アリの手記
自分の事を言葉にして残すことは元来好きではありませんでした。
と、言うのも、文字にして残すということは、もしかしたら私以外の第三者。全く知らない誰かにこの日記を読まれる可能性があるかもしれないと思うからです。
そのせいで、リリー様に迷惑がかかったら?
そう思うの二の足を踏んでおりました。
私がどこでどうやって生を受けたのかはもう覚えていません。気が付けば、貧民街で毎日食べ物を探して彷徨い歩いていました。
ここで一生、何も代わり映えしな日々の中で生きて、死に行くのだろう。
そう思っていた矢先、リリー様に拾われました。最初は貴族のモノ好きな救済精神で、飽きたらまた捨てられるのだろう。そんな風に考えていた時期もありましたが、リリー様は私と私と一緒だったエドに生きるための知識や力を教えてくれました。
与えられることが不思議でなりませんでした。いつか、その代償を要求されるのではないかと。そう思っていた時もありましたが、未だに私自身の何かを搾取されたことはありません。リリー様のそばで生きることが出来るだけの知識や振る舞いを身につけるように。私自身に望まれたのはそれだけでした。
ここでリリー様について触れますが、私が思うに少し変わった方だと思います。
もちろんリリー様の前でそんな風に申し上げたことはありません。
それから、恐らく自身の容姿の事をひどく気にされている様子で(リリー様はご自身の事を地味だと表現されています)確かに派手とは異なりますが、慎ましい清らかな印象を私は常々感じておりますし、そこを意識して、お洋服やドレス、日々のお世話をさせていただいております。それでも自信があまりないようですが、そんなことはないと私は断言できます。なぜなら、リリー様は自身のスキルとセンスを使って、ネイルサロンなるものをオープンさせ、時代の先端を走っておりましたから。
この国ではもともと自身の爪に色を施すという文化はありませんでした。
その価値観を一変させたのです。最初の頃は確かに、色眼鏡で見られたこともありましたが、そんなのは本当に一瞬のことで、たちまち貴族から庶民までネイルファンが増え、私としても、彼女の使用人としていることが誇らしく、素晴らしく思っていました。いえ、今でもそう思っているのです。
なのにどうして、あんな事になってしまったのか………
多分、運命の歯車がかみ合わなくなってしまったのは、ネイルサロンをオープンさせてからだと思います。
いや、本当はもっと前の事なのかもしれません。
リリー様はは気丈な一面を持ち合わせておりまして、何かあっても私どもに話さず、一人で抱え込む様なことが度々ありました。
その度に『私は、私達はそれほど信用できない使用人なのか』と言葉にして伝えたことがあります。
本当は使用人の分際で、そこまでするのはご法度なのかもしれません。でも、見ていられなかったのです。その度にリリー様は、『そんな風に思ったことは一度もない。二人とも(エドも含めて)信頼のおける自慢の使用人であると思っている。ただ、少しだけ自分の中で考えたいこともあるの』そう言われてしまえばこちらの出る幕はありません。
その時はわかりました。と言って、頷くのが最善の策だと思っておりましたが、今思うともう少し、リリー様にもっと寄り添ってなぜ、何をそんなに悩まれているのかお話を聞かなかったのかと思うことがございます。




