言って、紙袋を受け取ると、アリに手渡し飲み物を用意するように伝えた。そのやり取りを見て、グウェンは一仕事終えたような感じで、
「失礼いたします」
勧められたソファーに腰を下ろす。ここにある調度品を見ていると、一瞬ここが、抑留所でグウェンが今仕事で来ていることを忘れそうになってしまう。沈みこむソファーの柔らかさに気をとられないようにぐっと気を引き締めて、黒革のバックから、調書などの書類を取り出す。
「シャーマン氏の事件で進展はありましたか?」
リリーの瞳が真剣なものに変わり、グウェンに向けられたが、それについては苦い表情を浮かべ、
「いいえ。それがなかなか」
言葉にはしなかったが、シャーマン氏の人となりを調べれば調べるほど、彼に対して殺意に近しい感情を持ち合わせそうな人物が多く浮上し、リリー・アスセーナスの存在がかすんでしまうくらいだった。
「どういった状況なのか、詳しくもう少し教えていただいても? もしかしたら、何かお力になれるかもしれませんし、それに私自身の疑いも晴らすことにもつながりますので」
リリーの申し出はもっともである。
「では、少しだけ話させていただきますと……ある程度のことはご存知かもしれませんが、シャーマン氏はなかなかワンマンな性格の方だったようで、周囲と対立することもしばしばあったようです」
「あれだけ大きな会社の経営をなされておりますものね。お話によると、一台で、あれほどまでに会社を大きくさせたと伺いますから、やはり多方面で無理をしたひずみの様なものが発生しているののだろうとは察されます。でも、そこまで大きな問題になっておりませんのも、事実かと」
「はい。アスセーナス様の仰られた通りであります。シャーマン氏はその、やり方が狡猾といいますか、上手いんですよね。グレーゾーンぎりぎりのところで踏みとどまっていると言いますか」
グウェンは言葉を濁す。
「検事官様は、その中でもどなたか目ぼしい人物については情報をしぼっていらっしゃるのですか?」
リリーの言葉に視線を彷徨わせながらも、心を決め口を開く。
「以前、鉱山の利権争いで、妻を殺害するに至った経緯のあるマンローと言う男性がいるのです。現在も裁判中とのことですが、その者が現在、拘置所から一時出所していると聞きました」
「マンロー氏のことは存じております」
「え?」
グウェンは一瞬、身構える。
「やましいことはなにもありません。私の姉であるリザ・トンプソンの夫が外交官なのは恐らくご存知でいらっしゃるかと。その関係で少し」
「そうでしたか」
反論の余地はない。確かにリリーの五歳上の彼女の姉は、トンプソン伯爵家に嫁いでる。夫は有能な外交官だ。調書に、トンプソン氏がマンロー氏の事件に巻き込まれたと小さく書かれていた文字をふと思い出す。
「モーゼル国の人間が、アンバー王国の人間に罪をなすりたくて、策を高じていると言う話はあり得なくはないと思うけれど、マンロー氏の足取り次第ですね。他の可能性は?」
「ラグドギアで一時期話題になっていた、宝石窃盗集団のことは?」
「話には聞いたことがあります」
「その集団と、以前この国でも宝石窃盗で捕縛された、レック・ナービスと密につながっていると言う話もあります」
当時フリッツ商会で被害にあった件だと調書で見たので、恐らく、リリーもこの件は知っているのだろうと思っていた。
「ええ、存じております。ただ、私が知っておりますのは、レック・ナービスなる人物が、フリッツ商会の奥方の至高の宝石を盗もうとしたことです。彼はそれまでにも宝石窃盗の犯行を繰り返していたとのことですが」
グウェンはリリー話に頷くが、リリーは納得のいかない表情を見せる。ちょうど、アリが紅茶を運び、リリーが一口飲んだ後で、再度口を開いた。
「そのナービス氏が窃盗集団と繋がりがあったとのことですが……では、その窃盗集団がシャーマン氏とどのようなご関係があるのでしょう?」
「まだ、はっきりと証拠を掴んだ訳ではないのですが、可能性があると、こちら側は考えております」
まだ不確定要素が多く、外に漏らしてはいけない内容であるのだが、どうしてだが、リリーを前にすると、言わずにはいられなくなってしまう。
「根本的な疑問ですけれど、ラグドキアに窃盗集団があったと言う話も非常にひっかかる部分ですね」
「そこについてなのですが、大変に話が込み入っておりまして。その、まだ疑いの域を出ませんが、アンバー王国とラグドギア王国の仲違いを狙ったものなのではないかと、一部情報があります。そして、その後ろ盾としてついていたのがサマン重工なのではないかと」
「わざわざどうして、そんな所にサマン重工が出張る必要があるのかしら?」
リリーは更に首を傾げる。
「二国間の間で諍いが起こると……」
「戦争ね?」
はっとして、リリーは声を上げた。グウェンは神妙に頷く。
「サマン重工は戦争が起これば起こるほど、自社の商品が売れる訳ですから」
「戦争を引き起こすために、わざわざ、そんな手の込んだことをサマン重工がしたと言うのですか?」
厳しい口調になるとリリーの中に秘めていた貴族としての威厳が顔をもたげ、平民出身であるグウェンは本能的に畏れを感じてしまう。リリーはいち早くそれに気づき、もともとのふんわりとした雰囲気に戻し、紅茶に口をつける。
「先ほども申し上げましたが、宝石窃盗からどうやって二国間に戦争を持ち込むシナリオを描いていたのか、その辺りの因果関係は現在も調査中ではっきりとわかりません。そもそも、私が調べているのは宝石窃盗集団のことではなく、シャーマン氏の死についてですので。ただ、彼の背後関係について探っていたところ浮き上がって来たことだったので」
「でも、ラグドギアと戦争に至らなかったと言うことは、シャーマン氏の思惑が外れたと言うことなのですね」
「ええ、恐らく」
「でも、そうすると、アンバー王国とモーゼル国との戦争も、もしかして……?」
グウェンは表情を曇らせる。
「そこについてはなんとも証拠はないので立証は難しい状況です。ですが、事実としてサマン重工のCEOの突然死で、会社内が大混乱に陥っているのは事実です。そのため、アンバー王国への兵器の供給が上手くいかず、近々、降伏の旗を掲げるのでは。城内ではそんな話もちらっとですが、耳にします」
「そんな機密事項を私に話てしまっても大丈夫なのですか?」
「王都では口にはしませんが、誰もがその雰囲気を感じ取っています。逆に知っておかれた方がいいと思ったので。ここに居てはなかなか外部の情報なども入ってこないでしょう」
「ご親切に」
座ったままではあるが、リリーは恭しく頭を下げるので、グウェンは内心あわあわとしてしまい、自分を落ち着かせるために、目の前に置かれたティーカップに会釈をして、一口いただく。多分、王都のどの店でいただく紅茶よりも美味しいかった。
「色々と、シャーマン氏に対して、並々ならぬ感情を持つものがいないか、調査を行うのですが、逆に多く居る状況で、絞り切れないのも事実です。そのため、アスセーナス様の拘留が長引いてしまって……申し訳ございません」
グウェンは深々と頭を下げる。しかし規定上、リリー潔白が証明されない限り、貴族とは言えど、ここから出す訳にもいかない。
「やめてください検事官様。皆さまが必死に捜査を続けてくださっているのは、重々承知しております。ただ、――現実問題として私もいつまでもここに居ることは出来ないと思っています。そこで、裁判を希望したいのです」
「裁判ですか?」
グウェンは目をぱちくりとさせる。
「法廷で無罪だと判決が下れば、それ以降その判決を覆して、有罪になることはないでしょうから」
それはリリーの言う通りだ。一度判決が、確定したあとは、再度同じ事案について、罪を問う事は出来ないと定めた法律がある。
「ですが、裁判となれば有罪になる場合も考えられるのです」
リリーグウェンの言葉にゆっくりと頷く。
「それは今の状況も一緒です。検事官様がこれだけ必死に捜査を続けてくださっているのにも関わらず、進展が見込まれない。そちらの不手際を指摘しているのではありません。ただ、捜査をすればするほど、シャーマン氏の周囲にはかなり根深い問題が横たわっているとも感じます。ですから、ある意味裁判に持ち込んだ方が、より良い解決に至るのではないかとそうも思ったものですから」
リリー表情は自信の無罪を信じて疑っていない。裁判になっても、自分が罰せられることがないと、信じている表情だった。
グウェンはリリーの意志の強さを感じて、ただ頷くことしかできなかった。
「リリー・アスセーナス様は本当に裁判を望まれていると、そう理解してよろしいのでしょうか? 手続きを進めると、もう後には引き返すことはできません。それで、本当に宜しいのですね?」
「はい。ですから、検事官様、その手続きの方を進めていただきたいのと――あと、まだ少しお時間あります? 爪の状態を確認させていただきたいのですけれど」
そう言って、前触れなくリリーは身を乗り出すと、グウェンの両手を掴んだ。
「伸びてはきていますが、欠けたり、折れたりはしてなくて、大丈夫そうですね。この後、お時間は?」
「……あ、はい」
「では、付け替えしましょう」
リリーの申し出に、グウェンはドキリとする。仕事の話であれば、するすると言葉が出てくるのだが、そうではなくなると途端に言葉がみつからなくなる。
「えっと」
「あ……もし、裁判が始まってしまえば、検事官様とお会いする機会はほとんどなくなってしまうでしょうか?」
リリーは心配そうな視線を向ける。彼女の中でそれがどうして危惧されるのか、グウェンにはわからなかった。
「アスセーナス様は私に会わなくなる方が都合がいいことなのだと思うのですが?」
「そんなことはございません。検事官様はいつも一生懸命でいらっしゃいますし、それにこのジェルネイルは検事官様がひとりで除去されるのは大変難しいと思うので、もし会う機会が無くなってしまうようでしたら、ご自身で簡単に除去できるようなものにしようかと思うのです。それはジェルネイルではないんですけれど」
その言葉を聞いてグウェンは咄嗟に惜しいと思ってしまった。
この数週間、ネイルが綺麗であることで、自己肯定感が上がり、仕事にもいい影響を及ぼしていた。だから、単純にそれが無くなってしまうのは嫌だなと思ってしまったのだ。
「裁判が始まったとしても、恐らく、私が担当になると思いますので、それなりにお会いする機会はあるかと」
自分が、裁判の担当検事官になるかなんて、まだわからないにも関わらず、気が付くとそんな言葉を口にしていた。
恐らく彼女の裁判は恐らく検事官サイドの負け戦になるだろう。だから、わざわざやりたいと手を挙げるベテランの検事官はいないはずだと確信があった。
「それは心強いことです。私を裁く側の方だったとしても、私全く知らない方ですと、やはり不安ですので――――そうしましたら、付け替えて再度ジェルネイルをしましょうか。でも、裁判が始まるのであれば、余計にあまり派手なものじゃない方がいいですよね? お色は薄いベージュなどが宜しいでしょうか」
「えっと……はい。よろしくお願いいたします」
気付けばグウェンはそう言って、軽く頭を下げ、リリーに両手を預けていた。
「今回はジェルネイルの除去作業からやりますね」
リリーはそう言って、見慣れない魔道具を取り出すと、グウェンの爪の表面を削っていく。
「痛かったら教えてください」
とは、言われたものの、特に声をあげることもなく、不思議な気持ちで、ずっとその様子を見ていた。
「痛くないです?」
あまりにもグウェンからの反応がないためか、リリーは顔を上げる。
「はい。全く」
「それならよかったです」
リリーは作業に戻った。
この前、生まれて初めてジェルネイルなるものをやってもらった、はずなのに、また今回初めてのことを経験している。ただただ感心していた。
全ての爪の除去作業が終わると、リリーはマシンをとめ、柔らかなふさふさと毛がついた刷毛で削れた細かい粉をはらう。
「本当に痛くなかったです?」
念を押す様にリリーに聞かれるので、
「大丈夫です」
もしかしたら、慣れてくるとそう言った感覚があるのかもしれないが、なにもかもが目新しく、痛みを感じてヒマなど自分にはなかったのだと思う。そこからの作業は前回と一緒で、爪の固いを整え、甘皮のケアになる。
「短く切り揃えておいた方がいいですか?」
「そうですね、お願いします。長いとなんだか慣れなくて」
実は過去からみて一番に爪が長かった。ただそれだけのことなのだが、今までの自分とは全く違う、キラキラとした女性たちの末席に自分も入り込めたような、そんな気持ちになっていたが、冷静に考えて、業務に支障が出てしまってはいけないと思い、そう伝えた。
「わかりました」
でももし、せっかく爪が伸びたのだからもったいないとでも言われていたのなら、思いとどまったのかもしれない。グウェン心の奥底では、そうして欲しかったのかもしれないと思う。でも、現実はそうもいかず、数週間かけて伸びた爪をリリーは惜し気もなく削っていく。
「先ほど色について、ベージュ系がいいかなと提案したのですが、グウェンさんの方で希望はあります?」
グウェンは小さく首を振った。
「やっていただいている身なのにこんなことを言うのは失礼かもしれませんが、あまりよくわからないので。ただ、前回とは少し異なる感じがいいなと思ったのと……もし可能であれば、パール? が入った、感じのを少しやっていみたいかなと」
グウェンはそこまで言い切って、小さく息を吐いた。
希望の色を告げるべきかそうではないか迷っていたのが本音だ。あくまでもグウェンがネイルをするのはリリーの練習台であるから、こちらからあまり要望を伝えるべきではないと思っていた。しかし仕事で立ち寄ったカフェテラスで、仕事の休憩時間に来ている風の二人組の女性が、ネイルの話をしていて、オフィスでも派手ではなないけれど可愛いと話題にしていたのがパールジェルの話だった。その話を聞いてから、グウェンずっと気になっていた。多分その時から、また次回があれば、それをお願いしたいとも思っていた訳で。
「もちろん大丈夫ですよ。私もそういう感じはどうかなと思っていたので。検事官さんからそう言っていただけてよかったです」
リリーはテキパキと、ベースジェルの塗布を行い、次にベージュがベース色のパールが混じったジェルをうすくのせる。色はかなり薄く付きで、よく見ないと色がのっているかいないかもわからないぐらいなのだが、パールの粒子がほどよくキラキラと輝くので、グウェンは見とれてしまう。
「きらきらして可愛いですよね」
リリーの言葉に頷き、
「あまり派手すぎなくて程よいです」
「そう言っていただけると私も嬉しい」
作業に集中しながらなのだが、リリーの声が嬉しそうに響く。グウェンはこんな状況であるのだが、リリーに聞かなければならないことを思い出し、緩めていた表情を引き締める。
「作業されながらでかまいません、少しだけお話しても?」
「はい? 私にわかることでしたら」
「シャーマン氏との約束を取り付ける際、サマン重工の秘書の方から聞いた話なのですけれど、リリーさんの方からシャーマン氏に対して、秘密裏にお手紙のやりとりされたと聞いたのですが、どんなやり取りをされたのか伺っても? シャーマン氏の秘書から、直接見せる様にと手紙が送られて来たと。そんな話を伺ったので」
部屋の体感温度がぐんと下がるのを肌で感じる。それが己の発言のせいであることを、グウェンはもちろん知っているが、言葉を取り消すつもりはない。これがグウェンの仕事だから。リリーは顔を上げず、作業に集中したままで口を開く。
「アスセーナス家がフリッツ商会と深くかかわりがあることは、検事さんもご存知ですよね?」
「はい。それはもちろん」
リリーの血族や交友関係については、もちろん調べつくしている。不審な点は一つも出てこなかった。
「その関係で、……はっきりとは言えませんが、ちょっと含めて言わせていただいたのです」
「つまりは、どういった事を?」
「商会にも関わることなので、私の一存でお話するのは難しいのですが……」
「ですが、これは殺人事件です。こちらとしてはきちんとした情報を把握する義務がありますので」
グウェンがきっぱりとそう言うと、リリーは少し迷っていたようだが、覚悟を決めた眼差しでこちらを見た。
「つまりですね……先ほども話に出ましたけれど、以前、王都の宝石強盗で逮捕されたレック・ナービスと言う男の件で。サマン重工と彼の繋がりを突き止めたので、それを突き付けたのです」
「まさか……アスセーナス様はその証拠を掴んだのですか?」
グウェンは思わず声を上げる。開いた口が塞がらない。
検察官たちは血眼になって確証を探しているが、現時点でも全く見つけることが出来ないでいる。
「ええ。それくらいのことじゃないと向こうも応じて下さらないと思ったので」
目の前の貴族令嬢は悩まし気な表情を見せる。
「レック・ナービスとサマン重工の間で、一体、何の証拠をつかんだと言うのです?」
感情が高ぶってしまったせいか、おのずと、声も荒いものとなる。
リリーは視線を彷徨わせ、アリの方を見た。アリは表情を変えないまま、ただ頷く。リリーも、頷いてようやく口を開いた。
「レック・ナービスの親族がサマン重工の幹部におります」
「まさか……」
グウェンは大きく目を見開いた。
「それより、ネイルはこんな感じでいかかでしょうか?」
「あ……えっと、とてもきれいです」
急にリリーのきらきらとした視線が向けられ、グウェンもたじたじになった。
「検事官さんは肌の色が白いですから、薄い色のネイルでも、本当に映えますね。
「ありがとうございます」
心ここにあらずのグウェンに対し、リリーはネイルオイルを塗り込みながら微笑んでいた。




